第15話 015枚目 赤いスイート〇〇

「見て、木に鋭い爪痕。あと乾き切っていない血痕。間違いなくこの方角ね」

 サーシャが走り去っていった方向へ進撃する琴花達。ようやくサーシャ救出作戦がスタートした。

「こ、こんなにザックリと」

 木につけられた爪痕に琴花は息を飲んだ。

『ふむ、なかなかの攻撃力じゃな』

 現在、眼鏡を外しているためウリエルの姿は見えている。普段は眼鏡をかけていないと見えないのだが、どうやら女神様が施したレーシックのおかげか、眼鏡なくても通常運転で見えるようになった。

 改めて木につけられた鋭い爪痕に目を向ける。

 こんなので引っ掻き回されたらお嫁どころの話ではない。本当にサーシャが無事でいて欲しいと願う。

「血痕が続いているわね、たぶんハクトウパンのね。人間ならもう血が足りなくて倒れてるわ」

 サーシャが逃げる時に、ハクトウパンの背中(翼周辺)に突き刺した槍が想像以上にダメージを与えたのであろう。だが、それでも致命的とまではいかなかったようだ。

「視界がさっきより悪くて思うように早く進めねぇな、無事でいろよサーシャっち」

 森の中は、現在白い靄(もや)で覆われている。

 走って追いかけたいところだが、なかなかそうもいかない。慎重かつ迅速に進むしかない。

 エルが時々、木や周辺を調べてサーシャが逃げていった方向を割り出していく。

 時々、咆哮に近い鳴き声が聞こえたりするので、それも参考に進んでいく。

「遺体がないってことはうまく逃げ続けていると思いたいけど」

「あぁそう願うしかねぇな」

「サーシャちゃんは無事なの?」

「そう願いたいわね」

「まさか迷子になるとは思ってなかったからなぁー。手負いの魔物を深追いするなと言ったのに、サーシャっちはトドメを刺すんだって聞かなかったからなぁー」

 ポリポリと後頭部をかくレイ。

 過ぎてしまったもんは仕方ないといった感じだ。

「そうね、その件に関しては後でお仕置きね。だから生きていてもらわないと困るわ」

「あぁ女神の加護があらんことを」

『ふむ、新米のくせに単独行動で陣形を乱しよるとは。あとでサーシャは折檻(せっかん)じゃな』

「折檻って……いつの時代の言葉だよ」

 女中さんや旦那様とか出てきそうだ。

 思わずツッコミを入れてしまった琴花。

 サーシャが単独行動してくれたからこそ琴花は助かったのだ。だから折檻はやり過ぎだ。

 シッペやデコピンあたりで手を打ったほうが良心的ではなかろうか。

「ん? 何か言ったかコイロっち」

「あ、うん。ごめん、ちょいとどうでもいいことを思い出してしまっただけ」

「まぁ気を入れ替えて集中しろよ、ここはまだ魔物の巣窟だからな」

『そうじゃぞ、余計な事は考えるな琴花よ。進もうよ進もうよ、前を向いて進もうよ、前を向いて進もうよ……専門が』

 昔、流れていた専門学校ト◯イデ◯トの歌をウリエル歌い始めたので、琴花は眼鏡をはめた。

 喧しくて仕方ない。

「あ、そうだ。コイロちゃん、手を出して」

 エルは自分の腰ベルトに装着していたナイフを琴花の手にポンと乗せた。小型ではあるが、ズシリと重さを感じた。

「あの、これは?」

「私が使っているナイフよ。護身用に持ってて。その槍ではうまく戦えないでしょう」

「はい、たしかに」

 抱きしめるように持つくらいなら問題ないが、さすがに振り回すとなると琴花の筋力では厳しいものがある。せめてもう少し軽くできるならば話は変わりそうだが。

「あれ? なんか戦うことが前提に……」

 もちろん戦闘経験は全くございません。

 武術の嗜(たしな)みもなく、剣道なども中学の体育でやったことしかない。高校の時は柔道ではなく薙刀を選択したがモノにはなっていない。

「私のお古だけど、ちゃんとお手入れはしているから、新品並によく斬れると思うわよん」

「あ、でも……」

 ズシリと重量感はあるが、これなら琴花でも使えそうだ。

 武器をもらうイコールつまり戦えということだ。

 戦わなければ勝てないってやつであろうか。

「大丈夫よ、予備装備なら完備しているから」

