不器用父ちゃん(7)
土曜日。マンションの契約も無事に終わって、駅へと向かった。
十二月も下旬に突入した。もうすっかり外は寒く、コートの他にマフラーや手袋も手放せない。午前中は雨が降っていたから、余計に気温が下がった気がする。空はまだまだ薄暗い雲が多く、日当たりが良くない。アスファルトは、乾ききれず、ところどころ濡れている。
河川敷には、こんな天気でも人が数人いた。何をするわけでもなく、寝転んだり、写真を撮ったりして過ごしている。
竜也は、すっかりこの土地が気に入り、「いつからすむの?」としきりに訊いてきた。
「パパ、ぼく、かけっこはやくなったよ。みててね」
そう言って、竜也が勢いよくスタートを切る。
パタパタとアスファルトをかける。危なっかしい後ろ姿は、転んでしまうんじゃないかという心配と、成長したなあという嬉しさを感じさせた。
遠く、遠く、竜也は全力で走る。空に吸い込まれていくように後ろ姿がどんどん小さくなる。
子供の成長って早いから。
いつか幸恵に言われた言葉を思い出す。
「パパ、はやくー」
振り返って竜也が大きく手を振る。
「いま、いくから」
健太郎は、小走りで竜也の元へ向かう。
学生の時と体力は比較にならないが、フォームは体が覚えていた。風を切るのが気持ちいい。走ることなんて、日常生活ではほとんどなくて、だから、久しぶりの感覚だった。
冬を告げる風が吹く。
追い風じゃなくて、向かい風。
上等だ、と走るスピードを速める。体に当たる風が強くなる。
風と一緒に、この街の空気も吸い込む。冷たい空気が体に入ってくる。
竜也と二人暮らしが始まる。でも、全然不安はない。
また強い風が吹いた。雲の流れが早い。
サーっと草が揺れる音が聞こえる。
「パパ、よくできました」
竜也が、風といっしょに、健太郎の懐に飛び込んできた。
自然と笑顔になる。
「竜也、あしたまたこの間の公園に行こうか。ボールを持って行って、サッカーをしよう」
言葉と同時に漏れた吐息は暖かかった。
「うん!やったあ」
竜也は健太郎から離れると、その場でジャンプをしながらくるくる回る。喜び方は、小さい時から変わっていない。
また強い風が吹いて、雲間から光が差した。
アスファルトの水滴に反射して、一直線に続く道がキラキラと輝いた。
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