変わらないこと(3)

 スーパーから帰宅すると、家に着信が入っていた。番号を確認すると、学校からだった。

 何事か、と思いながら折り返す。

 事務の女性に、クラス番号と名前、担任の北川先生を呼び出してもらうよう依頼する。ちょうど空き時間だったようで、北川先生にすぐにつながった。

「神田さん。折り返しありがとうございます」

 北川先生の野太い声が電話越しに聞こえてくる。熊のように体もでかく、まだ二十八歳くらいだったがすでに貫禄がある。しかし、話し方は全く気力を感じられずぶっきらぼうで、美穂は苦手としていた。

「いえ。七海に何かあったのでしょうか?」

「んー、いえ、そういうわけではないのですが、宿泊学習の出欠の件で、七海さんが欠席で出していたので聞いたら、親に行っちゃダメと言われたそうで、その理由をお聞かせいただけたらな、と思いまして」

「え?」美穂は、記憶を回想する。確かに、『出席』に丸をして七海に渡した。それに、行っちゃダメなんて、一言も言っていない。「本当に欠席になっていたのでしょうか?七海は、私に行ってはダメだと言われたと言ったんですか?」

「あ、はい。欠席は七海さんだけでしたので間違いありません。それに、確かにそう僕は聞きました。・・何かお心当たりでも?」

「いえ。娘にも、もう一度確認したいので、またご連絡します」

「・・・わかりました。よろしくお願いします」

 先生の声がさらにぶっきらぼうになったように聞こえた。問題事はさっさと終わらせたいと考えているのだろう。

 電話が切れた後も、美穂はしばらく電話のそばを動けなかった。あの日の夜の記憶を何度も思い出そうとした。確かに出席に丸をつけたとは思うが、欠席につけていたと言われたら、十日も前の話だ、自信はない。

 考えても仕方ない、と夕飯の支度に取りかかることにした。きょうは、メインがステーキだから、マカロニサラダとカボチャスープを作ろう。暖司にもメールを送らなきゃいけない。

『きょうはステーキです。何時に帰ってくる?』

 用件だけ。謝らないし、いままでの冷戦には一切触れない。

 スマホをテーブルに置くと、すぐにメッセージを受信する音が鳴った。

『八時には帰ります』

 今後のことをしっかりと話し合おう。

 美穂は、お湯を沸騰させて、マカロニを湯がき始めた。


 返信通り、夜八時に帰宅した暖司は、「ただいま」とキッチンに立つ美穂に言った。

 美穂は、「おかえり」と返して、暖司の夕飯の準備を始めた。

 十日ぶりの暖司。十日ぶりの夫婦の会話。暖司の顔を見て、安心した気持ちになった。

 テーブルにサラダとスープとステーキを並べる。

「おいしそうだなあ」と暖司がいう。いままでそんなこと言ったことないくせに。「いただきます」すら言わずに黙って食べ始めていたくせに。

 でも、いまは、そんなことに突っ込む気力もなかった。

 暖司はフォークとナイフでステーキを切って口に運ぶ。「うまい。うまい」と言いながら。サラダとスープにも手をつけて、「やっぱり、美穂の料理うまいなあ」なんて機嫌をとりながら。

 暖司は、この間の話をいつ切り出されるか待っているようだった。だから、美穂の様子を伺っている。

 美穂は、暖司の前に座った。

「あのさ」

 ようやくきたか、と暖司が手に持っていたスープカップをテーブルに置く。

 美穂は、暖司の目を見て言った。

「七海のことなんだけど」

「うん。え?」

 暖司が間抜けな声を出す。

「七海?もう、七海に転勤のことを話したのか?」

「いいえ、違うの。転勤の話は、とりあえず置いておきたいの」

「だったら、なんの話だい?」

 歯切れが悪い美穂の言葉に、事態がつかめず暖司はイラつきを覚え始めているのが口調が強くなってきたことでわかった。

「ごめんなさい。私もどう説明したらいいのかわからないのよ。でも、あなたにちゃんと話さなきゃって思って」

 いまにも泣き出しそうな気持ちを必死に抑えていた。

「どうしたんだい?」

 暖司の口調が柔らかくなった。美穂は、全身の力を使って、息だけの声で言った。

「七海が、いじめられているの」

「え?」

 美穂は、とうとう抑えられずに涙を流した。七海との会話を暖司に話した。

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