第9話 009枚目 VSハクトウパン その想いと力を

『このシャイニング馬鹿たれががぁぁぁぁぁッ!』



 琴花は自分の頭の中に響いた声に、恐怖で幻聴したの、いよいよやばいなと実感していた。

 サーシャでも琴花の声でもない第三者の声。

 今その場にいるのは怯えている琴花とサーシャ、そして怒り狂っているハクトウパン。


「ダメだ……落ち着かないと……」

 幻聴のことは忘れて、頭を切り替える琴花。

 この状況を打破しなくちゃならない。

 槍を構えてはいるが、怯えているサーシャを横目に琴花は考える。

 だが、琴花には武器もない。

 ましてや武術を嗜たしなんだ覚えもない。








『ビクついてる場合じゃないぞ、落ち着いて話を聞くのじゃ』








 また声が聞こえた。


 聞いたことのない声。


 一体どこから……。





『いいか。まず、この状き……』


 琴花は眼鏡を装着して、周囲を見渡す。


 やはり誰もいない。


 そして突如、声も聞こえなくなった。


 精神状態が不安定による幻聴なのか……。仕方ないのかもしれない。死ぬか生きるか瀬戸際なのだから。


「誰ッ? いるなら返事してよッ!」


 だが、返事はない。


 空耳だったようだ。








「うぅ……考えろ考えるんだ……」


 隣で琴花が何か呟いていたのと、同時にサーシャもブツブツと呟いていた。


 何とかして打破して活路を見出さなくてはならない。


 だが、何も浮かばない。


 この場にいるのは冒険者(ランカー)の少女サーシャと翼を大きく広げて威嚇しているハクトウパンと、そして琴花。


 だが、琴花は見た所武器を持っているようには見えない。素手で戦うタイプにも到底見えない。


 つまり消去法でハクトウパンと戦えるのはサーシャしかいないということだ。





 ハクトウパンが雄叫びをあげた。


 戦闘開始だ。


 望んでもいないのにゴングが鳴った。


 ハクトウパンが翼を大きく広げて突進する。


 180㎝以上の体長に大きく広げたワシの翼。


 ハクトウパンが、まずターゲットに決めたのはサーシャだ。怯えている、こいつはチョロいと思われたのだろう。





 だが怯えてはいるものの、伊達に冒険者ランカーを名乗ってはいない。ギリギリながらも攻撃の回避に成功する。再度ハクトウパンが攻撃するも、槍で弾いたりなどの防御対策にこうじている。


