第6話 006枚目 あたしは村の子供ではありません
★
「クソがッ!」
兎を滅多斬りにした返り血が顔や服に飛んでいる。
男は腰まで伸びた黒いロングヘアーを乱暴に掻き乱している。見た目はホラー映画のメインヒロイン貞子である。
「こんな雑魚潰しても経験値にならねぇよ」
男は兎をガスガスと踏みつけた。
琴花を襲おうとしていた兎はすでに絶命している。死んでいるとはいえ、小動物である兎を踏みつける姿は見ていて良いものではない。
動物虐待をする奴は、間違いなく良い奴ではない。助けてもらって申し訳ないが、琴花としてはあまり関わりたくない。
「あ? 何見てんだよ?」
男はギロリと琴花を睨みつけた。
その視線にビクッとなる琴花。
「……あぁお前、村の子供か?」
琴花をジロジロと眺め、男は何かに気付いたかのように呟く。
「いや……あ、あたしは……」
村の子供と言われても、琴花に心当たりはなかった。琴花の見た目が子供っぽく見えているので勘違いをしているのだろうか。
琴花が話し終える前に男は舌打ちした。
「全く面倒かけさせやがってよッ! 緊急クエストじゃなけりゃーこんな面倒な時期に、森に誰が入るかってんだ、くそがッ!」
男はなぜかイライラしていた。
それと同時に何やら急いでいるようにも見受けられる。そして未だに座り込んでいる琴花を見て、
「グズグズすんなよ、行くぞ」
男は琴花の腕を掴み、無理やり立たせた。
「い、痛い痛いッ!」
左腕に激痛が走る。
琴花の細い腕に男の指が食い込む。
骨にひびが入るのではないかと錯覚しそうな痛み。
あまりにも乱暴な振る舞いに琴花は抵抗する。
「やだ、離してッ! 離してよ」
必死に抵抗する琴花。
「うるぁッ!! 暴れんじゃねぇよッ! さっさとここから離れねぇと危ねぇんだよッ!! おら、さっさと動けッ! こんな所1秒でも早くオサラバしてぇんだッ!! 抵抗するんじゃねぇよッ!」
「嫌だ、嫌ッ! 誰かー助けてッ!!」
琴花は必死に抵抗する。
このままでは勘違いしたまま、どこかに連れてかれる。そこは果たして安全な場所なのか?
否ッ!! それだけは全力で避けたい。
「やだ、離してッ! 痛い痛い。離してッ! やだッ! 助けて。あたし子供じゃなくてもう大人だから離してッ!!」
見ず知らずの人間に連れていかれそうになり、琴花は必死に抵抗していたが、突然ピタっとロングヘアーの男は力を入れるのを止めた。
「おい、となると、じゃあお前は誰だよ?」
男はギロリと琴花を睨みつけた。
「お前は誰だと聞いてるんだよ、あぁッ!!」
男の目に殺気がこもる。
「ッ!!」
ヤバっと思った瞬間、男は掴んでいた左腕を離して胸ぐらをつかみあげた。
「く、ぐぁ….…」
呼吸ができない。
琴花の足が、わずかに地面から離れた。
「おい、答えろッ! じゃあここで何をしていた?」
「あ、ぐぅ……」
「まさかハイキングとか馬鹿なこと言うんじゃねぇよなぁッ!! おいッ! 答えろッ!!」
「や……ぐぅ……ちが……あ、あたしは……」
足をバタバタさせて抵抗するも男の腕に力が入り、余計に首がしまる。それに伴い、琴花の足が地上から離れる。
このままでは死んでしまう。
殺されてしまうのではないか。
危険というならば、間違いなく今が琴花にとって危険な時である。
「ぐ……くぅー」
足をバタバタさせながら、琴花はバックに手を忍ばせ、とある物を取り出した。汗の臭いを防いでくれるスプレーだ。
それをおもむろに男に向けてシューっと放つ。
「ぐ…….目が」
他人に向けてスプレーをしてはいけないが、今はそんなこと言ってる場合ではなかった。己の命に関わることだからだ。
琴花は無我夢中でスプレーをブシューっと放つ。
「痛ぇッ! 目が……目がぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
視界が塞がれた男は琴花の胸ぐらから手を放す。
「あいたッ!!」
琴花は尻餅をついた。尾骶骨に微妙な痛みが走るも、歯をくいしばって耐える。
男は咳き込んでいる。
殺虫剤とかではないから少なくとも死ぬことはないと思うが失明の危険性はあるかもしれない。だが命があってこそだ。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
今がチャンス。
千載一遇のチャンス。
絶好のチャンス。
今、逃げずにいつやるか?
