第12話 012枚目 コインを磨きましょう、感謝を込めて

 薄暗い森の中でキュッキュッと不気味な音が聞こえる。鳥や獣とは違うこの音の正体とは……。





『コインを磨くっきゃない、本気で磨くっきゃないっと』とウリエルのご機嫌な歌声が響く。原曲はたしかハートだったような気がするなと琴花は思った。

「はい、これでいい? 今度こそ大丈夫だよねッ!」

 琴花はハンカチタオルを右手に持ち、左手で磨いたコインをウリエルに突きつける。

 その仕草は若干イライラしているようにも見えた。


『うむ問題ないぞ。あぁ美しい、ピカピカじゃ。まるで妾を映したかのように美しい〜』

 綺麗なコインを見て、うっとりとするウリエル。

 その姿に琴花はため息をついた。

 怪我人にコインを磨かせる女神が、一体どこにいるというのだろうか……。

 しかも何度も何度も磨き直しを要求される始末。

 それも1枚ではなく、5枚全部だ。

『すまんな琴花。このコインは、コインを媒介にして妾の力を引き出すシステムとなっておるのじゃ。媒介するコインが汚れていては意味がない。むしろそんな汚らわしいコインで力を使わせようなんぞ、はッ! 片腹痛いわ』

「じゃあ最初(はなっ)から綺麗なコインをくれたらいいじゃんか」

 ぼそりと呟いた琴花の台詞に、ウリエルは恍惚だった表情から一転し、目をクワッと見開く。

『このシャイニング馬鹿たれめがッ!! 』

「あぅぅぅー」

 琴花は両耳を咄嗟に防ぐ。

 琴花の周辺の空気にビリビリと振動が走る。

 耳を塞いでいてもウリエルの声はよく響いた。

『それだとありがたみもへったくれもないわッ! それ相応の力を使わせてもらうのじゃぞ。そのことをコインを司る女神である妾に感謝の意を示す。その証明(あかし)として綺麗にコインを磨かせてもらうわけじゃ。その辺りを肝に銘じるのじゃ。分かったらコインをシャキシャキと磨くのじゃ』

「ゴシゴシじゃないんですね」

『揚げ足なんぞはいらぬッ! 揚げ菓子は欲しいがな』

「あーはいはい、感謝の気持ちを込めて綺麗にするわけですね〜」

『滅茶苦茶、棒読みじゃの〜。まぁ投げやりになるな、そういうことだ。ではもう一度コインを握りしめて願うとよい』

 琴花はウリエルの言われるまま願う。

 すると、琴花の手から青い光が溢れ出す。

 優しい光が琴花を包む。

 暖かい光。

 みるみるうちに身体の痛みが和らいでいく。

 光が収まると、打ち付けた箇所の痛みが嘘みたいに消えた。


「あ、痛くない」

『そうじゃろそうじゃろ。これぞコインの力でもあり、妾の力じゃ』

「伊達に自称女神と名乗ってないね、さすが女神様ウリエル様」

『ふん、仮にも女神と名乗っておるのじゃ、これくらいはお茶の子さいさいじゃ』

 両手に腰を当てて胸を張る。

 残念ながらその小ぶりな胸が強調されることはなかった。

「この力って攻撃にも使えたりする?」

『うむ、女神の力に不可能はないぞ。ただし死者を蘇らせるというのはできんがな。それ以外ならだいたい可能じゃ』

「これよ、そういうアイテムを待ってたんだよ」

 琴花は喜んで握りしめた手を広げると、そこにコインはなかった。<PBR>

「あ、あれ? コインが消えちゃった」

『使えばそりゃなくなる。だから大事に使ってくださいとメモを残したのじゃ』

 ということは……。


「え、えーと枚数=(イコール)使える回数?」

『オフコースじゃな、さよなら さよならと歌いたくなるなよ』

「あーうん何言ってるか分かんないけど、今すぐこの森から華麗にさよならしたいね」

 時間はかかったがコインの使用説明についてのレクチャーが終わった。

 琴花は立ち上がり、サーシャの槍をギュっと抱きしめてサーシャとハクトウパンが走っていった先へと視線を向けた。

 このコインがあれば何とかできる。琴花はそう決意をして一歩踏みだし……。

『さて、それじゃ落とした2枚のコインを探しに行くぞ琴花』

 一歩踏み出し損ねた。決意をして前に進もうというのに、どうやら琴花とウリエルの目的が違うらしい。

「いやいや、まずはサーシャちゃんを助けに行かなくちゃダメでしょ」

『そんなのより先にコインじゃろ』

「先に助けに行くのッ!」

『嫌じゃ嫌じゃ、妾の大事なコインの安否が優先じゃあ〜我が子が迷子になっとるというのに心配せぬ親がどこにおるかーッ!』

 駄々をこねるウリエル。

 これでは心配する親ではなく、親を心配をさせる子供そのものだ。

『嫌じゃー探しに行くって言うまで妾はここから一歩も動かーんッ!』

 駄々をこね続けるウリエル。

 琴花の言うことを聞いてくれそうにない。

 かといって行方不明のコインを探しに行っている場合ではない。

 さてどうしたものかと、騒ぎ続けるウリエルを横目にして考える。

「あ……」

 琴花は思い出したかのように、眼鏡をスチャっと装着した。するとさっきまで騒がしかったウリエルの声、そしてデパートで好きなオモチャを買ってもらおうと床でバタバタするウリエルの姿も消えた。

「とりあえず、よしッ!」

 琴花はガッツポーズを取った。

 試しに眼鏡を外すと、まだ騒ぎ立てるウリエルの姿がチラリと見えたのですぐに掛け直した。

 姿は見えなくとも、近くにいるのだ。

 それが分かっただけでも、この薄暗くて孤独な森を歩いていけそうだ。<PBR>

「眼鏡かけたら見苦しい姿も見ることなく、うるさい声も聞こえない。その点に関してはウリエル様のレーシック問題はグッジョブかな」

 うるさくなれば、すぐシャットダウン。

 見苦しい姿から目を逸らしたいときもシャットダウン。実に便利なシステムだ。

 ただ女神様を蔑(ないがし)ろにしてるじゃんとの意見が出そうだが、それはまた時間のある時に論議すればいい。今はやるべきことがあるのだ。<PBR>

 琴花はバックの中から綺麗なコインを1枚取り出した。

 あとはウリエルの声や姿がなくても、コインが使えるのかを検証しなくてはならない。

 いざという時に使えなくては意味がない。

 コインの枚数は残り4枚。

 使える力も4回。

 だから使うとするならば、無駄な事に使うわけにいかない。

「うーん」

 腕を組んでしばし悩んだ後、琴花は眼鏡を外した。

 バタバタして疲れたのか、肩で息をしたウリエル様が現れる。ようやく静かになったようだ。

「あのさ〜ウリエル」

『琴花よ……妾が一人だけバタバタしてたら恥ずかしいではないか、止めておくれよ。ものすごくえらい』

 どんなツンデレだ。

「うんうん、分かった。はいストップ。ところで質問なんだけどさ。ちなみに……」

『な、なんじゃ?』

「叶えられる願いを1枚につき2回にしてください……というのは?」

『そういう願い事をたくさんというのは例外じゃ。無論、却下じゃ』

 そこまで都合良くはいかないらしい。

 やはり枚数=力の使用回数ということだ。

 琴花は眼鏡を掛け直して、一歩踏み出し……。

「見つけたわ」

 また一歩踏み出し損ねた。

 その声と同時に琴花は腕をガシっと掴まれた。



 コインの残数 4枚。

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