7話 私の兄様は変態しました 2

僕の名前はダンベルハワー。

 ダンベルパワーと呼んではいけないよ?

 僕は繊細だからね。

 今日は僕が主役。

 主役だから言ってしまうが、実は僕は元々この世界の住人ではない。


 元の世界でも僕には妹がいた。

 僕が16才、妹が8才の時に両親が事故で他界。

 それからは僕が働いて妹を養った。

 妹が12才になった時、更なる不幸が妹を襲った。

 妹は不治の病にかかってしまったのだ。

 僕は頑張って働きながら妹の治療方法を探した。

 しかし、碌な治療も受けさせてやれず、妹はどんどん弱っていった。

 そしてある日ついに妹は僕の目の前で息を引き取った。

 僕は全てを失ってしまった。

 生きる目的も、意味も。


 それからの事はあまり覚えていない。

 フラフラと街を彷徨いそして、倒れたのだと思う。

 僕自身、働きずめで限界だったようだ。

 薄れゆく意識の中で僕が思ったことは、〝今度、妹ができたら

その時は、今回できなかった分、思い切り妹を可愛がろう!

 目一杯妹を愛そう! 〟だった。


 しんみりした話をしてしまったが、今 、僕は萌えに萌えている。

 いや済まない、燃えに燃えている。

 今日の稽古で可愛い妹のアイリが僕を応援しに来てくれるのだ。

 ハニーの前ではカッコイイ兄でいたい。

 強く、優しい兄でありたい。


 そしてなんと、あの可愛く、美しく、優しく、お淑やかで、兄思いのリリーも今回僕の応援をしに来てくれるのだ。

 僕好みのパーフェクト妹のリリーが!

 今、僕にリリーが冷たい視線を向けている。

 あの視線を受けると僕はゾクゾクする!

 そして熱く熱く燃え上がるのだ!!


 リリー !僕は今回の勝利を君に捧げる!!



===============



 私はリリエナスタ。

 私は力を使い兄様から今回の主役の座を奪った。

 先程から、兄様のテンションが上がる度に私の悪寒がひどくなるからだった。


 私はまた力を使う。

 するとこの部屋の男ミスト濃度が見える様になった。

 男ミスト濃度が高い場所で応援するのはアイリが可哀想だ。

 また私にも厳しい。


 しかし、この訓練場に男ミスト濃度が低い場所など無かった。

 私の見通しが甘かったようだ。

 私のなかでハザードランプが点灯しっぱなしである。

 仕方がないので力を使い浄化する。

 私の周囲3mの空間は空気が清浄になった。

 さらに花の香りが漂う。

 気持ちを落ち着かせるにはやはりラベンダーの香りが一番。


 騎士長のマッスル、いえマッスールが話しかけてきた。


「リリエナスタ様、アイリス様 今日はこの様な むさ苦しいところにおいで下さり恐縮です。また騎士一同 大歓迎です」


 騎士一同が礼をした。

 それから1人づつ 挨拶してくれた。


 私たちも挨拶を返す。


 小声で 可愛い! とか あの2人の周囲だけいい匂いがするとか聞こえる。

 一応、ここにはメイドのヘレンもいるのですけどね。

 見えていないのかしら?

 ひょっとして 揃いも揃って幼女趣味の方々?


 ふと視線を兄様に向ければ兄様は目を閉じ瞑想していた。

 イメージトレーニングだろうか。

 兄様の目がカッと見開く!

 何か悟りでも開いたのだろうか?


「おにいちゃまーがんばれー」


 騎士長との試合が始まったわけではないけど、アイリが応援をはじめた。

 途端に兄様の目尻が下がる。

 これは駄目なんじゃないの?



