第16話 016枚目 固有スキルとはなんぞや
赤いスイートビーのせいで迂回ルートを進むことになった琴花御一行様。
未だに咆哮に近い鳴き声が時折聞こえてくる。サーシャが無事なのか現状では判断できない。うまく逃げてくれていることを願うしかない。
「ハクビーが1匹、そっちに行ったぞコイロっち」
レイの攻撃をうまくかいくぐった1匹。
足元を素早く移動する小型の生き物。
言うまでもなく魔物だ。
「ハクビーは噛む力は強いけど、落ち着いてやれば倒せるわ。恐れないで」
「うん、分かったよ」
エルの激励に頷く琴花。
『来るぞッ!』
小型の魔物が徐々に距離を詰めてくる。
小型の魔物は琴花が住んでいる世界で言うところのハクビシンという動物によく似ていた。明治時代に毛皮用として中国などから持ち込まれた一部が野生化したとの説が有力な小動物だ。
迫り来るハクビー。
琴花のナイフを持つ手に力が入る。
神経を研ぎ澄ませる。
相手は小型でも立派な魔物なのだ。
『そういえば、鉄鍋のジャ◯では美味しく調理されておったの〜』
ウリエルの場違いな発言に琴花の集中力が途切れる。
そこを狙ったかのように、ハクビーが走りながら身体をクルっと丸める。
「コイロちゃん回避ぃぃぃぃ〜」
エルが叫ぶ。
それと同時にハクビーが丸まったまんま、琴花の脛(すね)に体当たりをした。
もうこれでもかというくらいの勢いで脛に直撃する。
「◯✖️△〜〜」
琴花の声にならない悲鳴が響き渡った。
「コイロちゃん」
エルが素早く動き、ハクビーを仕留めていく。
「エルっち、まだ気を抜くなよ」
「了解よ」
まだ周辺にはハクビーがウヨウヨといる。
エルとレイは負傷している琴花を庇うように攻撃を展開していく。
『ふむ、油断大敵じゃ。この死に急ぎ野郎め』
◯ャンはジ◯ンでもジャ◯違いである。
ツッコミを入れたくても脛の痛みでそれどころじゃなかった。
『さすがハクビーの固有スキルじゃ、相変わらずキレが良……』
「ちょっと待った」
ウリエルの会話の途中に琴花は割り込んだ。
『な、なんじゃ』
聞き慣れない単語が飛び出した。
このまま放置しておくわけにもいかない。
分からないことはすぐ聞くのが鉄則だ。
小学校で習ったことだ。
「……女神様、つかぬことをお聞きしますが、固有スキルって何?」
痛みに耐えつつ、琴花は女神に問うた。
ウリエルは肩をすくめて大きくため息をついた。
★
『良いか、この世界ではとても重要な事じゃ。目をかっぽじってよく聞くのじゃぞ』
「いや、それ耳……」
眼球を抉れとは、この女神は何恐ろしいことを言う。今までギャンギャン吠えてるときに無視していたので、女神に対する不敬罪のツケがきたか。
もしそうならば器の小さい女神こと駄女神(だめがみ)ウリエルに改名してやりたい。
『固有スキルというのは、簡単に説明するとその人のみ、または専用。例えば得意なものとか……個性とか。色々言い方は異なるが、その人に備わった能力のことじゃな』
ウリエルは腕を組んで、そう説明した。
何じゃ知らなかったのかと言いたげな態度である。
知るわけがない。
知ってるわけがない。
固有スキル何それ?
美味しいの?
「で、その固有スキル……ってのは私にはないんですかね?」
異世界に来たらスキルの一つくらい欲しい。そのスキルを用いて成り上がったりするのが王道の異世界ファンタジーだ。
『うむ、この世界で生まれ落ちる者は、だいたい固有スキルを持っておる。それをスキル鑑定専属の産婆が鑑定する。あとはその固有スキルを活かすか、もしくは殺すかはそいつ次第じゃがの』
「つまり、あたしはこの世界の人間じゃないから……」
『まぁーざっくばらんにそういうことじゃな」
琴花はガックリと肩を落とした。
何かひとつくらいスキルが欲しかった。
「ちなみに、そのハクビーのスキルって何?」
『うむ、たしか……《すねごすり》じゃな』
「すね……ごす? ごめん、すねこすりじゃなくて?」
『あぁ、こすりじゃなくてごすりじゃよ。小回りのきくハクビーが人間の脛に思い切り体当たりをして動きを止めるスキルじゃな。ハクビーはあぁ見えて意外と石頭だからのぅ……ソロで会うときは注意が必要じゃ。慣れてくると脛を狙ってやがるなと分かるから苦労はないと言われとる』
「べ、弁慶の泣き所を狙うなんて姑息過ぎ、マジ笑えないし」
武蔵坊弁慶ほどの豪傑でも打たれたら泣く箇所があると言われている。そのために付けられたのが弁慶の泣き所だ。全く戦闘経験のない琴花では泣くどころか、痛過ぎて声が出ない。
まさか脛を狙ってくる魔物がいるとは思っていなかったので油断していた。
噛む力が強いと聞いていたから、そちらのほうを普通に警戒する。
ちなみに弁慶の泣き所で最もよく知られているのが脛だが、他にアキレス腱や中指の第一関節から先の部分もこのように呼ばれることがあるらしい。
さらに余談ではあるが、日本では《すねこすり》という妖怪がいる。
主に人の歩きを邪魔する妖怪らしい。
夜の闇にまぎれて歩行者の足をひっぱって転ばせることがあると伝承では伝えられている。
「一文字違うだけで、こんなに違うなんて」
まだ痛むようで身動きできない琴花。
仲間を呼んで、さらに弁慶の泣き所を狙ってくる。見た目は小型だが、注意しなくてはならない。
骨が折れてないことを願う。
『ついでに言うておくと、お主が戦わずに逃げたスイートビーのスキルは《天国と地獄》じゃぞ』
「運動会の徒競走とかで使われる曲だね」
『ふん、お手手(てて)繋いで皆ゴールとかそんなナマ優しいもんじゃないぞ。スイートビーのスキルの効果は刺されると甘くて気持ち良くなり、その直後強烈な不快感に襲われて吐き気や腹痛など様々な状態異常となる。まさに天国から地獄じゃ』
「なにそのチート過ぎるスキル……」
ますますスイートビーと戦いたくない気持ちが強まる。見かけても喧嘩は売らないと心に誓う。
『解毒作用のあるアイテムを素早く使えばどうにかなる。あと魔物の場合は固有というよりかは、種族スキルと言うのが正しいのぅ』
さらに追い打ちをかけるかのごとく、ウリエルの補足説明。
「じゃあエルやレイ、あとサーシャちゃんにも固有スキルが?」
『もちろんあるよ。知りたいかぇ?』
「……でもそれってコインを使わないとダメなんでしょ?」
調べるのにはウリエルの力が必要
力を使うにはコインが必要。
それがウリエルの力を使ううえでのルール。
『うむ、もの分かりが良い琴花は大好きじゃぞ』
ニコニコと微笑むウリエルに、琴花は大きくため息をついた。
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