 だが、攻撃を仕掛ける様子はない。


 正確にいうと仕掛けられない。


 防ぐのと避けるのだけで精一杯。


 攻撃をしたその隙にやられては取り返しのつかないことになる。


 でも防戦一方ではいずれ負けてしまうのは明らかだ。


 そんなことは百も承知だ。


 それでも槍を構えているのは、武器を持たない琴花を守るためだ。


 勝てない、でも負けるわけにもいかないのだ。


 E級 冒険者ランカーでも冒険者ランカーに変わりはない。


 武器や戦うための力がない民間人にとってはランクも実績も関係ない。


 弱き者を守ってこそ、冒険者ランカーの存在意義がある。


 冒険者ランカーの教えである弱き者を守れということを思い出したサーシャは奥歯を噛み締める。



【決意の凄味を見せてやれサーシャ=クレスト。その想いと力を刃に乗せよッ!】


 そして槍を教えてくれた師匠の言葉を脳裏に響かせて覚悟を決めて叫んだ。

「コイロッ! ぼくのことは放っておいて逃げるんだッ!!」と。

「え……」

 突然のサーシャの提案に戸惑う琴花。


 だがサーシャは視線をハクトウパンに向けたまま、戸惑う琴花に向かってさらに叫ぶ。このまま2人してやられるわけにはいかない。


「今回の緊急クエストは、村の子供である君の確保と保護だ。君さえ無事なら問題ないし、それに君が死んだら親御さんが悲しむ」


 ハクトウパンの攻撃を危なげながらも、サーシャは回避行動に移っていく。


「でも……」


「ぼくなら大丈夫、うぁ……」


回避行動していたが、ハクトウパンの攻撃がサーシャが左手で持っていた槍を弾いた。


「サーシャちゃんッ!」


弾かれた槍は琴花の近くに突き刺さる。


距離的に取りに行こうと思えば行けるが、槍はサーシャの後方にある。


相手に背中を向けるわけにもいかない。隙を見せたら間違いなく殺される。


サーシャが死ねば次は琴花に害が及ぶ。


それでは意味がない。 


それじゃあ弱き者を守れない。


弱き者を守るのが冒険者(ランカー)なのだから。


「く……」


痺れる左手に顔をしかめながら、サーシャは背中に装着していた予備の槍を抜き、痺れていないほうの右手で構える。戦意はまだ喪失していない。


槍の刃と決意はまだ折れちゃいない。


「2人だと逃げ切れないんだよ。ぼく1人なら……なんとかして……おっとと、逃げれるから」


 そんなホラー映画なら間違いなく死亡フラグなことを叫びながら、サーシャは凶悪な魔物ハクトウパンと対峙する。

 槍の刃でハクトウパンの首をいつでも刈り取れるように……。


「そんな、あたしは……」


 村の子供でも何でもないと言おうとした時、ハクトウパンは背中にある翼を広げて風圧を起こした。


 サーシャは持ち前の反射神経で回避するも、


「きゃあぁぁぁ」


 琴花は突風により吹き飛ばされた。


 かろうじて木にぶつかることはなかったが、激しく身体を打ち付けた。


「い、いたた」

 あまりの痛さに琴花は立ち上がりたくても立ち上がれなかった。

 それを見たハクトウパンは倒れた琴花に向かって、グルルと吠えた。

 槍を持つサーシャより倒れて身動きが取れない琴花をターゲットに決めたようだ。

 ひぃッ! と恐怖に満ちた表情を見せる琴花。

「こ、来ないで」

 必死に叫ぶも、痛みのあまり身体が言うことを聞いてくれない。

「コイロッ! 立って逃げてッ!」

「イヤァァァァァ」

 ハクトウパンが琴花に向かって突進を始める。

 琴花は目を閉じて身体を丸めた。


 万事休す。


「 く……ダメか。だったら」


 槍を握る手に力を入れてサーシャは駆け出した。


 ハクトウパンの背中はガラ空きだった。

 今は敵は琴花しか眼中にない。こっちに気をひくことができれば琴花を逃すことができるだろう。

 ならどうしたら敵意をこちらに向けることができるか。

「コイロはぼくが守るッ!」

 突如サーシャの持つ槍の刃にうっすらと光が灯った。サーシャ本人はその光に気づいていない。今は身動きが取れない琴花の身代わりになるために。


 弱き者を守るために……。


 がむしゃらにハクトウパンの背中に向けて……。


 決意と想いを刃に乗せてサーシャは槍を突き上げた。


 背中に走った激しい痛みにハクトウパンが咆哮を上げた。


「く……」


だが刺さりはしたものの、致命的なダメージを与えるまでにはいかなかった。


背中を狙ったはずが、残念ながら刃がズレてしまった。サーシャの思念の刃は背中ではなく左翼を傷つける程度に終わった。


 だがこれが功を成した。

 突き刺した槍を引き抜き、距離を置いたサーシャのほうにハクトウパンがグルルーと唸り声を上げながら顔を向ける。


「どうした、そんな唸り声じゃ全くなっちゃいないよ」

 さらにサーシャは挑発して近くに転がっていた小石を掴んで投げ始めた。

 ハクトウパンの顔にビシっと当たる。

「こっちだッ! この野郎ッ!」

 続け様に小石を投げていく。

 ビシビシと石がハクトウパンの顔や身体に当たっていく。コントロールの良さなら誰にも負けないだろう。


 数発も石をぶつけられたハクトウパンは、怒りのあまり雄叫びをあげて、全身をサーシャの方に向けた。これでハクトウパンのタゲは琴花からサーシャに移った。


「あとは、ぼくが囮になるだけ……か」


 全身から殺気を放つハクトウパン。


「コイロは……ちゃんと村まで帰るんだよ」


 目に涙を浮かべてサーシャはそう呟くと、森の奥に向かって走り出した。


 ハクトウパンは傷ついていない右翼を広げながらドタバタと追いかけていった。

 そして琴花だけがその場に残された。

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