そう、まさに今でしょッ! だ。
スタートは四つん這いだったが、琴花は急いで立ち上がりそのまま走り出した。
「くそ、本当に知らねぇぞッ! 本当にどうなっても知らねぇからなッ!」
背後から怒声が響き渡るも、それを無視して琴花は全力で走った。
★
どこをどう走ったか全く覚えていない。
それ以前にこの森のマップが頭に入っていない。
男はどうやらスプレーによる目潰しのおかげで追いかけてくる気配はなかった。
「た、助かったの?」
木にもたれかかり、呼吸を整える琴花。
走っている最中に何も落としていないと思うが、念のために確認する。
バックの中に元々入っていたものは一つも落としていない。だが兎に襲われた際、7枚あったコインのうち2枚投げてしまい、現在5枚である。
逃げる途中に拾えたら良かったのだが、そんな探してる余裕はない。
「はぁはぁ……助かっただけで良しとするしか……」
コイン2枚無くして損した気分だが、人生は生きてるだけで丸儲け。損した分はいつか取り戻すチャンスは来るはずだ。
琴花は深呼吸をして状況整理を始める。
「がむしゃらに走ってきたから、どこなのか全く分からないよ」
心なしか森が薄暗く感じた。
「薄暗いし、雨とか降る感じ? 嫌だなぁ」
さらに気のせいか、周囲がどんどん白くなってきているようにも感じた。
もしかして霧(きり)でも発生しているのかもしれない。
まだ濃くはないが、最悪濃い霧になる可能性も否めない。現状は白い靄(もや)、視界はそんなに悪くはなく、琴花は足を進めていく。
細心(さいしん)の注意を払い、ゆっくり一歩ずつ進んでいく。
頼りにならないが、携帯(スマホ)に内蔵されているカメラのライトを起動させる。
こんなライトでも今では心強い。
さっきみたいに変な兎みたいなのが出てこないように琴花は祈る。
この世界に飛ばされるまでは、神様なんかいないんだと思い込んでいたのに、結局神様に頼るしかないのかと琴花は自虐的な笑みを浮かべた。
なんて都合の良い話であろうか……。
しばらく歩くと広いところに出た。
幸いなことに魔物らしき姿や影はない。
「誰かいませんかー」
琴花は声を上げた。
もうこの際誰でもいい。
誰か側にいて欲しい。
見知らぬ場所で一人は、やっぱり心細い。
視界もあまり良くはない。
どこをどう歩いているのか分からない。
肉体的な疲労よりも精神的な疲労のほうが蓄積されていく。
「誰かいませんかー」
返事はなくとも琴花は叫び続けた。
すると、近くの木からガサガサと音が聞こえた。
反射的に琴花は音のした方向に、ライトを向けた。
「誰?」
人間ならば良いが、さっきみたいに変な動物だったら困る。携帯(スマホ)を持つ手に力が入る。
いざという時のために、すぐ逃げられるように構える。
「あ……」
白い靄(もや)の向こうから、小動物のような生き物が姿を現した。
「あ……え、パンダの……赤ちゃん?」
見た目はパンダの赤ちゃんに見えた。
背中に羽根みたいなのがついているのを除けば、琴花のよく知るパンダの赤ちゃんだった
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