第8話 008枚目 VSハクトウパン 勝率はマイナス300%

 少女に手を引っ張られながらも、ハクトウパンって結局何だろうと思った。

 なぜ羽根つきパンダのことをその名前で呼ぶのか、琴花には全く分からなかった。


羽根つき餃子は美味しい。

麦酒のお供として優等生だ。


しかし、今はそんなことを考えている時間はない。


「うわ〜ん、あんたが、子ハクトウパンなんかに構ってるからこうなっちゃったよ〜。どうしてくれるんだよッ!」


と琴花の手を引っ張りながら走る少女が叫んだ。


「ちょっと待ってよ。それはあんたが子ハクトウパンっていうやつの蹴っ飛ばしたのが、そもそもの発端じゃん」


 事の発端は、この手を引いてくれている少女がハクトウパンの子供をうっかり蹴飛ばしてしまったことから始まる。


 蹴られたハクトウパンの子供は、痛かったのか甲高い声で鳴き声をあげた。


 琴花の手を引っ張りながら少女は走る。


 それが結果として仲間を呼び寄せることになった。


 この場合、仲間というよりは親といったほうがいいのだろうが……。



「仕方ないじゃないか、ぼくはあんたを誘導するのに精一杯だったんだよッ! 足元って言うならさ、あんただって確認できたはずじゃんか、何で言わなかったんだよォォォォォォッ!!」


「知ってたら言ってるからッ!! あたしだって足元に何か転がっていったな程度しか分からなかったからァァァァァァァァァァァァッ!!」


 ただえさえ視界が悪くなっている状態で、しかもあんなところにハクトウパンの子供がいるなんて誰が予想できたか。

 できるわけがない。


 背後から低い鳴き声が響き渡る。


 どうやら相手さんは必死になって探しているようだ。そりゃー我が子を蹴り飛ばし、木にぶつけさせたのだから親としては、そりゃー激怒ものであろう。


「まだ死にたくないよぉぉぉー。レイさーん、エルさーん助けてぇぇぇぇぇぇー」


 死にたくないと叫ぶ少女に琴花は、おそるおそる訊ねる。


「……ところで、そのハクトウパンって超ヤバいの?」


「うん、この森で出会いたくない危険な魔物の一種だよ」


「そんなに危険?」


「ぼくの実力では簡単に死ねる」


「勝てる見込みは?」


「現状では300%無理」


 清々しいほどキッパリと言い放つ少女。


 あーこれは詰んだなと琴花は心の奥底で嘆く。


 その左手に持っている立派な槍は飾りなのか、ファッションなのか……。


「まぁあなたの実力がどれくらいか分からないからコメントのしようもないけど……」


 それでも今は走り続けるしかなかった。


 足場と視界が悪い森の中を……。


 ある程度走り、背後からの鳴き声が聞こえなくなったところで琴花と少女は立ち止まって息を整えた。


 どうやら諦めてくれたようだ。


「はぁはぁ、な……なんとか逃げれた感じかな」


 琴花の手を離して座り込む少女。


「もう足がパンパンだよ」


 それにつられて琴花も座り込んだ。


 お尻あたりが冷たく感じたが、今はそんなこと言ってられない。



「ところで、あんたの名前は? ずっとあんたと呼んでるのもなんかね」


「あたしは……しょ、東海林しょうじ琴花こいろ。あなたは?」


「ぼくはサーシャ=クレスト。E級 冒険者ランカー。得意な得物えものはこの槍ランスだよ。ところでショージは……」


「ごめん、琴花と呼んで。それだと名前が男の子になっちゃうから」


 どうやらこの世界では、名前は米国読みになるらしい。となると名乗るのはコイロ=ショージが正しいようだ。


「分かった。とにかくこれで緊急クエストは達成。あとは村に君を連れて戻るだけ。それまでは、ぼくが君を守るから」


 少女ことサーシャはニカっと笑い、琴花の肩を叩いた。


「ちょっと待って、ひとつ質問が」


「なに? コイロちゃん」


「あたしは……」


 と言いかけたところで、低い鳴き声が響く。


 それと同時に、琴花達の前にドォォォンと空から木の枝をメキメキと音を立てて落ちてきた。お尻から着地したのと同時に地響きを立てた。いや、これは着地というのだろうか……新体操なら間違いなくマイナス査定であろう。


