22話 私は教え子を持つ
私達メイドは授業中は控室にいる。
その間、雑談をする者。読み物をする者色々である。
ここにいるメイド達もまた貴族のご令嬢が多く、高等位を修了している大人のメイドが殆どだ。
エマも去年、高等位を修了しシャルのメイドとしてこの学園にやって来ている。
しかし、中には高等位どころか中等位を修了していない者がいて壁越しに聞こえる授業の内容を必死に聞いている。
私はといえば、目を瞑り何もせず静かに座っていることが多い。
というのは周りからみた私である。
周囲には瞑想していると言っていた。
でも実は私は能力を使い隣の教室を覗いていたのだった。
目的は2つ。
1つ目はアイリの授業中の姿を堪能するため。
授業を真剣に受けるアイリも実に可愛い。(うっとり)
アイリの学力からすれば真面目に受けなくても学位にまったく問題ない。
でもアイリは真面目に真剣に授業を受けていた。
そんなアイリにお姉ちゃんはついつい目頭が熱くなるのだった。
そして2つ目は、そんなアイリが万が一困る自体になった時
さり気なくサポートするためだ。
今の所アイリが困るような事にはなっていないし、能力を使い予知も行っているが、そちらも反応がない。
今日も順調である。
「すこしお話しても構いませんか?」
私がアイリの授業中を堪能していると、たまに話かけられることもある。
「はい、なんでしょうか?」
にっこりと柔らかく返事をする私。
アイリに敵を作るような行為は一切しない。
内容はまあ、いつもと同じでしょう。
やはり今回も兄様情報を求めてだった。
兄様関連で崇高なるアイリ鑑賞を邪魔されるのは甚だ迷惑であるが、兄様人気を利用しているのでギブアンドテイクだと割り切っていた。
兄様は世間様を見事に騙しているわね。
兄が末期的シスコンだと知ったら、兄様のファンたちはどれほどのショックを受けるのか?
その敵意がアイリに向かうのだから絶対に秘匿されなければならない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
昨日のこと。
兄様は休日だと聞いていたので一昨日のお礼に王都のユニスリー邸にアイリと訪れた。
トレーニ様も昨日は泊まられたものの、二日酔いが酷く客室で休んでいると聞いた。
昼食になってもトレーニ様は姿を現さなかった。
よほどの重症だろうと思い、水を持っていこうとしたけど兄様に止められた。
「騎士として男として情けない姿を女性には見られたくないと思うよ? トレーニも『常勝の騎士』と言われる男だからね。だから僕が持っていこう」
どことなく兄様は冷たい感じがした。
シスコンをこじらせて嫉妬しているのかしら?
困った兄様である。
アイリがお昼寝をしている午後のひと時、私は先日のお礼を兼ねて妹分の補充を兄様に申し出た。
兄様は目を輝かせた。
「では、メイド服ではなくてコレに着替えてくれないか?」
何故か持っている衣装を手渡してきた。(計算済みなの?)
え?コスプレですか?
ついにそちらの世界まで行ってしまわれた?
と思ったら普通のブラウスとスカートだった。
ああ、昔を思い出す。
兄様にとって、この組み合わせが妹の象徴なのだろう。
私は(渋々)着替え、兄様の部屋に行く。
そして兄様に久しぶりの妹ルックを見せた。
扉を閉め、向き直った瞬間に抱きしめられた。
「やはり、これだ! これがイイ!」
すっかり変態と化した兄様は強めに抱きしめてくる。
首の辺りの気圧も低い。
必死に匂いを嗅いでいる模様。
香水ではないけどアイリの為に力を使って、うっすらと花の香りをつけていなかったら突き飛ばしてますよ兄様。
しかし、まぁ、ふぅ、やれやれこれも妹の務め。
致し方ないことだ。
でも、よくよく考えたら妹分の補充って何だろうね?
そんな事を考えていると不思議な事に気づいた。
以前はイヤイヤ渋々だった。
でも何故でしょう。
今日は渋々ではあるけど、嫌悪感はない!?
兄様はアイリも大事にしてくれている。
きっとだから少しだけ気を許したのかなと思うことにした。
なにより、必死に縋るように抱きしめてくる兄様は、まるで子供の様だった。
そんな兄様に母性がくすぐられたのかも知れない。
どれくらいそうしていたか?