「えーと、そのありがとう、エルさん」

 そういう問題ではないのだが、とりあえずもらったのでお礼を言っておく。

「どういたしまして、あと呼び捨てで構わないわ」

 ニコっと微笑むエル、その横からレイがぬっと顔を出す。

「そうそう、俺っちも呼び捨てで構わんぜコイロっち」

「うん分かったよ。エル、レイ」

 琴花は[エルのナイフ]を手に入れた。

 異世界に来て、人の優しさに触れた瞬間だ。

 ただステータスが表示されないのでどれくらい攻撃力があるかは不明だが。

 琴花はナイフを鞘から抜いて眺める。

  刃こぼれをしていないし、刀身がキラリと光る。

 刀身に映る自分の顔を見て、にへらと笑ってみた。

  はたから見たら、ただの危ない人だ。

「コイロっち、エルっち止まれッ!」

 しばらく歩くとレイが声を張り上げた。

 いよいよハクトウパンを見つけたのか、琴花に緊張感が走る。念のため眼鏡を外しておく。

「ちぃ、厄介な奴がいるな」

「えぇそうね」

 レイとエルは各々、武器を取り出して構えた。

 見つからないように姿勢を低くしている。

 琴花もそれに見習って低くする。

「何がいるんですか?」

 目の前は白い靄(もや)がかかっていてよく見えない。

 だが、わずかながら羽音が聞こえた。

 琴花の住んでいる世界でもよく聞く音。

「この音あまり好きじゃない」

 琴花がボソリと呟く。

『妾も苦手じゃ、刺されたら大変じゃ』

「数は1匹、だが近くに巣がある可能性もあるな」

「困ったわ、よりにもよって赤いスイートビーね」

「え? 赤いスイートピー?」

『赤いスイートピーはセ〜コちゃんの歌じゃ馬鹿者。目の前におるのはスイートビー。奴の巣から取れる蜂蜜は芳醇な香りと甘さが格別じゃ。だがこの人数で討伐となると厳しいのぅ』

「仕方ない少し迂回するか。この人数では仲間を呼ばれたら正直厳しいしな」

「そうね、ここを通り抜けたほうが早いけどね」

 レイとエルは構えを解き、迂回するための道を探し始める。

 琴花としても蜂タイプの魔物とは戦いたくない。一般では蜂の体長は大きくても27mmから40mmと言われている。だが、目の前にいる蜂型の魔物はどう見ても40㎝くらいはあるように見えた。

 もはや蜂の形をした別の生き物だ。

 早く助けに行きたいが、その前に死んでしまっては元も子もない。

 エルとレイが姿勢を低くしながら、赤いスイートビーから距離を置く。琴花もその後ろを追いかける。

『琴花よ』

「なによ?」

 ウリエルの呼びかけに小声で返事をする。

 先行しているエルやレイには聞こえない程度の声量だ。

『迂回してるほどの時間はない。ここを強行突破するぞ』

「はぁ? 何言ってるのッ! あんなのに刺されたら死んじゃうよ」

 幼少期に一度刺されたことがある琴花。

 だからこそ蜂に対して敏感になっている。

 蜂は怖い。

 アナフィラキシーショックがあるからだ。

 急激な血圧低下、血管浮腫、意識障害、呼吸困難にもなることがあるという。

『ふっふっふ、何のためにそのコインがあると思っておるのじゃ。あんな蜂コロ1匹くらいお茶の子さいさいじゃ』

 腰に両手を当てて自慢気に言うウリエル。

 それに反して琴花は全く乗り気ではない。

 蜂は怖いのだ。蜂は怖いのだ。

 大事な事なので二回言いました。

 たぶん何回聞かれても蜂は怖いと答え続ける自信はある。

「でも下手なことして援軍呼ばれたら困るし、ここは諦めようよ」

『な、何のために女神のコインがあるのじゃ。そろそろ使えッ! お茶の間の皆様がいつ使うの? 今でしょッ!と待ち侘びておるわッ!』

 女神のコインの力について検証はしたいが、わざわざ蜂タイプの魔物にする必要もあるまい。

『よく聞け琴花よ。あのスイートビーは……』

 ギャンギャンと吼えるウリエルを無視して、琴花はまた眼鏡を装着した。


 蜂とは死んでも戦いたくないのだ。

 だって怖いのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る