第3話公認教習所に行こう

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  家への帰り道、俺は東矢にLINEで公認教習所と非公認講習所の違いを尋ねた。

 「教習所に公認と非公認があるってマジ?」

 「マジだよ」

 「それってどういう意味だ?」

 「公認教習所は卒業するだけで試験場での技能試験は免除されるんだ。でも非公認教習所は卒業しても技能試験を別途受けないといけないんだよ」

 「そんな違いがあったのか」

 「ああ。公安の技能試験はすげえ厳しいから、行くなら公認教習所一択だぜ」

 「わかった。ありがとう東矢」

 「どういたしまして。頑張ってくれよな」

東矢とのLINEやりとりを終了させると、俺はその足で渋谷の大きな本屋さんに出かけた。自動車教習に関連する書籍をあさろうと思ったのだ。そんなところに行くとまるで俺免許を持ってない可愛そうな奴に思われそうだが、事実免許が無いのだから仕方が無い。

 八階立ての大きなブックセンターに入り、俺は免許関連の本が置いてある六階へと足を運んだ。

 免許といっても色々ある。フォークリフトの免許取得本まであった。俺は大量に陳列された書籍の中からこれであなたも自動車免許という本を手にとった。免許に関する一通りの流れが読みやすく纏まっていて、とても良い本だった。しかもこれは公認自動車教習所の発行らしい。俺が夢中になって免許の本を読んでいると、女性に話しかけられた。女性の方を向くと、それはなんと牧野さんだった。

 「牧野さん」

 「探し物は見つかりましたか?」

 「ああ、おかげさまで。牧野さんはなんでここにいるの」

 「バイクの免許が欲しくて、教習本を探していたんです」

 バイクの免許を取りに行くとは、綺麗な顔に似合わずロックな女の子だな。

 「じゃあ私はこれで」

 「ああ、またね」

 彼女は目当ての本を見つけ、そそくさと去っていった。俺は手に取った本を熟読するために用意されたベンチに腰掛けることにした。この本はMT車免許取得が前提の内容になっており、発進の仕方からT字路クランク、路上の走り方、車庫入れの方法など細かく書かれてあった。その本によればMT免許は決して難しくは無いと俺を勇気付けるコメントが記載されていた。  

 俺が見つけた教習所は非公認のチェーン店展開の教習所だったが、この本の教習所は少し職場から距離はあるものの、公認自動車教習所だった。俺は悩みに悩んでこの本を発行した教習所へ通うことを決めた。

 レジで会計を済ませ、さっそく帰り道に俺は教習所の本を読みふけった。模範演技をしているのは綺麗な女性だった。ここの教習所の人だろうか、それともモデルさんだろうか。こんな綺麗な人がいるならきっと良い教習所に違いない。俺の予感は確信に変わっていた。

 よし、決めた。この教習所に行こう。

 家に帰り自室に戻ると、俺はさっそくパソコンを起動して本の教習所の評判をネットで調べた。するとあまり評価が良くなかった。

 初心者殺し。

 道路事情が厳しくて挫折した。

 教習員に変人が多い。

 などなどネガティブな情報が沢山出てきた。

 しかしポジティブな情報もあった。

 親切丁寧に教えてくれる。

 卒業できれば都会の運転に適応できるのは大きい。

 公認だから試験場での実技試験が無いのが大きい。

 学科の先生が面白い。

 事務員が美人ぞろい。

 以上の情報を踏まえて、俺はこの玉川教習所に通うことに決めた。さっそく公式HPにアクセスして資料を取り寄せた。早く届かないかな? と俺が考えていたときに、莉来からLINEが来た。

 「今、家に着いたよ。何している?」

 「通う教習所を見つけたよ」

 「ホント?! よかったね。どこにあるの」

 「目黒だよ。だから仕事帰りに通えそうなんだ」 

 「そっか。よかったね。頑張ってね」

 彼女の応援は力になる。自動車免許を必ず取ってやろうと俺は心に誓った。


数日後、教習所から入学案内の資料が届いた。中身を読み込み、入学に必要な物を確認した。まずは入学金。オートマの方が数万ほど安い。俺が支払うお金は28万円だった。これだけではない。他にも雑費がある。こういう金額を目の当たりにすると絶対途中で投げ出せないなと思えてくるから逆によい。次に住民票。身分証明書、自分が使用しているICカード、これは保険証と公共料金の領収書だ。俺は目が悪いのでコンタクトレンズ。申し込み用紙。印鑑と筆記用具、銀行の口座番号。

