ユウタのクリスマス - Boys Don't Cry -

音澤 煙管

ソリに乗ってやって来たお父さん…





深く澄んだ青空に鉛色の雲が居座る、それを横目に軍用機のエンジン音が辺りに響く…


米軍基地も近い場所にある都内の某小学校。

冬休みまで残り僅かとなった、

とある教室で休み時間の子供たちが何やら話をして居る。



「なぁ!

今年はサンタさんに何をお願いしたぁ?」


「オレは新しいゲーム機だッ!」


「僕はねぇー…

限定モデルのサッカーシューズが欲しいって頼んだぁー」


「ボクは…んー…別に。」


冬休みを前に子供たちにとって1年最後のイベントのクリスマス。皆、サンタクロースからのプレゼントのお願いで盛り上がるが、一人だけお願いも期待もしていない子どもの姿があった…


二年二組、楠 ユウタ。


ユウタの家は、3人家族だった。

今は2人の母子家庭になってしまった…

1ヶ月前に出張帰りの飛行機事故で父親が亡くなったからだった。

今どきの小学生ともなれば、クリスマスと言う子供騙しのイベントで、サンタクロースは両親が化け演出してるという事は承知している。だから、ユウタは今年からクリスマスにサンタクロースはもうやって来ないと思っていた。お母さんも、父親が亡くなってからまだ日が浅いのにこれまでの主婦生活から一転しパートへ出て、ユウタとの生活のやりくりをしなくてはならないから、ユウタもその姿を見て何も言えずに今がある。


"気を付けー、礼…さようなら、

"さようーならッ!"


「じゃぁ、また来年なぁ!」

「あぁーまたねぇーバイバーイ!」


二学期の授業も全て終わり、終業式を済ませて学期内で作った物や書いた物、それらに使った道具などランドセルは前へ逆さまに担ぎ、普段より大きく膨らんだ手提げバッグを背負って沢山の大荷物を抱えて帰宅したユウタ…


一学期に、図工の授業で父の日に合わせて

"お父さんへの気持ちを創作して下さい"と先生に言われ、ユウタは版画を制作した。

やがて、クラスで金賞に選ばれ校内でも優秀賞を貰い、担任や校長先生の勧めで都内の創作コンクールへ出展した結果、全国コンクールへも進んだ。最後には特別賞を貰って暫く、職員室前の廊下に飾られていた物も持ち帰っていた。


帰宅したユウタは、玄関へ荷物を置くと直ぐに遊びに出た。この瞬間は、気持ちも時間も余裕と言う至福な空間で誰もが嬉しい空気を感じる取る子供たち…それはユウタも同じ。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて陽が暮れ、お母さんがパートから帰宅する前に帰って、玄関に忘れていた置き去りの荷物を慌てて部屋へ片付けた。

お父さんの版画は、少しだけ自慢気に遺影の前にそっと置いた…遺影を見上げ目を瞑り手を合わせるユウタ…


時は経ち、夜8時頃…

「ただいまぁー、やれやれ…」


「アッ母さん、おかえり〜」


クタクタになりながらお母さんがパートから帰って来た。お母さんの毎日の姿を見て大変そうだなぁ…とユウタは思ったが、考える時間を少しでも無くしたい、お父さんが亡くなった悲しむ時間を減らしたい気持ちはユウタにも分かっている。


「ユウタ、これ…

お風呂入ってからまた後で飾りつけしようね?」


「あぁー、うんッ!」


お母さんはユウタに小さいクリスマスツリーのキットを買ってきてくれた。喜んで楽しみにしてお風呂へ向かった…

お風呂から上がって、楽しみにしていたユウタ。お母さんがもう半分組み立ててしまっていた。


「あーッ!全部やりたかったのにぃー」


「あ、ごめんごめん。何か楽しそうだったから…後は飾り付けと電装をお願いしますユウタくん。」


この夜、親子で完成させた小さなクリスマスツリーをお父さんの遺影の隣に飾り付けた。

ユウタが制作した父の日のための版画も買い置きして余っていた額に入れ、お母さんがツリーと一緒に飾ってくれた。


その数日後…


世の中では待ちに待ったクリスマスを迎えた…

今年のクリスマスは、ユウタにとって普通の日と変わらない。

いやそれより、お父さんが居ないクリスマスになってしまった、これからは家族2人のクリスマスを過ごす。

ユウタは、いつもの休日みたいに午前中に友達と会って遊び、その後帰宅をした。


「ピンポーン…」


帰宅して暫くすると、誰かが呼び鈴を鳴らしたので玄関へ向かう。


「楠さーん、郵便でーす!」


郵便配達の人だった。

お母さんがパートへ出てから、留守番にも慣れて印鑑を用意して荷物を受け取るユウタ。

ちょっと大きめの重い荷物だった、送り主も宛名書きも全て英語で書かれている。

お母さんが帰ってからでないとユウタにはわからないので、玄関の下駄箱の上にそのまま置きっ放しにする。


その日の夜…


お母さんがパートから帰って来た。ユウタは昼間に届いた郵便物を早速お母さんに伝えると…


「あら、コレ?何かしらねぇどれどれ…

あっ!?

宛名はお父さんになってるね、これ。」


お母さんとユウタも驚いた。

でもお父さん宛だからお父さんから送られた荷物ではないらしい。お父さんの遺影に向かい"お父さん、代わりに開けますよ?"

と手を合わせてお母さんが開封するとこにした。荷物の封をカッターナイフで切り

梱包材を掻き分けて、出て来た中身はお父さんが日々コレクションしていたレコードやカセットテープ、CD等だった。


お父さんが生前、海外の中古レコードネットショップで買った物らしい、その中に1つだけ派手な色で緑と赤の包装紙に包まれたクリスマスプレゼント用のレコードを見つけた。


包装紙の上のラベルには…

" to YU-TA..☆Merry Christmas!"

…と印字されていた。


お父さんからの最後のプレゼントになってしまったと思うと、お母さんは…


「お父さんからのプレゼントだね…

はい、ユウタの。」


眼を潤ませたお母さんが、驚いた表情のユウタへ包装された荷物を渡す。

口を半開きにして無言で包装紙を丁寧に開封するユウタ…

中から出て来たのは、レコードのシングル盤だった。今では手に入りにくくプレミアも付いている、しかも初回プレスのレコードだった。お父さんの趣味はレコード鑑賞とコレクションだった、それもただ集めていただけでは無かった。とても貴重な物ばかりで入手困難な物ばかりだ。その中で特に好きだった、もう40年前くらいになるUKニューウェーブミュージック…


『 THE CURE / Boys Don't Cry 』


そのシングル盤レコードだった…


「お、お母さん?これ聴いて良い?」


ユウタは沈黙していた半開きだった口から一言お母さんに言うと、お父さんの書斎へ向かい遺品となってしまったレコードプレーヤーの電源を入れ、そのレコードをターンテーブルへ乗せそっと針を置いた。


この夜、お母さんとユウタは何度も何度も同じレコードを繰り返して聴いた。

そのお陰でレコードもほんのりと温かくなった…お父さんの手のぬくもりの様に。

翌日には、お父さんの遺影の隣にユウタの作った版画の隣に並べて線香をあげた…


「お父さん、ありがとう…大事にするね。」


男の子は泣いてはダメ…と言うお父さんからのレコードの歌詞とは違って、涙が暫く止まらなかった…この時、

近所の基地から離陸して行く家の真上を通過する旧型の軍用機の音が、鈴を付けたトナカイのソリに乗ったお父さんが天に帰っていく音の様に聞こえていたユウタだった。






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