小春日和に(3)
康太の連絡を無視して一週間。火曜日以降、康太からの連絡はまったくなくなっていた。
プチ同窓会の会場は、有名なホテルだった。マスコミ関係で働く弘高は顔が広い。そのツテを使って、安くで利用できるように手配したらしい。
結婚式の式場で迷ったところ、だった。お料理もおいしくて、ホテルの人も親切で、サービスも気が利いていて、最終候補まで残っていた。
結局、チャペルの中から海が見えるのが理由で、別のところを選んだ。
「香奈、久しぶり」
受付をしていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、明里がいた。
「明里〜。久しぶり。元気していた?」
「元気だよー。香奈も元気そうでよかった。向こうに、由梨と葉月もいるから、行こう」
会場に入ると、すでに二十人ほど人がいた。同じ学年じゃなかった人の顔もあった。どうやら弘高は、先輩、後輩問わず、来れる人は誰でも呼んだらしい。大学時代から、顔が広くて、みんなでワイワイするのが好きなのは健在のようだ。
料理はビュッフェ形式で、ドリンクはバーカウンターが設置されていた。立食だから、気楽にいろんな人と話せるのが嬉しい。
由梨と葉月は会場の真ん中にいた。
詳しく言うと、由梨が真ん中で男性数名に囲まれていた。
葉月が、香奈たちに気づくと、輪を抜けてやって来た。
「もう、由梨がずっと囲まれてるのよ。どこに移動しても、誰かしらが来るもんだから、結局真ん中で収まっちゃったの」
葉月が苦笑いしながら言った。
「私がトイレに行ってる間に、また人が増えたよね?」
明里も苦笑いしながら、その様子を眺めていた。
「なんで、こんなに群がっているの?」
「最初は、かつてのミスコンが相変わらずの美貌で現れたから、狙おうとしてる男が集まって来たの。由梨は結婚して子供もいるって行って退散させようとしたの。そしたら、逆にどんな旦那だ、とかそっちに食いつかれて、いまは、あの旦那ならおれの方がいいよ、みたいな無駄に高スペックなプライド高男が群がってる、ってわけ」
わたしも、苦笑いになった。美人も大変だな。
料理を取りに行こう、となり、ビュッフェの場所に移動した。
イタリアン、中華、和食、デザート・・なんでも揃っていた。どれを食べようか、迷う。
盛り付けは得意じゃない。ちらっと横を見ると、葉月は野菜からメインまでバランスよくきれいに盛り付けていた。明里は、明らかに食べたいものだけを、ドン、ドン、ドンと盛り付けていた。
つくづく、性格でるよなあ、と思う。
そんな香奈のお皿は、少しずつほぼ全種類のっていた。
「そういえば、香奈、家買うんだって?」
明里が、ラザニアを幸せそうに頬張りながら言った。口の中に物を入れて話す癖はなおっていないようだ。
「あ、私もその話聞きたいって思ってたの」
「うん。そうなんだけど・・・」
香奈は、フォークでサーモンのカルパッチョを刺しながら、康太とモデルルーム行く予定がドタキャンされて、さらにそれから連絡を取っていないことを話した。
「なんで、連絡しないの?許してあげなよ、それくらい」
呆れたように葉月が言った。由梨と同じ顔だった。
口に入れたカルパッチョのソースが酸っぱくて、口がすぼむ。
「いや、康太くんはこんな電子端末じゃなくて、会って謝りに来るべきよ。一緒に住む家を選ぶんだよ?それを雑に扱うなんてひどいよ」
明里は口を尖らせて反論してくれた。明里は唯一独身で、香奈もまだそっちの考えだな、なんて思った。
「どんな家を購入予定なの?」
香奈は、スマホに写真を表示する。
「いいじゃん、この門がかわいいね」と明里。
「それに、場所もいいね。朝の電車も通勤も楽そう」と葉月。結婚してからも仕事を辞めずに広告代理店で働く彼女は、康太と目のつけ所が似ている。
「葉月は、家を買う予定はないの?」
「買わないよ。ていうか、私、引っ越したの。いまは、日比谷に住んでるわ」
「え?家賃、高くない?」
康太ともっと会いたくて、興味本位でその辺りのアパートを調べたことがある。香奈が住んでいた家の二倍以上の家賃だった。家賃だけで給料がなくなってしまう、と驚いた記憶がある。
単身用でその価格だから、夫婦で住む家となると、どのくらいの家賃になるか想像に難くない。
「いま、二部屋以上あるマンション、想像したでしょ?違うの。旦那と話し合って、私たち別居してるの。週末婚、ってやつ?」
「え?」
明里と声が重なった。葉月は、なんでもないように話を続ける。