 以上をそろえて入校手続きに学校に向かえばいいだけだ。うむ、簡単だ。出来るだけ早く免許が欲しい。今週末にでも教習所に行こう。


 俺が入学を希望する教習所は目黒駅にある。目黒の駅は交通量も多めでまさに都心と言った感じだ。ここで免許を取れれば俺は都会の運転に適応できるドライバーになるだろう。条件は厳しいがここまできたらやるしかない。俺は気合を入れて教習所へと向かった。


 目黒教習所は起伏の少ないこざっぱりとした建物だった。だがその建物の横には交通道路が整備されており、いかにも教習所という主張をしてくる。敷地内の道路を走っている車も何台か見つけられた。

 教習所の内部に入ると、独特の雰囲気が形になって押し寄せてきて、俺は思わず後ずさりした。教習所の掲示板には賃上げ交渉のストライキの張り紙が貼られていた。この教習所は大丈夫なのだろうか、と俺は少し不安になった。

 教習所の事務員達は若い女性ばかりだった。その内の一人に俺は入学希望の旨を告げた。

 「あの、すいません。入学手続きに来たんですけど」

 「いらっしゃいませ。必要書類はお揃いですか?」

 「はい」

 「それでは手続きに移らせていただきます。しばらくお待ちください」


 中々感じの良さそうな事務員さんを選んで入学手続きを行ってよかった。当然のようにMT車免許で手続きをした。もし俺が殺しのライセンスを手に入れるかわからないのに、007がAT限定だったらかっこ悪いだろう。もし自分がAT限定で災害時に逃走中とまっている車に乗り込んだときそれがMT車だったら、俺は死ぬことになる。免許の費用も2万円ほどの差しかないし、免許ぐらいはMT車で取ってやろう。


 入学手続きが終了後、俺は別の人に呼ばれ、教習所の簡単な概要の説明を受けた。その後30分後に始まるオリエンテーションに参加することになった。教習所内は丁寧に掃除しているのか、とても外見からは想像も出来ないほど綺麗だった。フロアの隅に設置されたTVを観ながら、俺はレクリエーションの時間が来るのを待った。

 レクリエーションの時間が来るとアナウンスがされ、俺は該当する教室に入った。中にはいかにも10代や20代の若者達が多く席を占拠していた。もうすぐ夕方だというのに教室は満席だった。中には俺よりも老けた顔の人もいたが、最年長は自分で間違いない。


 俺が席に座るとさっそく指導員が部屋に入ってきた。そして教習所での学科、技能の予約の取り方の説明を受け、その後噂の適性検査、先行での1学科へとカリキュラムはスムーズに進んでいった。適性検査と先行1学科を受けないとその後の学科、技能教習には進めないらしい。今日はたまたま先行一学科が行われる日だったので助かった。これから教習所への入校を希望する人は適性検査と先行1学科が行われる日を確認してから入校したほうが効率的だろう。基本的に毎日時間割に組み込まれているようだが、時間帯が決まっているようなので予め教習所に問い合わせした方が確実だ。俺は運が良かった。


 オリエンテーションは指導員の話を聞いているだけだったが、適性検査は指導員の指示に従って定められた時間の小テストを合計7問程度行った。

 最初は同じ数字を見つけたり、トゲと呼ばれる形を見つけたり、四角のマスの中に斜めで線を入れたりと本当に簡単な内容だったが、検査が終盤に差し掛かったとき、俺は悪夢のような光景を見た。

 引き算だ。

 何をかくそう俺は引き算が超が付くほど苦手なのだ。

 あと足し算と割り算も苦手なのだ。

 掛け算もどちらかというと苦手だ。

 462-223。即答できない自分が悔しい。

 こんなような問題が続き、俺はパニックになり、結局50問中13問しか解けなかった・・・。

 もう死にたい。

 死んでしまいたい。

 やっぱり俺は要らない子なんだろうか? たかが自動車免許、されど自動車免許。この結果は素直に恥ずかしい。他の人にばれたらどうしよう。悪徳教習所ならテストの結果を張り出すかもしれない。みんなよりも年上なのに、テストはぼろぼろ。なんて情けない33歳なんだ。

後日、教習所から適性検査の結果をもらった。

 結果、運転には人一倍の注意が必要です!!

 というものだった。そして事務所に来るようにと呼び出しもくらってしまった。

 おそらくこれが運転適正1の人への対処方法なんだろう。

 事務所に行くと老獪そうな爺さんの指導員から特に問題ないとフォローされたけど、早くも挫折感で一杯で小さな胸が張り裂けてしまいそうだ。果たして俺は無事に自動車免許を取れるのだろうか。



派生元作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592

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