第11話 011枚目 コインの所有権
ウリエルがぺこりと頭を下げ、顔を上げるとそこに待っていたのは、琴花のジトーっした目だった。
『むむ、その目は何じゃ? お主は誰じゃーと睨むコンタクトレンズのCMの真似か?』
美人姉妹のお姉ちゃんが出てるやつだ。
アリスのほうだ。
「違います」
たしかに今は眼鏡を外している。
だが、ウリエルの姿は周りの景色の微妙なボヤ〜ンと違い、裸眼でもくっきりと見えている。
『その、あれか、勝手に改造したことを許しておらんという感じか?』
「その件は一旦保留です」
されてしまったことは一旦置き、琴花は話を続ける。
もちろん怒りは収まってはいないが。
『では何に怒っておるのじゃ、この美しく残酷な世界にか?』
どうやら女神ウリエル様は本気でご理解されてはいないようだ。
このままだと、さらに話が脱線していきそうなので琴花は用件を切り出した。
「あたしが言いたいのはなんで初期配置が森の中だったのかってことよ」
『あぁー』
そっちかーと頷くウリエル。
そっちかーってことは、まだ何かあるのかと疑いたくなるが、今はそんなことを論議している場合ではない。
『最初に見るなら綺麗な場所か、神秘的な場所がいいかなと思ってな。ほれ湖の水は冷たくて美味かったろ? あの水はなかなかの美味でな。日本の名水百選といい勝負ができるのじゃ』
「へぇ〜。まぁたしかに美味しかったけど」
『そうじゃろそうじゃろ』
満面の笑みで頷くウリエル。
水はたしかに美味しかった、それは認める。
この水なら美味しい日本酒もできそうだ。
料理に使えば一味違うものになる。
だが、要点は初期配置が魔物わんさかの森という点。その事について物申したいのだ。
「まぁ綺麗な場所と美味しいお水に関しては、百歩譲るとして……それならせめて何かアイテムの一つくらい持たせてくれても良かったのでは? おかげで死にかけましたけど」
太陽の光が森に遮られて視界も悪く、うっすらと白い靄(もや)までかかっている。
武器や防具、または特殊能力の何かがなければ、とてもじゃないが、この森からの脱出は不可能だ。いや、今は琴花を庇って単身ハクトウパンを誘き寄せるために森の奥へと消えていったサーシャを何とかして助ける方法も考えなくてはならない。
『いやいやアイテムなら渡してあったろうに。ちゃんとメモに書いたろう? 大切に使うのじゃと』
「もしかしてこれ?」
琴花はバックから1枚のコインを取り出した。
誰かが授業中に書いたような不細工なペンギンか、鳥みたいなのが彫られているのが特徴だ。
「これ全く使えなかったんですけど」
『そりゃそうじゃろ。まだ所有権は妾にある』
「あぁーそういうことね」
そりゃー使えないわな。
人様の物を無断で使用したら犯罪である。
「なら使えるように設定しておいてよッ! こんな危険な所がスタート地点なんだからッ!」
こんな危険な森が初期配置なのだから、使えるようにしておくのが筋ってものだ。
『そこは最初に妾がお主の前に現れて、儀式をしたりする予定じゃったのじゃ。ちょいと誤算が生じてこうなっておるが。てっきり冷たい水で顔を洗うかと思ったら洗わないし、全く当てが外れたわい』
喫茶店に入って、おしぼりが出てきたら条件反射で顔を拭くサラリーマンみたいなのを期待していたのだろうか。
残念ながら琴花は、こう見えても花も恥じらう21歳の乙女だ。そんなワンコ的な期待をされても困る。
ちなみに上級者になるとシャツの中におしぼりを突っ込んで拭くとか拭かないとか……。
『そういえば知らなかったこととはいえ、妾のコインを2枚ほど粗末に扱ったろう琴花。さぁてどうやって調理してくれようかッ!まずはメェ〜メェ〜さんのいる草原で足の裏にし……』
ゴゴゴという効果音が聞こえた。
ウリエルにギロリと睨まれ、
「どうも申し訳ございませんでした女神様、知らなかったとはいえ、あたしの不徳のいたすところでありますです、はいッ!」
琴花はすぐさま頭を下げた。
その流れで土下座へと流れていく。
額を地面に擦りつけるのも、もちろん忘れちゃいない。これぞ正しきジャパニーズ土下座だ。
ウリエルが言おうとしているのは、世界で最も恐ろしいと言われている拷問の1つだ。
まだ死にたくない。
それに1枚目と2枚目に関しては雑に扱ったことには変わりない。素直に謝罪するしかない。
まだ死にたくない。
琴花が顔をあげると、満面の笑みをしたウリエルがいた。とりあえずは許してもらえるようだ。
『まぁコインに期待にしていたのに、使えなかったのじゃ。妾も悪い。これで両成敗じゃ』
「はぁー助かった」
ひとまず琴花、深呼吸。
『まぁ長い付き合いになるのじゃ、仲良くやっていこうぞ琴花』
ウリエルはニコっと微笑んだ。
★
『さてお待ちかねのコインについて説明するぞ、まずはコインを握ってみてくれ』
色々とあったが、ようやくウリエルの言うところの儀式が始まった。
琴花はウリエルの言う通りにコインを握る。
ウリエルが何やらブツブツと呪文みたいなのを唱える。呪文を唱え終えると琴花が握りしめるコインから強い光が放たれる。
「うわ、眩しい」
『我慢じゃ』
しばらく光は放たれて、そのまま収束する。
『ふぅ〜これで琴花がコインの持ち主じゃ』
「へぇー役に立つのこれ?」
不細工な鳥が彫られているコインを眺める。一度期待を裏切られている琴花としては素直に信じる気になれない。
『これ扱いとは……罰が当たるぞ。まぁ試しにその持っているコインに何か祈ってみよ。そうじゃな……ハクトウパンに吹き飛ばされた時の痛みを治してくださいあたりで行ってみようか』
「は、はい」
琴花はコインを握りしめて、目を閉じた。
そして願う。
ハクトウパンの翼が、突風を巻き起こした時に生じた痛みの回復を。痛いの痛いの飛んでいけぇ〜。
「あの〜ウリエル、何も起きないけど……」
何も起こらなかった。
うんともすんとも何もいいやしない。
また誤作動か……。
「ところで不良品はクーリングオフできるの?」
『ば、馬鹿者め。不良品じゃないわッ! ちゃんと願うたのか?』
「願いましたッ! 痛いの嫌なので、早く治してください女神様ウリエル様ッ!」
『おかしいのぅ……お主は祈ることに関しては、そこらの人間より優れておるはずなのじゃが』
日本では牧師の娘として生活していた琴花。
朝晩と食事の時にやる感謝の祈りと、普通の人間より神様に祈りを捧げている。
『うーむ、ちょいとその握りしめておるコインを見せてくれぬか?』
言われるがまま、コインをウリエルに見せる。
『ふむふむ』
それを見たウリエルは一人で勝手に納得する。何がふむふむなのか……。
『琴花……』
そしてウリエルは真剣な表情でこう言った。
『このコイン……ダメじゃ。やり直しじゃ』
「ふぇっ?」
どうやら、まだコインの奇跡にお目にかかれそうにない琴花なのであった。
コインの残数 5枚。
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