25話 学園長の驚き

 私の名はシルカ・フォールト。

 この聖女養成学校の学園長を任せられている。

 今は私のことはいい。


 先日、辺境伯ご令嬢であり妹御のお付きの者として学園に来ていたリリエナスタ嬢に面会を申し込まれた。

 聞けば、早朝の時間で幼年位の授業をしたいと言う。


 彼女の言い分は尤もだった。

 彼女は柔らかく言っていったが、才能があるからと受け入れておきながら、授業についてこれないから放り出してしまうなど言語道断だと叱れている気分になった。

 その点に関して私は全く反論出来なかったのだ。


 この学校はあくまで聖女の発掘を目的にしている。

 彼女の言うように才能を重視して、単位制度を緩和するべきかも知れないし、特に優れた才能があるなら特待生としても良い。

 しかし、今までは何もして来なかった。

 貴族は中等位、高等位の修了が義務となっている為、学業を疎かにすることも出来ない。


 緊急に理事会を開催した。

 理事達が気にしたのは、辺境伯の影響力だ。

 今回の申し出が辺境伯の令嬢からであり、辺境伯の背後には3大公爵家のトロフォル家がいる。

 だから、気の済むようにやらせてみよう。

 という結論になった。

 別段、利権が侵害される内容でもない事も大きかった。

 彼女が口にした「学園の事情」この口ぶりから彼女にはこの事が判っていたのかも知れない。


 ただ一つだけ条件がついた。

 彼女に臨時教員資格を与えることだ。

 これは端に学園の格の問題だった。

 無資格の者が幼年位といえど、この学園の教壇に立って教えるなどあり得ないという事だ。


 彼女の申し出から2日後、リリエナスタ嬢への臨時試験が行われた。

 形だけのものだったが、今年の教員資格試験の問題をそのまま出した。

 そして彼女は満点合格したのだ。

 彼女はまだ16歳ということを考えると凄い才能だと言える。

 臨時ではなく、正式に採用したいくらいだ。


 彼女の申し出から1週間。

 彼女は教壇に立っていた。

 私は彼女がどうのように教えるのか興味があった。

 彼女は教育に精通しているようにも思えたからだ。

 課外活動の朝練時間を利用して行われた授業であるが、今年の入学生の大半とお付きの者が何人かいた。

 何故かリリー譲の妹御で成績優秀のアイリ嬢もいるようだった。


 彼女の1回目の授業はリリー嬢の自己紹介と、生徒に自己紹介して貰うことだった。

 彼女は終始穏やかでにこやかだった。

 生徒がおどおどして、何も言えないでいても名前や好きなことを聞き出し、言うべき模範的な自己紹介を一緒に考え簡単な自己紹介をなぞらせて練習させた。

 言う事が決まっているから生徒たちは自己紹介で困ることがないだろう。

 数人それを繰り返すだけで後の者たちは前の者の自己紹介を参考に自己紹介出来るようになっていった。


 2回目の授業は会話の授業だった。

 いきなり文法に入らず、会話からの様だった。

 そして私は驚いた。

 リリー嬢は1回目の授業で全員の名前と性格を覚えた様だった。

 生徒達の顔は皆驚きと、喜びがあった。

 また、リリー嬢はあまり教壇におらず歩き回っていた。


 生徒達は突然あらぬ方向から突然指名され質問を受ける。

 質問といっても、授業とは一見関係ないものだ。

 生徒は何がしら褒められた。

 なるほどこうやってアイリ嬢は勉強を教わっていたのだろうか?

 それはとても幸せな事に思えた。


 効果は数日で現れた。

 正規の教員からの報告だった。

 急に生徒の理解力が上がってきた。

 生徒から授業中に質問が来るようになった、ということだった。

 リリー嬢は生徒に先生に質問しても良いと言った。

 リリーに関係ない御兄上である無敗の貴公子殿に関する質問ですら、怒らず笑顔で答えていた。

 そして、そのやり取りですら授業の題材にしていた。

 会話をしながら、会話の楽しさや相手が何を言いたいのか、言葉遣いに込められた意図、どうしたら正しく意図を伝えられるのかなどコミュニケーションの練習をしている。

 それだけの事だったが効果は絶大だ。

 それはそうだ。

 何を教えるにしても言葉で伝えなければならないからだ。


 教員達には言えないが、リリー嬢は今年の新入生を受け持つ教員のモノマネをする。

 割とそっくりで私も笑いそうになってしまったが、彼女の目的は笑いには無かった

 その先生たちの難しい言い回し、言葉遣い、言葉の癖が何を伝えているのかを教えていたのだ。


 彼女は控室にいた時にそれらを把握していたのだろうか。

 おかげで生徒たちが教員達の言語の癖に慣れ、理解力を高めていいった。


 リリー譲の授業は私から見ても楽しかった。

 色々な工夫があった。時に子供を相手するように、時に大人を相手にするように。

 彼女の授業はリズム感があり、その声は心地よい。

 生徒たちは色々な事に刺激を受けている。

 開始から一週間たった頃、彼女の授業は新入生全員が受けていた。

 彼女は授業参加資格を新入生だけとしていた。

 中年位に限り、学園の中で質問に応じているようだ。


 私が一番感銘を受けたのは短文創作の授業だった。

 5・7・5の音感で相手に気持ちを伝える。

 短文創作は生徒の表現力や言語理解を深めた。


 彼女の授業が始まり3週間、今では正規の教員達も彼女の授業を参考にしようと参加していた。

 それは、先日行われた試験の結果が発表されたからだ。


 当初、正規の教員達は冷やかだった。

 16歳の小娘に何が出来るのかと。

 試験の結果、満点が続出した。

 平均点は70点を超えた。

 これはこの学園始まって以来の高水準だ。


 そう言えば、リリー譲は巧妙に試験で問うことの多い問題を何度も質問していた。

 彼女にかかればこの次期に出題される内容は容易に想像つくのだろう。

 しかも幼年位で習う内容しか教えていないのにだ。

 考えてみれば、中等位教えている内容は幼年位の応用に過ぎない。

 だから幼年位の授業でも教える事が出来るのだ。

 そこまで理解して教えている彼女には驚さされるばかりだ。


 私は不思議でならない

 彼女は一体どうやってこれだけの高い教育能力を身に着けたのだろう。

 彼女は基本を徹底的に教えている。

 それを飽きない工夫を入れて教え込んでいる。

 彼女の教えているのは幼年位の範囲だけなのだ。

 私も最近になって幼年位の基礎が如何に重要なのか考えを改めさせられている。

 幼年位の基礎こそが全てに通じているのだと。

 私は簡単に幼年位を修了したので気づかなかった。

 彼女も7歳で中等位、10歳で高等位を修了したという才女だ。

 それで幼年位の重要性を理解していたというのだろうか?

 彼女は天才だ。

 私のような凡才に測れるレベルではない。

 と思うことにした。


 それにしても、惜しいと思う。

 彼女は、彼女こそが今この学園にいる者で、最も聖女にふさわしいそれは間違いないのだ。

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