なにはともあれ、この世界では美少女ではなくパンダが空から降ってくるようだ。



「ひぃッ!」


 サーシャは青ざめた顔で槍を構えた。


「こ……」


 低い鳴き声の主であり、サーシャがうっかり蹴っ飛ばしてしまった子供の親、さらにこの森で出会いたくない危険な魔物……。


「こいつが、ハクトウパンなの?」


 琴花が呟いたのと同時に、ハクトウパンは大きな翼を広げて雄叫びを上げた。


 なぜハクトウパンという名前なのか、目の前に現れた凶悪な魔物を見て琴花は理解した。


 見た目はパンダだ。


 だが、背中には大きな翼が二つ生えていた。


 その翼は猛禽類のワシによく似ていた。


「……ワシの翼?」


 琴花の世界にハクトウと名前がつく鳥がいる。


 白頭鷲はくとうわし、アラスカ地方に生息しているワシの一種だ。


 翼を広げると2mを軽く上回る大型のワシ。


 体色は褐色だが、肩から頭にかけての部分が白くなっているのが大きな特徴だ。


 あとハクトウワシ保護法というのがあったり、どこかの部族は神聖な生き物として祀っているくらい有名だ。


 そのパンダの背中に生えている翼がハクトウワシの翼だから、ハクトウワシパンダ略してハクトウパンという名前なのだろうか。


「なんて安置なネーミング」


 琴花は溜息をついた。


 答えが分かってスッキリした。


 だが、最大の問題はこのハクトウパンが大人しく逃がしてくれそうにないということ。


 我が子を足蹴にされて怒らない親はいない。


 パンダ……いや、魔物の世界でもそれは当てはまるようだ。


 さらに補足すると今、目の前にいるのはジャイアントパンダである。


 レッサーパンダの風太君と違い、立ち上がると琴花の身長を軽く超える。


 そんなジャイアントパンダの背中にある翼は2mを軽く上回っている。


「てか白頭鷲とパンダってたしか、絶滅危惧種と保護区だし、無許可で狩ったら罰せられるんだからッ!」


「な……な、何わけわかんないこと言ってるんだよッ!! どとどどど……どどどうにかして逃げないと……」


 ガタガタと震えながらサーシャが少しずつ後ろに下がる。背中を見せて逃げたら間違いなくやられるからだ。猛禽類のワシと熊という漢字がつくパンダ。


 凶悪さは筋金入りだろう。


「けけ、蹴ったのはぼくじゃない……あ、あの後ろにいるこここコイロがやったんだ、だから……」


 恐怖心のあまり、サーシャはハクトウパンに琴花を売った。知り合ったばかりの琴花を売るとは、いやはや親の顔が見てみたいものだ。


「は、はぁ〜? 蹴ったのあんたじゃん。なんで、あたしになってるのよッ!」


 琴花も少しずつ後退する。


「嫌だ、死にたくない死にたくない」


 サーシャの顔はもう鼻水と涙でぐしゃぐしゃだ。


 だからといって琴花を売っていいわけがない。親の顔が……以下省略。


「そ、そその槍で何とかしてよッ! 飾りじゃないんでしょう」


「むむ……無理だよ、怖くて足が前に出ないよ」


「冒険者ランカーなんでしょ」


「冒険者ランカーも人間だよ、怖いものは怖いんだいッ!」


 だいッ! って。とにかく万事休すだ。


 槍を構えたサーシャは、ハクトウパンに恐怖を感じて何もできない。


 肝心の琴花は武器もなければ、戦う度胸もない。


 戦う術もない。


 琴花は、無意識にカバンの中に手を入れていた。


 出てきたのはコインだ。


 だが、このコインでは何もできないことは明白だ。


 銭投げならぬコイン投げで、この目の前にいるハクトウパンがどうにかできるなら苦労はない。


 今できることは、少しでもハクトウパンから距離を置くことだけだ。


「嫌だ、死にたくない死にたくないよ」


 そう思うと目に涙が浮かんでくる。


 涙で視界が見えなくなる。


 ただえさえ、視界が悪くて仕方ないのに。


 琴花は眼鏡を外して、目をゴシゴシと手で擦った。





『このシャイニング馬鹿たれがぁぁぁぁぁッ!」



 目を擦ったのと同時に、琴花の脳裏に怒声が響いた。

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