小春日和に(6)

 土曜日。康太とモデルルームリベンジをした。

 担当は、瀬戸内さんだった。さすがに香奈のことを覚えているようで、にこやかに笑いかけられた。

 香奈は、気まずい気持ちで小さく会釈をした。ぎこちない態度になった。不思議そうに康太が見てきたけど、無視した。瀬戸内さんも、あの日のことには触れないでいてくれた。

 まずは、座ってマンションの建設予定地周辺施設の説明や、物件規模や設計図書の説明、間取りなどを一通り聞いた。マンションは、モデルルームの場所から少し離れた場所に建設予定らしい。

 康太が積極的に質問を投げかけていて、前向きに考えているのだと改めてうれしくなった。

 その後、モデルルームを見学した。

 一回、フライングしたけど。玄関の広さとか物置の収納力とか隣で驚く康太に合わせて驚いた。

 廊下を渡ってリビングへと入った。

 キッチンを見て、康太が弾む声で言った。

「香奈が料理してる姿が目に浮かぶな。そんで、おれは、ここに座って、待ってんの」

 わたしも、同じことを想像したんだよ。

 言いたいけど、言えない。

 代わりに、香奈は、ふふ、と笑った。幸せと一緒にこみ上げた笑いだった。

「腕によりをかけて作っちゃうよ」

「毎日食べられるなんて、いまからすでに楽しみだなあ」

「素敵なご夫婦ですね」

 瀬戸内さんの言葉で我に帰る。すっかり、二人の世界に入ってしまっていた。

 康太と顔を合わせて照れ笑いをした。

「ありがとうございます」と言った言葉が、重なった。


 モデルルームの見学を終えると、希望の間取り等での価格をシミュレーションしてもらう。

 上階かどうか、部屋数はいくつか、オプションはなにをつけるか、様々なパターンの見積もりをしてもらった。

 予算との兼ね合いもあるため、それらの案を一度持ち帰って考えることにした。

「一生に何度もない買い物ですので、十分に考えられてください」

 瀬戸内さんに見送られて、見学会会場を後にした。


 帰り道、どちらからともなく、手を繋いだ。右手に康太の体温が伝わる。いつぶりかわからないほど、久しぶりだった。

「マンションもだけど、この河川敷も、すげえいい場所だな」

「そうなの。この立地が良くて、このマンションに惹かれたの。スーパーとか駅も近いし、住みやすそうだなって」

「探してくれて、ありがとうな。マンション、なにも手伝えず悪かったなって」

「ううん。わたしの方こそ、ごめんね」

 強い風が吹いた。歩道に並んだ木々が大きく揺れる。

「香奈は悪くないよ。・・でも、連絡しても出ねえから、香奈の家に行ったんだよ。そしたら、おしゃれして出かけてるのが見えたから、おれがいなくても楽しんでんだな、ってちょっと拗ねたけど」

「え?いつ?」

「先週の土曜日だよ。すぐにでも行きたかったんだけど、トラブルの後始末とか、いろいろ忙しくて・・いや、これも言い訳だな」

 康太が頬を引きつらせて、苦い顔をする。

 同窓会の日だ。みんなと久しぶりに会うからって、気合を入れておしゃれをした。

 香奈は、康太の手を強く握る。ごめんねって想いをたくさん込めて。

 康太も握り返してくれた。きっと、伝わったわけじゃないけど。それでもいい。

「康太、仕事のことを言い訳にしてもいいよ。でも、ちゃんとその時に伝えて。許すか許さないかは、その理由次第で決めるから。もし、許さなくても、埋め合わせしてくれたら、それでいいから」

「わかった。・・おれも香奈に一ついい?おれ、鈍いからさ、香奈がなんで怒ってるかわからないことがある。だから、なんで怒ってるか言ってほしいな」

 最後は弱々しく、消え入りそうな声だった。香奈の顔色をうかがってるような感じ。

 そういうところだぞ、と繋いだ手を康太の左足にぶつける。

 でも、そういうところも好き。

「うん。わたしもちゃんと伝えるね。ほんとは、怒ってる時たくさんあるけど、ちゃんと受け止めてよね」

 わざと意地悪な言い方をした。案の定、康太は、「お、おう。いつでもぶつけてください」と、ビビりながらも、逃げなかった。

 駅が近づくと、人が増えてきた。いままで、きちんと見たことがなかったけど、小さいけど駅ビルもあった。アパレルのお店より薬局とか眼科とか生活に必要な施設が入っていた。瀬戸内さんの説明通りだ。香奈は、この街を気に入っていた。

 駅ビルは、イルミネーションの電飾で飾られていた。暗くなると、きっときれいに光るのだろう。ビルの一階と同じくらいの高さのクリスマスツリーも飾られていた。

「家に帰ったら、どのプランにするか決めなきゃな」

 康太が、ふと言う。前向きな発言。康太もこの街が気に入ったんだと、さらにうれしくなった。

 電車の通る音が聞こえる。

ガタンゴトンガタンゴトン・・

 規則正しいそのリズムが、これからの生活に胸はずむ気持ちを加速させる。

 空気を大きく吸い込んだ。冷たい風が鼻をくすぐる。もう、すっかり冬の匂いだった。

 クリスマスツリーのてっぺんにいるサンタクロースと目が合った。

 にっこり笑っていて、歓迎されている気持ちになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る