第7話 007枚目 ハクトウパンと黒糖パン

ヨタヨタと歩いていたかと思うと、コテンと転がるパンダの赤ちゃん。ただ普通と違うのは、本来パンダの背中にはない翼があるという点だ。

翼さえなければ和歌山のア◯ベンチャー◯ールドで大人気であろう。

 黒い毛は首や胸全体に広がっていて、新しい白い毛も現れていて黒と白がはっきりしている。

 落ち着きなく、歩いたり転がったりしているので、琴花の世界で言うともしかしたら生後三ヶ月以上は経過しているのではなかろうかと推察する。

 最初は、あの人参を振り回す兎みたいに危険なのではないかと警戒していたが、全く攻撃を仕掛けてくる様子もない。

 木によじ登ろうとしては失敗して転がったり、微妙な穴に落ちかけたり、そんな行動を見ているうちに琴花の中にあるリトル琴花の警戒レベルがどんどん解除されていく。

「可愛いな〜」

 可愛いは正義とはよく言ったものだ。

 すっかりその愛くるしい羽根つきパンダの赤ちゃんに琴花は魅力されてしまった。これが敵の罠ならば、間違いなく琴花はゲームオーバーだが……。

「触っても大丈夫……かな」

 危険がなくて可愛い。

 動物嫌いやアレルギーがない限り、触りに行くのはごく自然な行為といえる。

 羽根つきパンダの赤ちゃんは逃げる気配が全くない。

 琴花は徐々に距離を詰めていく。

 そして、いよいよ琴花の手が羽根つきパンダの赤ちゃんに伸びようとしたとき、

「触ったらダメッ!!」

 邪魔が入った。

「ねぇ、ちょっと聞こえてる? それに触ったらダメだからねッ! 絶対ダメだからねッ!!」

 声のした方向に顔を向けると、槍を片手に持った少女がそこにいた。

 背丈は琴花と同じくらいだが、胸のあたりが残念ながら琴花と比べようのないボリュームさがあった。

 思わず見比べてしまい、ため息をつきたくなる。

「え…….えと触ったらダメってどれに?」

 念ために確認を取る。

 まさか、あの可愛いパンダの赤ちゃんを触るなということだろうか……。


「そいつは 子ハクトウパンよ」

「え……こ、黒糖パン?」

 そんな食べ物がこんな森に落ちてるわけがないだろうと琴花は眉をひそめた。

 何を意味分からないことを言うのやらと琴花は、内心でため息をついて、羽根つきパンダの赤ちゃんに手を伸ばす。

「だーかーらッ!! あんた馬鹿なのッ!! そこにいるハクトウパンの子供には触るなって言ってんのよッ!」

 少女が大声で叫ぶ。

 そこでやっと琴花は理解した。

 このパンダが【ハクトウパン】と呼ばれていることに。

「は、ハクトウパン? このパンダの名前のこと?」

 なんて紛らわしい名前であろうか……。

 普通に聞いていたら、知らない人間ならば黒糖パンと絶対聞き間違えるであろう。

「えと、触ったらダメ?」

「ダメ、触ったらダメ、絶対に絶対にぜぇーったいに触ったらダメッ!!」

「そこまで言われると触りたくなる……けど」

 押すな押すなよと言って、結局押してしまうお笑いの伝統芸を琴花は脳裏に思い浮かべてしまったが、

「絶対にダメだからねッ!」

と念を押された。

異世界なのでが考えが違うので触ったらダメなんだろうなと触るのを辞めた。

それを見て少女は安堵したのと同時に

「すぐそこから離れてッ! 仲間を呼ばれる前に早くッ!」

 と必死に叫んだ。

 だが必死に叫ぶ少女とは裏腹に、こんな可愛い子ハンダがたくさん来たら萌えて死んじゃうよねと馬鹿なことを琴花は考えていた。基本頭はお花畑の残念な21歳の大人女子である。

 しかし、あまりにも必死な……もはや修羅でも宿っているのではなかろうかという少女の顔を見て、琴花はハクトウパンの赤ちゃんを名残惜しそうに見つめて、少しずつ距離を置いていく。