長いようで短いようで……実際は5分程度だったようだ。
満足したのか兄様は私を離してくれた。
兄様の顔は少し赤い。
あまりシスコン過ぎるのはアイリの為にも困るのですが、シスコン=兄様、兄様=シスコン、神様公認シスコンなので諦めるしかないでしょう。
私は少しだけ嗜める意味も込めて冷たい視線を兄様を見ておいた。
兄様の顔はより赤みを帯びた。(逆効果?マゾなの?)
夕方、私達が帰る時になって漸くトレーニ様が部屋から出てきた。
まだ調子が悪そうだった。
二日酔いを治す力を込め、爽やかに飲める様、レモンでうっすら味付けした水を兄様が持って行った筈だけど……
兄様を見ると目を合わせてくれなかった。
<あ! 兄様 私の渡した水を自分で飲んだね?>
もう!凍てつく視線を兄様に投げると兄様は却って喜んだ。
ダメだコイツ。
兄様マゾ説の信憑性がより高くなった瞬間だった。
私は改めてトレーニ様に水を渡す。
「当家特製の水です。二日酔いに効きますよ」
当家特製というのは嘘である。
が、たまに父様が二日酔いになることがあり、この水をよく飲ませたものだった。
トレーニ様は一気に水を飲み干した。
兄様の方から軽い舌打ちが聞こえる。
<兄様、当分は妹分の補充無しね>
途端に効果を発揮し、トレーニ様の表情が柔らかになっていく。
「これは、驚いた! 先程までの頭痛と、気持ち悪さが嘘のようだ」
と大変驚いていた。
「酒場まで連れて行って頂いたお礼というわけではありませんが
気分が良くなられて良かったです」
「是非、このお礼をさせて下さい」
「お礼だなんて、では これからも兄様を宜しくお願いしますね」
なんて事があったのだ。
兄様のシスコンが周囲にバレないか心配の種は尽きない。
妹として頭が痛い所である。
ーーーーーーーーーーーーーーー
話しかけられ、瞑想 (ということになっている)を中断させられてしまった。
周囲を見れば、授業を盗み聞いている娘達は壁に聞き耳を立てていた。
本来、壁は防音となっている。
しかし、控室はわざと声がうっすら聞こえる様にしてあった。
授業の終了が判るようにである。
しかし、講師の声が少し小さくなったのか、聞き取りにくくなってしまった様だ。
必死に壁に貼り付いている子達もまた貴族のご令嬢には違いない。
ただし、あまり裕福では無い貴族の次女か三女かに生まれた為、学校に行かせて貰えずに幼いころから裕福な貴族家にメイド奉公させられているのだろう。
ひょっとしたら奉公先の貴族家の計らいで、少しでも勉強する時間を持てる様ここに一緒に越させてもらったのかも知れない。
そう思うと、少しでも学位を取れるチャンスを与えたくなってしまった。
壁に貼り付いているのは5人の子達。
アイリと年も変わらないだろう。
「あの、少しお話してもいいですか?」
驚いてこちらを見る彼女たち。
私は先程まで覗き見してたので、何の授業をしてたのかバッチリ判っていた。
「何か分からない事あるの? 私は家庭教師もしていた事があるから良かったらこちらで解説するわ」
にっこり微笑む。
私の年齢で家庭教師って怪しいかしら?とも思ったが、彼女たちは「是非お願いします」と、頭を下げてくれたのだった。
私は世間話の様に、今回の授業の要約を話して聞かせる。
他の者の邪魔にならないよう穏やかに、ゆったりと。
彼女たちは目を輝かせて聞いてくれ、とても理解りやすいと言ってくれた。
彼女達の質問にもわかり易く答えていった。
自己満足の偽善かもしれない。
でも、ある程度の基礎をつくれば、きっと彼女たちは自力で学位修了までたどり着けるだろう。
お互いにWinーWinなら偽善であろうとなんであろうと構わないんじゃないかとも思うのだった。
余談だけど、私の授業は毎回行われる様になり、生徒の数も増えていくことになる。
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