10話 私は準備を進める

 私の可愛いアイリも12才になり、いよいよ来週王都にある聖女育成学校、通称 聖女学園に通うことになった。


 今から先立つこと2ヶ月程前、学園の試験官を招いた。

 アイリの能力を測定してもらうためである。

 招いたのには理由がある。

 もし、アイリに才能無しと判断された時の為。

 試験は面談で行われる。

 アイリには試験であることは伏せ、聞き取りということになっている。

 もし、合格しなくても本人に知らされることは無いし、周囲に漏れることはない。

 それに、駄目だった場合別の手段もある。

 その為、財力のある貴族家は試験官を招くのが普通なのだ。


 とりあえず、試験官を盛大に饗す。

 試験官は女性だった。対応も慣れたものだった。

 試験の前日からお越し頂き、夕食も一緒に食べた。

 私は試験官にお会いした瞬間、この試験官には袖の下は通用しないなと思った。

 直感ではなく、力を使って鑑定したのだ。

 鑑定結果では性格的に曲がった事を嫌うと出ていたのだ。

 私は父様が変な事を言い出さない様、夕食の時に仕掛けた。


「アイリ。お姉ちゃん アイリのお歌をまた聞きたいわ。とっても素敵なんですもの」


「お姉様。お客様の前で恥ずかしいです」


 恥ずかしがるアイリ。

 恥じらうアイリも可愛い!


「お願いアイリ。駄目?」


 懇願してみせる。


「アイリ。私も聞きたいな」


「アイリちゃん。私も聞きたいわ」


 打ち合わせはしていないが 父様も母様も乗ってきた。

 この二人は乗ってくるだろうということは織込み済みである。


「もう、父様も母様もこんな時に」


「私も聞いてみたい。お願いできませんか?」


 試験官も乗ってきた。

 この流れで断れるアイリでは無い。

 アイリは慈愛の魂の持ち主なのだ。


「わかりりました。お耳汚しですが歌わさせて頂きます」


<やった! 作戦は作戦としてもアイリの歌を聞ける!>


 私はすかさず力を使う。

 残響時間という言葉をご存知だろうか?

 私は前世でこの言葉を知った。

 簡単に言えば音が反射して響く時間のことだけど、

 響きすぎると声は聞き取りにくくなり、あまりに響かないと音楽の余韻が少なくなる。

 前世で聖女学園建設の際、建築技師から聞いた言葉だった。

 私はこの部屋の残響時間を歌に最適になる様に調整したのだ。


 私はこうしてアイリに歌を披露させた。

 それだけ、それだけのことではあるが効果は抜群だ。

 果たしてアイリのアカペラの歌は試験官を心を癒やした。

 きっとアイリのミラクルボイスに魅了されたことだろう。

 私も改めて魅了されたのは言うまでもない。

 父様も母様も涙を流して感動していた。


「素晴らしい!感動しました。これほどの歌を披露していただけるとは王都より来た甲斐がありました」


<この試験 貰ったな!>


 試験官の言葉を聞き、私は勝利を確信した。

 

