12話 辺境伯とその奥方

 ソナル王国にその人ありと謳われた、エレリット・ユニスリー辺境伯。

 ソナル王国は馬上槍試合が盛んで、強き者は国民的英雄と讃えられる。

 エレリットは532戦無敗のスーパースターだ。

 その記録は引退して10年経った今でも破られてはいない。 

 そしてエレリットもまた、リリエナスタやダンベルハワーと同様に転生者である。


 前世では、地球と呼ばれる星の日本という名の国で世界を股にかけるエリート商社マンだった。

 名前は、佐藤兼人。


 兼人には愛する妻と子供がいた。

 しかし兼人は家族を省みること無く仕事に邁進した。

 お金を稼ぎ、豊かな暮らしを家族に与えることこそ男の仕事だと思っていた。


 兼人は健康にも気を遣い、スポーツジムに通いだした。

 ジムで体を鍛えることが楽しくなって来たある日の事、兼人は仕事中に心臓が苦しくなり倒れた。

 すぐに苦しさも感じなくなり、走馬灯が流れ出す。

 ああ、俺は死ぬのか、でも高額な生命保険も掛けてある。

 妻や子が生活に困ることは無いだろう。

 そう思って死を受け入れようとした兼人。


 しかし、流れる走馬灯に兼人は自身の人生を後悔した。

 子供の出産に立ち会った以降の子供の記憶が無い。

 それどころか以降仕事のシーンしか流れてこない。

 家族との思い出なと何一つ流れて来ないのである。

 当たり前だった。

 家族との時間など作って来なかったのだから。


 ああ、俺は馬鹿だった!

 子供との時間を作ってこなかった。

 仕事ばかりのこんな寂しい走馬灯を見る事になるなんて…

 今度生まれ変わることがあったなら、その時は家族との時間を大切にしよう。

 妻や子どもたちの会話を大切にしよう。

 そう思いながら兼人は逝った。




 エレリット・ユニスリー辺境伯の妻、サーラノワール・トロフォル。

 サーラノワールはトロフォル公爵家の令嬢である。

 三女であったこともあり、彼女は比較的自由に育った。

 彼女もまた聖女学園の卒業生なのだが、在学中に同じく騎士養成学校に在学中のエレリットに恋をした。


 エレリットは既に馬上槍試合で無敗を誇るスターだった。

 当然人気も高い。

 しかし、サーラノワールがエレリットに惹かれた理由は一目惚れだ。

 むしろ、馬上槍試合のスターであることは後で知った。


 サーラノワールは落ち着いていて物静かな物腰の柔らかい

 美しい少女だったが、エレリットに関しては別だ。

 サーラノワールの猛アタックに押される形で二人はゴールイン。

 同じ貴族とは言え爵位が劣る家に嫁ぐのだ。(王国での辺境伯は侯爵相当)

 すんなりといった訳では無く、当然のすったもんだがあった。


 しかし、エレリットが馬上槍試合で前人未到の記録を更新していくにつれ公爵家の態度は軟化し、終いには二人の仲を応援するようになった。

 公爵からみれば、時の英雄が自分の娘婿になるのは公爵家の名声を更に高め、且つ自尊心を満たしたであろう。

 

 

 ちなみに公爵は家督と爵位を息子に譲り隠居しているが、孫の中で一番可愛いと思う孫がリリーとアイリだ。

 他の孫たちも可愛いが二人は群を抜いている。

 その話はまた別に語ることもあるかも知れない。


 そしてサーラノワールもまた転生者だ。

 エレリット、いや佐藤兼人と同じ時代を生きた日本人だった。

 名前は、高坂美奈。


 美奈には娘がいた。

 しかし彼女の家庭は貧しく、母子家庭であった為、美奈は子供を養うために懸命に働いた。

 そんな中、美奈は体を壊してしまった。

 身よりも無く、泣く泣く子供を施設に預けるしかなかった。

 子供を施設に預けた後は闘病生活が始まった。

 とはいえ、病院にかかる余裕など無い。

 また、生活保護に頼るなどという知恵も知識も無かった。


 ある日、ふらっと立ち寄った本屋で一冊の本を買う。

 かつて子供が欲しがり、買ってあげた本であり、美奈が唯一子供に買ってあげれたものだ。

 その本は聖騎士リリエナスタと大聖女ミリーシアタの活躍を描いたものだった。


 やがて、美奈は床に伏し、起き上がるのも大変になった。

 彼女は、子供と自分の唯一のつながりである本を何度も読んだ。

 大聖女ミリーシアタは転生者だ。

 もし今度、自分もミリーシアタの様に転生したなら、もっと子供と一緒にいられる人生を送りたいと願った。

 美奈が生を終えた時、本は枕元にあったという。



ーーーーーーーーーーーーーー



「随分と寂しくなったものだね」


「ええ、3人とも王都に行ってしまいましたものね」


リリーとアイリを送り出した次の日の朝、朝の団らんは夫婦水入らずであった。


「こうして2人だけなのも久しぶりだし、たまにはいいか」


「ふふ。昔を思い出しますわ」


ここにはメイドもいるのだが二人には見えていない様だ。


「たまにはお忍びでデートなんてどうだろう」


「まぁ、それはとっても素敵なご提案ですわ。デートだなんてどれくらいぶりでしょう」


「サーラを久しぶりに独占できるんだ。これは4人目確定かな」


「うふふ。もうエレリットったら」


 顔を赤くしつつも楽しそうなサーラ。

 子どもたちが巣立ち、気落ちするかと思いきや、夫婦の甘ーい時間を始めた二人。

 今生で二人は子供達にできる限りの愛情を注いだ。

 それはもう後悔が無いと豪語出来るほどに。

 だから二人は朗らかに笑う。

 そして、夫婦の時間を再び謳歌するのであった。


 4人目が誕生するかどうかはエレリットの頑張り次第。

 あとは神のみぞ知るといったところか。

 ともあれ辺境伯家は今日も平和だ。

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