幸せの回り道(4)
婚活パーティーの帰り道に、レモンイエローのワンピースを着た女性に声をかけられた。
「あの、先ほどパーティーで篠原さんと話してましたよね?篠原さんの連絡先を教えてくれませんか?」
そう訊かれて、佐知子は篠原さんの名前しか聞いていなかったことに気づいた。今更ながら、連絡先くらい聞いておけばよかったと後悔。
女性は、まだ二十代前半に見えた。胸まである髪の毛を巻いていて、目も大きく、会社では男性社員からチヤホヤされそうな雰囲気を持っていた。
「ごめんなさい。彼のことは名前しか聞いていないの」
女性は残念そうな顔で「わかりました。突然すみません」と後方で待っていた友達の元へ帰っていった。
レモンイエローのワンピースで、一年前に参加した婚活パーティーを思い出した。優香と麻友にも突然話しかけられた。
佐知子がたまたま話していた男性を優香が狙っていて、佐知子がどう思っているのかを確認したかったらしい。婚活パーティーでは相手の男性とマッチングと言って相思相愛にならないと連絡先を交換できない仕組みになっていた。
佐知子としては、なんとも感じない相手だった。だから、素直にそう伝えた。
優香は安堵の表情を浮かべ、突然牽制したことに後ろめたさを感じたのか、「このあとお茶でもしませんか?」と誘ってくれた。
二人は自分よりも何個も年下だと思っていた。
優香はレモンイエローのワンピースに紺のカーディガン羽織っていて、麻友は白いブラウスに水色のロングスカートを履いていた。一方、佐知子は、グレーのカーディガンに黒いパンツだった。
一瞬ためらった。が、行くことにした。何かの縁だと感じた。
婚活パーティー終了後、近くのカフェに移動した。一人だったら絶対に行かないようなおしゃれなカフェだった。壁には本が並べられ、テーブルは木で統一され、ソファ席だった。いたるところに観葉植物が置いてある。
話が合わないんじゃないだろうか。そんな心配をよそに、二人は、きょうの収穫について報告しだした。優香は、結局狙っていた相手とマッチングはできなかった。
あの男の人はないよね、とか、あの人は対応がスマートだった、とか。佐知子は名前を聞いてもどの人か全く顔が浮かばなかった。
そのうち、自分たちの話になって、二人が意外にも二個下だと知った。まだ二十代だと思っていたから驚きだった。
同世代とわかって、佐知子の心のガードが緩んだ。思えば、同世代の女性と仕事以外で話をするのも久しぶりだった。
学生時代の友人は、家族を持ってから会う機会が減ったし、会社は男性社員が圧倒的に多く、同世代の女性は関わりがない部署にしかいなかった。もっとも、会社の人とプライベートな食事をしたことは一度もなかった。裕二を除いて。
優香と麻友は大学時代の友人だった。佐知子とも話があって、麻友の会社が佐知子の会社のすぐ近くだとわかって、平日に飲む約束をした。今度は、きちんと連絡先も交換した。
そこから、いつもの居酒屋に通うようになって、いまでも交流を深めていた。
酔った勢いで裕二との話もした。否定的な言葉が来るかと思ったが、二人の受け入れは優しかった。
優香も二十代のとき、不倫を経験していた。相手は二十も年上だった。
「若い女性は誰もが通る道だよね。既婚者とか相手がいる男性は余裕があって、どうしても良く見えちゃうのよね。特に、会社に入って出会いがなくなると余計に」
全員で頷いた。好きな人とうまくいかない過去をいくつも抱えているようだった。麻友は、婚約していた彼氏に浮気をされたことまであった。
それでも、新しい出会いを見つけようとしている二人はすごいと思っていた。
自分には、裕二がいるし関係ない、とさえそのときは思っていた。
でも、篠原さんに会ったことで、佐知子の心境は大きく変化した。
佐知子は、別れを言って傷つくことを恐れて、自分に振り向いてくれないのが納得できなくて、裕二にすがりついているだけだった。薄々気がついていたけど、目を背けていた事実。もう、逃げるのはやめようと決めた。
婚活パーティーの一週間後に裕二と会った。
いつもと変わらない調子で話をする裕二。変わったのは聞いている佐知子の心だった。
先週は会えなくて、二週間ぶりの裕二だった。いままでなら、会えて幸せを感じていた。
でも、その日は違った。心は一切揺らがなかった。
むしろ、裕二の皺ひとつないシャツも、結婚して出てきたお腹も、裕二にまつわる全部が、見るのが嫌になった。奥さんにアイロンがけしてもらっているくせに、こうして佐知子と会っている。奥さんを大事にしないひどい奴だと憤りも感じた。
気持ちが完全に冷めた瞬間だったと思う。
なんで、こんな人にすがりついていたんだろう。こんにもつまらない人に。
「ごめん、私、きょうは帰るね。もう、会うのはやめにしましょう。いままでありがとう。さようなら」
佐知子は席を立って、迷わず出口に向かった。
突然の別れに呆然と口を開けたままの裕二を残して。
家を買おう、とふと思ったのは、店の扉を出たときだった。
「じゃあ、マスターまた来るね」
お勘定を終えて、マスターに笑いかける。
夜九時。店を出ると、人通りは少なくなっていた。
コツコツコツ、と歩くたびにヒールがアスファルトを打つ。
ペタンコの靴を卒業して、五センチのヒールから始めることにした。五年前は普通に履いていたんだけどなあ、と苦笑い。
半年経って、だいぶ慣れた。足首の痛みも、失恋の痛みも、解決してくれるのは時間だと知った。
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