 私はアイリの鑑定をして以降、アイリと自然に歌を歌う機会を増やし、マナーと称して滑舌訓練を一緒にした。

 腹式発声も講師を招いて一緒に学んだ。


 スキルを伸ばすだけでなく技術も楽しく学ぶ。

 楽しくというのが重要だ。

 アイリが楽しくなかったら全く意味がない。

 こうしてアイリは歌うことが好きになった。


 そしてその魅惑のヒールボイス(私が勝手に名付けた)に

磨きをかけるために、ボイスケアも怠らない。

 自然な流れで飴を一緒になめたり、喉を休ませたりした。


 飴ははちみつをベースに私が研究に研究を重ね開発したものだ。

 喉に良いハーブなども配合し、且つ美味しい。

 仕上げに私が力を使い、祝福をかけた効果抜群のものだ。

 まあ私が施した訓練やケアはアイリの魅惑のヒールボイスの1%の足しになればと言う程度のもの。

 それほどに、アイリの声は美しく、聞くだけで癒される。

 お姉ちゃん気を抜くと魂が昇天しちゃう。


 ちなみに兄様はアイリの歌を知らない。

 騎士養成学校は厳しい。

 卒業まで夏休みであっても帰省は許されず、訓練に明け暮れるのだという。

 兄様もアイリの声を聞いたらそれだけで萌えすぎて昇天すること間違いなしだ。


 本試験の面談は形だけのものとなった。

 試験官もアイリのカリスマボイスに魅了されてしまったからだ。

 去り際、父様に


「お嬢様は合格です。是非学園にお招きしたい。」


 と言ったという。


 ここまでは予定通り。

 アイリは既に高等位修了までの学力がある。

 私はアイリが学園生活で十分青春出来るようにしてあげたかった。

 アイリは褒めて伸びるタイプだったこともあり、私は褒めて褒めて褒めまくった。

 その結果、アイリの学力はうなぎ上りにぐんぐん伸びたのだ。

 学業でアイリが苦労することは無いだろう。

 お姉ちゃん、姉としてとても鼻が高いわ。

 こうしてアイリが夢を叶える為の扉は開かれた。


 しかし、しかしである。

 来週、アイリが王都に行ってしまったら私はアイリと離れて暮らすことになってしまう。

 アイリの学園生活を見守り、手助けすることが出来ない。

 その場合、私はどこかの貴族に嫁ぐことになるだろう。

 今でも縁談がひっきりなしに来るらしい。

 今のところは父様が全て突っぱねてくれている。

 しかし、いずれはそうもいかなくなる。

 これはわかっていた事。

 だから私はこの時の為、準備し、自身を鍛えてきたのだ。


 アイリの入学が決まった夜、私は父様にお願いした。


「父様。お願いがございます」


「リリー、今日はなんだい。言ってごらん」


 相変わらず優しい父様の口調。

 言えば、怒られるかも知れない。

 けれど、これは突破しなければならない試練だ。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 出立の朝。

 朝食を済ませた後、いよいよ出発の時間となった。


「父様、母様、行って参ります」


「ああ、頑張るんだよ」


「アイリちゃん体には気をつけてね」


「はい、父様、母様もお体には気をつけて……それで、あの、お姉様は?」


「ああ、リリーは……遅いな」


「リリーさんもすぐに来るわ」


「お待たせ。アイリ」


 家族の前に姿を現す私。


「お姉様!その格好は?」


 ふふふ、驚いているアイリも可愛い!


「丁度、ヘレンが出産の為お休みしているでしょう?だから私が代わりに行くのよ」


 アイリはメイド服を着た私に驚いている。

 そう!そうなのである。

 貴族の子女はお付きのものを一人同行させる。

 学園は全寮制となるが、各貴族家の場合、ルームメイト制は取らず、1名につき部屋続きの2室を与えられるのだ。

 だから1室は、ドレスルーム兼お付きのメイドの為の部屋となる。


 ちなみにヘレンは兄差様とマッスール騎士長の試合の応援に行ったのをきっかけに騎士長に見初められた。

 騎士長の猛アタックを躱し続けたヘレンだったが、昨年ついに観念したのか騎士長と結婚。

 結婚後も本人の希望でアイリ付きのメイドを続ける予定だったけど、すぐに妊娠。(結婚した日と計算が合わないけどね)

 そして現在は出産に備えてお休みを貰っている。


 この件に関して私は力を使っていない。

 恋愛には空回りするので使っても効果ないから。

 ただ、私がメイドとしてアイリについて行きたいと事前にヘレン相談したのが彼女に結婚を決意させたのかも知れないとは思っている。


「お姉様にメイドをさせるなんて、とんでもない!」


「私じゃ嫌?」


「そんな!私がお姉様を嫌うことなんてあり得ないです」


「それでは、一緒に行きましょう? お姉ちゃんアイリのお世話するの大好きよ」


「もう、お姉様」


「リリー、気をつけてな。アイリのことを頼んぞ」


「リリーさん。体には気をつけてね。アイリちゃんをお願いね」


「はい。 父様、母様行って参ります」


 アイリが今更 反対してももう遅い。

 学園にはお付きの者として私の名前が登録されているのだ。

 前代未聞なので学園側から念押しがあった。

 むしろ私も学園に入学しないかと誘われたくらいだった。

 10才で高等位を修了した私の学力を買ってくれたのだろうけど丁重にお断りした。

 私はアイリのお付きのメイドになるため、修行してきたのだから。


 私はアイリの手荷物を持つと馬車まで歩きだす。


「お姉様。そんな! 荷物くらい自分で持ちます」


 アイリは慌てて後を追いかける。

 相変わらずアイリは可愛い!

 私は、御者に荷物を渡すと馬車の扉を開いた。


「さあアイリお嬢様、お乗り下さい。出発のお時間ですよ」


「お姉様! お姉様にそんな呼ばせ方はできません」


「あら、人目のある所ではこうじゃないと変でしょう?」


「それは、そうですけど……」


「二人の時は今まで通りに話すわ。乗りましょうアイリ。ふつつかものですがよろしくね♡」


 アイリの手を取り馬車に乗り込ませる。

 レディーファーストは基本よね。


「もうお姉様ったら」

 

 アイリの顔は赤い。 

 赤い顔のアイリも可愛い!

 そしてその表情にすこし安堵があったのを私は見逃さない。


<アイリを不安になんてさせないわ。これからがお姉ちゃんの腕の見せ所ね>


 馬車が出発する。

 これからアイリと新しい生活が始まるのだ!

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