不器用父ちゃん(6)
「課長、私、とりあえずは別居婚は解消したんです」
江上から報告を受けたのは、婚活パーティーから十日後のことだった。
健太郎は、先週末、四つの分譲マンションの展覧会へと赴いた。
一つ目は、北千住のマンションよりも立地が良く、会社まで電車で十分の距離だった。ただ、周辺にはコンビニか居酒屋くらいしかお店がなく、金額は北千住よりも一・五倍ほど高かった。
二つ目は、住宅街にあるマンションで中古だった。周辺のお店は充実しており、生活には一切困らなさそうだった。ただ、会社まで三十分の電車移動で一回乗り換えが必要になるのが気がかりであった。
三つ目も中古のマンションで、周辺に生活に必要なお店は揃っていたし、電車も会社まで乗り換えなしの二十分程度だった。ただ、北千住と条件が変わらないのであれば、新築の方がいいな、と感じた。
最後四つ目は、都心に建設される新築のマンションだった。会社まで電車で五分程度と驚異の近さだが、その分金額も破格だった。興味本位で行っただけだったが、分不相応にも程があると、軽くショックを受けた。
そういうわけで、どんなに北千住のマンションがよかったのかを確認して、そこに決めたことを報告するために江上に話しかけた。
そしたら、逆に江上から報告を受けた次第であった。
「そうか、よかったな」
「はい。一緒に住んでいると気づかなかったんですけど、やっぱり家族は離れてはダメだと、別居婚をして気づきました。いまでは、夫と必ず毎日話すようにしています」
江上がメガネの奥ではにかんだように微笑んだ。普段、クールな彼女がそんな表情をするのは初めてみた。
「葉月―。ちょっと手伝ってもらえる?」
同僚に呼ばれた江上は、「それでは」と小さく会釈をして事務所に戻っていった。
家族は、やっぱり一緒に住まなくちゃな。
江上と入れ替わりに、芹沢が廊下に出てきた。
「あ、課長、こんなとこにいたんですね。確認お願いしたいことあるんですけど」
「あ、ごめん。すぐ戻るよ」
健太郎は、顔の前で手を合わせた。
仕事の引き継ぎで、芹沢には特に多くの仕事を担当させた。やる気も優秀さも考慮した上だった。
「はい。あと、イベントの件で相談したいこともありまして」
「わかった。・・芹沢、大丈夫か?仕事量多かったら言ってくれよな?」
健太郎の心配をよそに、芹沢はきょとん、とした顔で言った。
「おれ、仕事きつそうでしたか?」
「いや、芹沢は納期も守るし仕事も丁寧で何の問題もない。ただ、最近仕事量増やしすぎたかなってな」
「ああ、そういうことですね」芹沢は、屈託のない笑顔で言った。「それなら、心配ご無用です。むしろ仕事が増えて楽しいです。何なら、もっと増やしていただいても問題ないですよ。他の社員も仕事増えて愚痴る奴なんて一人もいなかったので、安心してください」
「はは、そうか。それなら、よかった」
健太郎は、安堵した。
本当に、頼もしい部下を持った。
気がかりだったことが、また一つ解消した。
北千住のマンションを購入することは、文博と幸恵に真っ先に報告した。
日曜日の夜、リビングに二人を呼んで説明をした。
「そうか、いい家が見つかってよかったな」
「引っ越すのはいつになりそうなの?」
「家の完成予定が半年後で、それからになります」健太郎は、スケジュールとマンションの見取り図をテーブルに広げた。
「あら、広いわね。これなら、新しい家族が増えても大丈夫ね」
幸恵が言ったのを聞いて文博が咳払いをする。余計なお世話だぞ、と言っているように見えた。
婚活パーティーでのことについて、どんな様子なのか幸恵が知りたがっているのは感じていた。その日帰宅したときは、そわそわしていたし、食事で顔を合わせるときに何か言いたそうに健太郎の方を見ていることが多々あった。
しかし、幸恵は「どうだったの?」と絶対に聞いてこないし、その話題に触れるのを避けていた。
おそらく、文博に止められていたのだろうと、いまの反応でわかった。
健太郎は、家のことと一緒に婚活パーティーのことについても報告する予定だった。
「新しい家族は、いつ増えるかはわかりませんが。先日の婚活パーティーでも、若い子が多くて圧倒されてしましました。でも、次はきちんと調べてまた参加しようと思います」
文博と幸恵が顔を合わせる。文博の顔は険しくて、「お前が余計なこと言うから」と責めているようだった。幸恵は反省したように小さくなっていた。
「健太郎くん、なんだか再婚を急がせてしまっているようですまない。全く焦る必要はないんだ。新しい家が決まって、竜也と二人の新しい生活が始まる。まずは、その生活に慣れることが大事だと私は考えている。竜也も来年から小学生になる。子供の方が新しい環境には敏感だと思う。だから、竜也のことを最優先に考えて欲しいんだ」
「私が催促するように仕向けちゃったのよね。ごめんなさいね。あれだけ再婚を勧めておいてあれだけど、ゆっくりでいいのよ。ただ、本当に竜也のことはしっかり見てあげて。引っ越したら、私たちには何もできないから」
「はい。ありがとうございます。・・・もし、よかったら、新しい家にも遊びに来てください。竜也も、おじいちゃんおばあちゃんといきなり離れるのは寂しいと思いますので・・」
「ありがとう。私たちも竜也にも健太郎さんにも会えなくなるのは寂しいなって思っていたのよ。お邪魔させていただくわね。もし、よかったら愛知にも遊びにいらしてね」
幸恵の言葉に今度は文博も微笑んだ。
たとえ、いつか疎遠になってしまう日が来たとしても、これも、家族の形の一つだよな。
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