「実はね、私たちも家を購入する予定だったのよ。でも、お互いに忙しくて、一緒に住んでても会話なんてなかった。どんどん冷めていくのがわかって、このままじゃダメだ、って初心に帰ることにしたの」
「でも、子供ができたらどうするの?」
「いまはまだ子供欲しくないし、これは期間限定だから」
そういって、葉月は微笑みながらワインを口に含む。
大学生のときから、自分の考えをしっかり持っていて、大人びた雰囲気を持っていたけど、それがますます増した。
別居婚、なんて考えたこともなかった。
いまの香奈には、その考えがステキなものに映った。
三十分ほど談笑していた。
突然、鳴っていた音楽が止まって、マイクを確認する音がした。
一斉に、前方に視線が集まる。
「みなさま、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
紺色のスーツを身にまとった男性が、よく通る声を発する。
遠くて顔はよく見えなかったが、すぐにわかった。
弘高だ。
「ちょっと、みんな私を助けてよ」
ようやく逃げてきた由梨が合流した。
突然始まった司会の騒ぎに便乗して抜け出せたらしい。
この間会ったときより化粧が濃くて、髪もしっかり巻いていた。意外と満更でもなかったのかもな、と思った。
「いや、あの輪は無理でしょ」と葉月。
「無事に抜け出せてよかったね」と、明里の声はくぐもっている。パスタが口の中に入っているようだ。
「僭越ながら、みなさまにおかれましては、ホテルもステキで、料理もおいしく、こうしてかつての仲間と昔話で花を咲かせる場所を設けた私に、感謝しているかと思います」
会場がドッと沸く。自分で言うなよ、と突っ込む声があちこちから飛ぶ。
お調子者のところは、相変わらずだ。
「時間は限られていますが、ぜひ今日という日がみなさまにとって良い一日となりますことを願って、挨拶とさせていただきます」
弘高は一礼すると、マイクから離れた。
また会場中が、料理や談笑に戻る。
「弘高、変わんないね」
明里の口の中がパエリアに変わった。ムール貝を口に入れようとした手を止めて、バツが悪そうに香奈に目を向ける。
「あ、ごめん、なんでもない」
「いやいや、気にしなくていいから」
「そうよね、香奈が弘高と別れて、もう四年も経つものね」
由梨はチョコレートケーキを頬張っていた。もう、デザートに突入している。
香奈もチョコレートケーキを一つ受け皿に入れた。苦々しい記憶が蘇る。
弘高との結婚を本気で考えたこともあった。
思い出しただけで、いまでは虫唾が走る。
閉会するまで、四人でずっと近況報告から大学時代の話をしていた。たまに、会場にいる他の子達も混じりながら。学生時代に戻ったような感覚だった。
由梨は、来月から職場復帰をすることで、一年以上離れていたから、不安だと嘆いていた。
葉月は、仕事も家庭も順調そうだった。別居婚の話をもう一度由梨にして、由梨は同じように驚いていた。
明里は、勤めていた大手電機メーカを辞めて、中堅の文房具メーカーへ転職していた。待遇も会社規模も前職の方が断然良いはずなのに、本人は満足そうだった。
旦那や彼氏の愚痴は一番の盛り上がりを見せた。明里もいま彼氏と同棲している。
靴下や洋服をいたるところに脱ぎっぱなしにすること、食器をテーブルに置いたままにすること、何度言ってもなおしてくれないこと。たまに部屋の掃除をしてくれるけど、道具を片付ける場所や後始末がされていなくて嬉しいけど不満なこと。
同居を解消した葉月は、そのストレスがなくなった、と清々しそうだった。
横で聞きながら、康太はその心配はなさそうだな、と思った。康太の部屋はいつ行ってもきれいだった。
逆に、香奈の部屋の方が汚い。昔から、掃除は苦手だった。たまに床掃除をするだけで良いと思っている。
どんなに愚痴を言おうと、なんだかんだ、みんな幸せそうだった。
「また、近いうちに会おうね」と最後は別れた。
近いうち、が一ヶ月後なのか、一年後なのか、それ以上なのかわからない。
またそれぞれの日常に戻っていくだけだ。
と、思っていた。仕事を探して、康太とそろそろ会って話さなきゃと思う日々に。
『弘高が、香奈の連絡先教えてってしつこいんだけど、教えてもいい?』
由梨からメッセージが届いたのは、同窓会の翌日のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます