不器用父ちゃん(5)

次の週末はあっという間に訪れた。

 会社では仕事を采配しながら、いままで健太郎がしていたことを課員に引き継ぎをし、幼稚園の送迎もして、マンションは購入に的を絞り探すことにした。さらに、夜ご飯を作ることを手伝い始めた。

 いままで、ろくに包丁も握ってこなかったため、初日はキャベツを切るだけでも幸恵はハラハラと心配そうに見つめていた。毎日キャベツと必要な野菜を切るだけだったが、一週間も切り続ければ、だいぶ上達したように思う。幸恵も心配そうな表情はしなくなった。

幸恵の教え方は、丁寧で初心者にもわかりやすかった。久しぶりに人に料理を教えることで、幸恵も楽しそうだった。かつての生徒にここまで出来の悪い者がいたことはないだろうが。

 婚活パーティーは、健太郎よりも幸恵の方が張り切っていた。健太郎がいつも会社で着ているスーツを履いていると、「これを着ていきなさい」とタンスから冠婚葬祭用のスーツを取り出してきた。いつの間にかクリーニングに出していたようで、スーツには光沢があった。

 正直、躊躇した。しかし、幸恵の思いを無下には扱うことができず、健太郎は仕方なく着替えた。

 憂鬱な気分のまま、健太郎は婚活パーティーへと向かった。

 会場は、新宿にあるバーだった。立食形式で豊富な種類の料理とドリンクが置いてあった。昼間だが、お酒も用意してあった。

 受付で料金と名前、それに身分証明書の提示が必要だった。本人確認が取れなかった場合、会場に入れないだけでなく、場合によっては警察にも通報される。最近、婚活パーティーなどの出会いの場で知り合って犯罪が起きるニュースが増えたから、セキュリティを強化しているのだろう。

 健太郎は受付を済ませて会場に入った。二時間のフリータイムで、ここからは自由な時間だった。会場では、すでに会話を始めている男女がちらほら見えた。

 参加人数は、定員男女各十人ずつだった。見た限り、すでに全員揃っているようだ。

 いまさら会話に入る気にもなれず、健太郎はとりあえずドリンクコーナーに向かった。

 ビールや焼酎、ハイボールにカクテル。ついお酒に目がいってしまうが、きょうはソフトドリンクにすると決めていた。帰宅したら、剣で遊ぶと竜也と約束していた。

 ウーロン茶を片手に端っこへ移動した。男性は、健太郎と同年代か年上のようだが、女性は明らかにまだ二十代に見える。

 初めての婚活パーティーだったから、自由な形式のイベントにした。でも、失敗したかな、と感じていた。

 女性の年齢が若すぎるし、本気で結婚相手を探しているようには思えなかったからだ。

 まあ、何事も失敗から学ぶのが大事だ、と自分に言い聞かせて、健太郎は料理コーナーへと移動しようとした。

 その時、自分と同じように端っこでつまらなさそうに料理を食べている女性が目に入った。

 会場の女性が、パステルカラーのスカートやワンピースを身にまとっているのに対して、その女性はグレーのカーディガンに黒のパンツスタイルだった。年齢も健太郎と同じくらいに見える。

 健太郎は、意を決して話しかけた。

「その料理、美味しいですか?」

 女性は、驚いたような表情を向けた。化粧気は無かったが、きれいな顔立ちをしていた。慌てたように皿に目を移して、「エビがプリプリで美味しいですよ」と応えてくれた。

「僕も食べてみます」

 健太郎は、女性が手にしていた料理と、シーフードグラタンをお皿についだ。シーフードグラタンにもエビが入っていて、きっと女性が気にいるだろうと思ったからだ。

 女性の元に戻ってシーフードグラタンを差し出した。女性は困ったような様子もなくお礼を言ってくれたが、お世辞のようにも思えた。女性はキャリアウーマンのようなオーラがあり、こういう状況の対応にもなれていると感じた。