「うう……モフモフしたかったなぁー」

 歩きながらも視線は、たまに羽根つきパンダことハクトウパンの赤ちゃんに向けている。

 琴花は少女に歩み寄っていく。

 さっきのロングヘアー血みどろ系男子と比べると、まだ同性のほうが安心できた。

 琴花と少女までの距離あとわずか。

 この少女がここにいるということは、少なくとも土地勘やマップみたいなものがあるのだろうと琴花は推測した。これでこの不気味な森から脱出できそうだ。

「さぁーこちらへ早く」






 その時、少女の足が何かを蹴飛ばした。

 それは琴花の足の横をすり抜けていく。


「うぁ……」

「え?」

 前者は少女、後者は琴花だ。

 少女の顔が赤から青へと変化していく。

 琴花は少女が見ている方向に視線を向ける。

 そこには、別のハクトウパンの子供が無様に転がり、木にベインとぶつかった。



「や……やばイ」

 少女が呟いたのと同時に、ハクトウパンの赤ちゃんが甲高い声で鳴き始めた。

 鳴き声はどことなく、人間の赤ん坊とよく似ていると言われている。

 琴花の世界でいうパンダは生後2ヶ月経過すると普通のパンダと同じように低い声になるという。だから、今鳴き声をあげたのは、まだ生後1ヶ月ちょいの赤ちゃんだと考えられる。

「さぁーてと…………………逃げるよ」と笑顔の少女。その笑顔は作られていてとても怖い。

「え……え、なんで?」

「そんなのは後で説明するからッ!! 早くッ!!」

 少女が琴花の手を引っ張って走り出した。

「ただし……無事に逃げ切れたらね」

 ボソッとフラグが立ちそうな台詞を呟く少女。

 その数秒後、低く怒りに満ちた鳴き声が響き渡った。



 ★

 時は少し遡る。

 場所はオクジェイト大森林。

「おいおいやっぱりいねぇぞ。どっかで迷子になっちまったようだぜ」

 赤い髪の青年が後頭部をポリポリとかきながら溜息をついた。その姿に困ったわね〜とエルフの美少年が腕を組んだ。

 前者はレイ=トレファスナー、後者はエルだ。

 オクジェイト村で緊急クエストを引き受けて、オクジェイト大森林に探索へと出向いているところである。

 2人が困っている理由を説明するならば、3人目の存在が必要となる。

「どこに行ったのかしらサーシャちゃん」

「さっき襲われた場所が、この辺りだからなぁー。おーいサーシャっちよ、生きてたら返事してくれぇい」

 一緒に大森林に探索に来ていたE級 冒険者(ランカー)のサーシャ=クレストはエル達とはぐれてしまったのだ。薄く白い靄(もや)がかかり、視界が悪い中3人は魔物の襲撃を受けた。数もそんなに多くはなく、危険性は少なかったのだが、戦いに集中している間にどうやら見失ってしまったようだ。

 弱り切った魔物を深追いしてしまったかもしれない。

 未熟な冒険者(ランカー)は後先考えずに先行することが多いので、サーシャもその可能性が高い。

「サーシャっち、死んでてもいいから返事をしてくれぇぇぇい」

 無茶苦茶な事を言いながらも、サーシャの名前を呼び続ける2人。

「ん……レイ、静かに」

 突然、エルが足を止めた。ピクピクと両耳を動かしている。

「どうしたんでぇーいエルっち」

「うん、なんか向こうから声が聞こえない?」

「あぁ?……いや、全く」

「私にはよく聞こえるんだけど」

「エルフと一緒にしねぇでおくれよ」

 レイはため息をついた。

 エルフは耳が良い。

 悪口などが聞こえる地獄耳とは関係なしに、聴力が人間より優れているのだ。

「女の子……? コインがぁーって叫んでるのが聞こえる」

「はぁ? 全く聞こえねぇぞ。こんな危険地帯でアイテムの心配かよ、生命あっての物種だろうがよッ!」

 後頭部をポリポリとかきながら呆れるレイ。

「でも私みたいに盗賊やってると手に入れたアイテムの心配はするわよ」

 魔術関係を得意とするエルフだが、極稀に苦手なエルフもいる。エルは魔術が苦手なエルフの一人で、持ち前の脚力を生かして盗賊の職についている。

「それは盗賊関係なしに冒険者(ランカー)全般そうだろうよ。で、その聞こえてる方向はどっちなんでぇい?」

「そうね、あっちかな。もしかしたら村の子供かもしれな……」

 その時、低く怒りに満ちた鳴き声が響き渡った。その鳴き声……咆哮に周囲にいた小動物や鳥タイプの魔物達が我先にと脱兎のごとく駆け出していく。

「げッ! どっかの馬鹿がハクトウパンに喧嘩売りやがったのかッ!」

「あらあら、レイ貴方の大好きな大型の魔物ちゃんよ。ふふ」

「ふふ……じゃねぇよッ!! ハクトウパンは別だぜぃ。俺っちの顔の傷はハクトウパンにつけられたもんなんだよ。未だにトラウマじゃなくても戦いたくねぇよ」

「とにかく急ぎましょう。もし村の子供が近くにいたら大変よ」

「おう、行くぜエルっち」

 お互い頷き合うと、二人の冒険者(ランカー)達は足場の悪い薄暗い森の中を走り始めた。

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