24話 私は学園長に面会を申し込む

 この国の教育制度は、幼年位・中等位・高等位・学士位の4つにレベル分されている。


 中等位からは学校があり、貴族は18歳の成人までに高等位を修了する事が義務となっている。

 出来なければ、貴族籍を抜かれるが、お金のある貴族にとっては無いに等しいルールだ。

 必要なのは修了証なのであって、買おうと思えば買える世の中だからだ。

 また、学士位は高等位修了の後、各専門分野を極める為のもので大学という学校に行く事になる。


 聖女学園は中高一貫の学校である。

 現在では上流貴族の為のお嬢様学校という側面を持ち、この学園の卒園生であることはステータスとなっている。

 しかし本来は聖女候補の発掘育成を目的としている為、才能を認められれば市民でも入学できる。

 この学園は貴族の援助(あるいは賄賂)と国費で運営されるため、基本的に学費は不要だ。


 聖女学院に限らず学校があるのは中等位からで、中等位の学校入る前に幼年位を修了する必要がある。

 しかし実際は各家庭に委ねられ修了試験も無いので、幼年位が疎かでも中等位に入学できてしまう。


 私が何人かに勉強を教えて感じたのは、幼年位で学ぶ基本的な内容が理解出来ていないということだった。

 そして基礎が出来ていない為、中等位の授業についてこれないでいる。

 そんな感じった。




 夕方、アイリ達の歌の練習の後、私は学園長に面会を申し込んだ。

 忙しいだろうに面会してくれることになった。


「失礼します」


「どうぞ、そこにお掛けになって下さい」


 学園長はかつて試験官としてアイリを審査してくれた方だった。


「お久しぶりですね。リリエナスタさん」


「ご無沙汰しております。その節は有り難うございました。また、今日はお忙しい中お時間を作って頂き有難うございます」


 お礼を述べ、私は勧められてソファーに腰をかけた。


「貴女がお付きの者として学園に来られるとは思いもしませんでしたよ。その為に入園の誘いを断ったのですか?」


「はい。仰るとおりです」


 私は素直に答える。

 この方に嘘は通じないだろうという気がしたからだ。


「ふふふ。私も色々なお嬢様方と接してきましたが、リリエナスタさんは群を抜いて変わっていますね」


「リリーとお呼び下さい。自覚しております」


「最近は、他の生徒やお付きの者に勉強を教えているという噂ですが、今日はその件ですか?」


「ご賢察でございます。その件でお願いがありまして参った次第です」


「リリーさんの様な才女のお願いとは怖いですね。心して聞きましょう」


 学長さんは世間話から、仕事モードに切り替わったかのように姿勢を正した。


「ご存知の通り私はここ数日、学園生やお付きの方に勉強を教えてきました」


「大変わかりやすいと伺っています」


「ありがとうございます。教えている中で感じた事ですが、教わりに来る方々は幼年位の基礎が出来ておりませんでした。その為、中等位の授業についてこられない様です」


「幼年位を修了している前提での授業ですからついて来られないのは各自の責任なりますね」


「仰られるとおりですが、私は勿体ないと思うのです」


「勿体ないですか?」


「はい、この学園は聖女の才能を持つ者を発掘、育成するためにある。違いますか?」


「そのとおりです」


「学園長様は知っておられますか? この学園を創設された初代学園長の大聖女様は聖女になってから学業を先輩の聖女様より叩き込まれたそうですよ」


「お恥ずかしい話ですが初耳でした」


「折角可能性を見いだされたのに学業でつまずいてしまうのは勿体ないと思いませんか?」


「確かに下級貴族や市民出身の生徒が学業で躓きやすいですが」


「学園の都合があるのは存じております。だからお願いに参ったのです」


「リリーさんのお願いとは?」


「授業の始まる前の1時間、課外活動の早朝練習の時間に幼年位の補習授業を私にさせて欲しいのです。参加は自由意志に任せ、生徒もお付きの者も受け入れたいと考えています」


 私のお願いを聞き、驚きの表情を見せた後、学園長はしばし目を瞑った。


 しばしの沈黙。

 目を開いた学園長の表情は厳しめだった。


「リリーさんは教員の資格をお持ちですか?」


 学校などの場で教壇に立つためには資格が必要、しかし。


「幼年位を教えるのに資格は必要ないと思いましたが」


「確かに…必要……ありませんね。失礼しました」


 幼年位に学校が無いため、教員免許の有効範囲も中等位以上になる。

 今回はその盲点をついてのお願いなのだ。


「まずは一回チャンスを頂けませんか?成果を見込めそうなら中等位について行ける様にしてあげたいと考えています」


「リリーさんは妹さんのアイリ譲の家庭教師をなさっていたと聞きました。どのあたりまで教えたのでしょうか?」


「アイリはすでに高等位修了できるまでのレベルに達しています」


 家庭教師などは修了認定の権限を持たない為、教えるのに資格は要らない。


 学園長は立ち上がり自らのデスクに向かい何か書類を確認しだした。

 想像はつくけど、手の内を知るため力を使い上から覗く。

 案の定それは入学時に行われた試験の採点リストだった。

 アイリの点を見ている。100点だ。

 流石はアイリ。

 凄いわ!自慢の妹よ!


「アイリさんは優秀ですね」


「ありがとうございます」


「一存では決められませんので少しお時間を頂きたいのですが、その前に一つ質問しても?」


「何なりと仰って下さい」


「何故です?何故リリーさんに関係ない生徒やお付きの者の学業を気にかけるのですか?」


「先程、初代学園長様のお話をしましたね。その初代学園長様がまだ若く聖女様になりたての頃、学業や礼法、作法を教育された、当時の大聖女様は例え夜中でも怒ること無く、何時でも質問に答えてくれたそうです。この学園はその精神の元に開かれたそうです。今、縁があって教えたのがキッカケで私に教わりに来る子達が増えました。私の手の届く範囲だけでも教わりたいのなら教えたい。ではいけないでしょうか?」


「リリーさんこそ学園生に迎えたかったですよ」


「私は、アイリこそ私以上に歌で多くの人々を救ってくれると思っています。アイリの歌は私の弁舌よりも広く遠くに届きますよ」


「お二人とも聖女にふさわしいと私は思います」


「有難うございます。できれば厚かましいのですが早めの結論をお願いします。チャンスを与えるなら早い方がいいです」


「もし許可が出たとしても、リリーさんがいらっしゃる間の一時的なものになりませんか?」


「私の手は長くないので届く範囲だけになりますね。でももし、私が教えなくても私の思いを継いでくれる人が後を引き継いでくれるなら嬉しいですね」


「判りました。結論は時間をかけずに出しましょう」


「今日は有り難うございました」


 私は深々とお礼のお辞儀をし学園長室を後にした。

 さてどうなるかな?後は学園次第。

 少しでも設立当時の気概が残っているなら嬉しいけど。


 時間を掛け過ぎてしまったわ。

 アイリは本を読んでいるとは思うけど。

 兎も角、急ぎ戻ってお着替えの支度しないとね。

 アイリごめんねお節介なお姉ちゃんで。



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 一週間後。


 朝の学園、始業1時間前の教壇に私は立っていた。

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