「突然、すみません。僕、篠原健太郎と申します」

 女性は、健太郎の胸元を見て、「私、井上佐知子と申します。よろしくお願いします」と頭を下げた。

「こちらこそ、お願いします。・・ご迷惑じゃありませんでしたか?」

 健太郎は、恐る恐る訊いた。井上さんは強く首を振って否定をした。本心で言っているように見えて、健太郎は安心した。

「それより、他の子とお話しされた方がいいんじゃないですか?若い子もたくさんいますし」

 井上さんは、声のトーンを落として言った。なんで自分に話しかけるのかわからないと言われているようだった。健太郎は、井上さんは自分に自信がないのかな、と感じた。

「どうも、若い子と話すのは苦手でして。結婚をしたいかもよくわからないんです」

 後半は、思わず口をついて出た。場所に合わない発言だった。慌てて訂正しようとしたが、それよりも早く井上さんが反応した。

「と言いますのも?親に圧力をかけられましたか?」

 勢いのある質問だった。井上さんは健太郎の発言に嫌な顔をするどころか、共感に満ちた表情だった。

 案の定、井上さんも、乗り気じゃなく参加していた。気づいたら、健太郎は沙織が死んだことや、息子がいる話をしてしまっていた。おまけに、いま思っていることまで赤裸々に話をしてしまった。

 井上さんは、黙って話を聞いてくれていた。プライベートで女性と話すのは苦手だが、仕事のときは全く問題がなく話せる。井上さんには、まるで仕事の話をしているときのように落ち着いて話をすることができた。

 だから、話し終えたあと、急に恥ずかしくなった。

 でも、井上さんはそんなこと気にした様子もなく、自分も親に言われて参加したことを打ち明けた。最後に、「こんな若い子ばかりとは思わなくて。完全に浮いているなと感じてます」と自虐的に笑っていた。

「そんなことありませんよ」

 健太郎は、必死に否定をした。確かに、年齢だけ見たら井上さんは周りよりは年上だろう。しかし、話しやすくて聞き上手なところは、きっと他の参加者に負けない。女性の良さは、結婚の決め手は、顔とか年齢だけじゃない。

 井上さんは、健太郎の言葉に戸惑ったように耳にかけていた髪の毛を頬に流した。

「すみません、気を使わせてしまって」

「すみません、違います。これは、僕の本心です」

 健太郎は、井上さんについて感じたこと、結婚なんんて焦る必要もないし、井上さんのように素敵な方を、絶対にいい人が放っておくわけがないこと、そして、井上さんが沙織に似ていて、自分もそういう沙織に惚れたことを一気に話した。

 やっぱり、井上さんは静かに顔を動かしながら、黙って聞いてくれていて、健太郎は気持ちを素直に吐露できた。

 自分で言って初めて、井上さんの雰囲気が沙織に少し似ていたから、最初に気になったのだな、と思い知った。

 井上さんは、「奥さんのことを愛されていたんですね」と寂しそうな表情で言った。

「いまでも愛しています。でも、息子のために新しいお母さんを見つけなくちゃいけないという気持ちもあります」

 そうなんだよなあ。またも自分で言って自分で納得。井上さんは、本音を引き出すのもうまいらしい。

 健太郎は、エビを口に入れて咀嚼した。身が口の中で弾けて、汁が広がった。

 きちんと新しい奥さんを探す気持ちはあるようだと、再確認して、エビを飲み込んだ。

「私が言うのも変ですが、ゆっくりでいいんじゃないでしょうか。篠原さんはとても素敵な男性なので、きっと、素敵な女性が現れますよ」

「ありがとうございます」

 健太郎は、自然と笑みがこぼれた。井上さんに言われると、的中率の高い占い師に予言されたような、妙な確信感がある。

 この人と一緒に仕事をしてみたいなあ、と思った。会社をいきなり聞くのは無理にしても、せめて連絡先の交換だけでもしたかった。

 連絡先を聞こうとしたとき、ちょうど終了の合図があって、「では、また」と井上さんは去ってしまった。

 追いかけようとしたが、井上さんは神妙な面持ちで何か考え事をしているようで、声をかけられなかった。

 健太郎は、帰りの電車で、早速次に参加する出会いのイベントを検索した。次はきちんと吟味をしてから臨もうと誓った。

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