変わらないこと(5)

 土曜日。雲ひとつない、いい天気だった。

 マンションまでは、電車で行くことにした。もしかしたら、七海が通うことになるかもしれないから、という暖司の提案だった。

 七海は朝からご機嫌だった。着替えながら最近ハマっているドラマの主題歌を鼻歌交じりに歌っていたし、家を出てから駅まではスキップをしていた。

 暖司は、転校について、すぐに調べてくれた。結果として、校区以外の学校への転校は可能だった。学校に相談していじめの改善がなく、転校を認められれば、教育委員会に話がいき、そこでも認められれば転校手続きが可能になるということだった。

 美穂は、七海に引越しをすることと、それよりも前に転校をしたいかについて訊いた。

「私、一度摩耶ちゃんと話す。それでもダメだったら、お母さんに相談するね」

 七海は、そう言った。いますぐにでも転校すると言い出すと思っていたから、驚いたが、美穂は、七海の意思に従うことにした。

 北千住へは、電車を乗り継いで三十分でついた。

 駅からは、河川敷を通ってモデルルームの場所へ向かった。川に光が反射してきれいだった。

 モデルルームには、すでに数組の見学希望者がいた。入口を入ると、受付で必要項目を記入することになっていた。記入を終えた頃に、背筋がしっかりと伸びた女性が出迎えた。

「神田様ですね。本日担当します、瀬戸内です。どうぞよろしくお願いします」

 美穂たちは、カウンターに案内された。まずは、マンションの概要や周辺の施設、部屋の間取りなどの説明を一通り受けた。

 マンションは一五〇戸部屋があり、二LDK〜四LDKの部屋タイプがあった。カウンターのそばの壁には、マス目状にマンションの部屋が書かれた紙が貼られていて、マスの中には部屋のタイプと金額が書かれている。ところどころピンクのリボンがついていた。何かしら、と思ったが、特に興味はなかった。

マンションの近くには小学校も中学校もあった。駅も近く、大きな公園もある。子供連れの家族に人気そうなマンションだなと思った。きっと七海と同級生くらいの子も多くいそうだ。

 小学校の一年弱だけという期間を思うと、複雑な気持ちがした。

「何か、ご質問等ございますか?」

 説明が終わると、瀬戸内さんが、訊いた。

 暖司が、自分は特にないよ、という目で美穂を見た。美穂も瀬戸内さんの説明が的確で、スーパーが近くにあることがわかったし、マンション立地予定地の近くに騒音となりそうな施設や大きな道路がないこともわかって、聞きたいことはなかった。

「ありません」

「承知しました。では、モデルルームへご案内いたします」

 モデルルームは、三LDKタイプの部屋だった。

 話を聞いた際に気になっていた収納は想像以上に便利な仕様で、満足のいくものだった。

 ベランダは簡単なガーデニングならできそうなほど広くゆとりがあった。トイレの個室の中にも棚があることや、お風呂の浴室と浴槽が広いこともよかった。浴槽は、身長が一八〇センチある暖司でも足が伸ばせそうなほど大きかった。

 モデルルームの一室が、子供部屋と想定したインテリアだった。ベッドはラベンダーの布団カバーにぬいぐるみが置いてあり、机と椅子と収納棚は、壁とクローゼットと同じ白で統一され、クッションや小物やカーテンで赤や黄色の彩りを加えている。

 七海が興味津々に部屋を見ていた。いまの七海の部屋は、色が統一されておらず、ベッドと机は木目のベージュで、布団カバーとカーテンは美穂がホームセンターで適当に選んだものだった。どれも、小学三年生から七海に部屋を与えたときのままだった。

七海は、最近、洋服を自分で選ぶようになって、女の子としておしゃれに目覚めきていた。引っ越しするときは、いまの家具は全部処分して、自分で選ばせてあげようと美穂は思った。

モデルルームの見学が終わると、予算見積をしてもらえた。間取りは、三LDKに絞っていた。部屋のタイプが四パターンあった。大まかには、部屋が廊下に二部屋ある場合と、リビングに面して二部屋ある場合で、配置が左右対称になるように対があるから、四パターン。

部屋は、廊下に二部屋あるタイプにした。左右は、いまの家がリビングの扉を開けると右手にキッチンがあるから、今回も同じ配置のタイプにした。

美穂は、上階が良かったが、暖司が中階を譲らなかった。何か災害があったときに、中階が避難に有利なんだと、どこから仕入れたのかわからない情報を根拠に主張した。

だから、五階〜八階で考えていた。階が上がるごとに、数十万の違いがあった。

お金については、もらった見積書とオプション表を家に持って帰って話し合うことにした。

瀬戸内さんにお礼を言って、モデルルームを後にした。

駅は、小さいが何店もお店が入った駅ビルがあった。薬局や歯医者、スーパーや飲食店など、充実したラインナップだった。

ホームには、人がちらほらといた。電車の本数も悪くない。

帰りの電車で美穂は暖司に訊いた。

「とてもいい家だったわ。どこで知ったの?」

「ああ、この間高校の同級生と飲んだんだが、あの不動産で働く奴がいて、家を買う予定があることを相談したら教えてくれたんだ」

「そうだったの。イズミホームって言ったら、大手ね。あなたにそんな同級生がいたなんて知らなかったわ」

「僕もそいつと会ったのは、二十年ぶりくらいなんだ。ちょうど僕が東京に来たときと同じくらいに彼も東京に転勤していたらしい。いまは、課長になったそうだ」

 美穂は曖昧に微笑んだ。暖司にも本当は課長になる話がきたことがあった。三年ほど前だ。でも、暖司は、現場で働き続けたいと断った。美穂には、事後報告だけがあった。

 そういえば、あの時も大げんかしたっけ。一緒にご飯を食べて同じ布団で寝たけど、三日ほど一言も話さなかった。美穂は出世に興味はなかったし、いまの暖司の給料で十分収入はあったから、不満はなかった。

 ただ、一言も相談がなかったのが悔しかった。

 仲直りのきっかけは覚えていなし、喧嘩の原因は、いつも同じなんだな、と可笑しくなる。つい、笑いそうになって、美穂は咳払いをした。

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