 騎士長の号令があり、ウォーミングアップが始まった。

 男ミスト濃度がぐんと高くなる。

 私は周囲に結界を貼り男ミストの侵食を防いだ。

 実に油断の出来ない鬼気迫る攻防である。

 可愛いアイリが男ミストに触れられるなんて事は絶対に防がねばならない。


 基礎トレーニングが1時間ほど続いた。

 アイリが飽きないように私は色々は童話のお話をした。

 こんな事もあろうかと、私は各種の童話を諳んじれるようにしている。

 こうしてアイリやヘレンと楽しく過ごしていると、ようやくウォーミングアップが終わったようだ。

 アイリのお待ちかねの練習試合が始まるようだ。


 アイリに気を遣ってくれたのだろう、一番最初に兄様と騎士の方と試合が始まった。

 驚いた事に思っていた以上に兄様は強かった。

 華麗で鋭く、速かったのだ。


「ダンベルさま素敵ですね」


 ヘレンが華麗に戦う兄様に感動したようだ。


「本当ね」


 なにも人の感動に水を指すことも無い。

 無難に返した。


「おにーちゃま つおーい!」


 アイリもはしゃぐ。

 兄様も調子にのってきて、あっという間に4人抜きした。


「坊っちゃん。最後は私です」


 そして いよいよ本日のラスボス、マッスールが登場。

 私は力を使った。

 二人の頭上にゲージが出現。


 このゲージは二人の体力を示している。

 まるで対戦格闘ゲームのようだ。

 最初の人生で、学生時代に友人がやっていたっけ。


 しかし、マッスールのゲージは兄様の赤色のゲージと色が違い白色だった。

 また、兄様のゲージの下にはマッスールには無い別のゲージがあり、現在30%くらい。

 私の願いにこんな謎のゲージは含まれていない。

 このゲージはなんだろう?


「試合始め!」


 合図と共に試合が始まった。

 今回審判をするのは たしかキントレーという名の騎士。

 キントレー、キントレー、筋トレ……

 父様は狙って採用しているのだろうか?

 もうどうにでもしやがれ。と思う。


 兄はマッスール騎士長の攻撃を交わしているが、先程の余裕は無いように思える。

 騎士長の攻撃が鋭いからだろう。

 兄様はとうとう躱しきれず、騎士長の攻撃を剣で受けた。


 ガキン!


 それだけで兄様の体力ゲージが10%程削られた。

 騎士長のゲージも少しだけ減ったがそれで騎士長のゲージの謎は分かった。


 体力ゲージが重なっているのだ。

 ゲージのMAXが100だとすると騎士長は最低でも300以上。

 実際どれくらい重なっているのかまでは分からない。

 少し減ったゲージの下に見えるのは兄様のゲージの赤では無く

緑色だった。


 ちなみに兄様のゲージの減った部分は透明だ。

 兄様のゲージは重なってはいないようだ。

 つまり兄様は体力的には勝ち目が無い。

 あとは技で一本取るしか無いけど、兄様の攻撃は簡単に弾かれていた。


「おにいちゃまー!」


 アイリが応援している。

 すると兄様のもう一つの謎のゲージが増えた。

 

 ひょっとして!

 あのゲージは妹分ゲージ?


「ダンベル様頑張って!」


 ヘレンも応援する。

 ゲージは増えない。


 やはりそういうことのようだ。

 そこでちょっとした好奇心が私に芽生えてしまった。

 私が応援したらどうなるだろう?


「おにいちゃまー! がんばれー!」


 アイリが必死に応援している。

 ああ アイリはやはり可愛い。

 そして私はアイリに一緒に応援すると約束した。

 アイリとの約束は絶対に果たさなければならない聖約だ。


 ふう、ため息をつく。

 兄様の体力ゲージも30%程になっている。

 妹分ゲージも50%程だ。

 私は決意を固めた。


「兄様! 頑張って!」


 刹那! 兄様の妹分ゲージは いきなりMAXになり燃えていた。


「なんだ!」


 驚く騎士長。

 まあ騎士長だけではないだろう、この場にいる全員が驚いている。


「おにいちゃま もえてるー!」


 兄様は燃えていた。炎ではない。

 体から吹き出すオーラのようなものが、燃えている様に見えるのだ。

 スーパー〇〇人…。

 そんな感じだろうか? 頭が痛くなってきた。


 そう! 妹分がゲージがMAXになった兄様は覚醒し、スーパー状態、超兄様に変態したのだった。


 妹分ゲージが少しずつ減っている。

 0になったら元の状態に戻るのだろう。


「リリー、アイリ! 君たちの愛を確かに受け取った!」


 もはやどう突っ込んでいいのか解らない。


「行くよ! 騎士長! これが僕の最大の技! 超兄様スラッシューー!!」


「ぐわ!」


 兄様の一撃は見事にマッスール騎士長の胴を薙いでいた。


「それまで!」


 試合修了の声が上がる。


「さらばだ騎士長」


 いえ兄様 騎士長はピンピンしてますよ。

 起き上がる騎士長。

 しかし騎士長の体力バーは1本分減っていた。


「坊っちゃん、参りました。まさかこんなに早くに一本取られるとは思っても見ませんでした」


 兄様の変態が解けた。


「マッスール騎士長。ありがとう。帰ってきたらまた手合わせお願いします」


「今度は負けませんよ?」


「その時は僕も もっと強くなっていると思うよ」


「それは楽しみだ!」


 笑いあう二人。


「おにいちゃま。もえてたねー」


「ええ、燃えてたわね」


 アイリは面白かったようだ。

 アイリが楽しめたなら、私にも不満はない。

 要はヒーローショーだよね。


 静かにしているヘレンの方に振り向けば、ヘレンは泣いていた。


「妹の愛が兄に奇跡を! なんて美しい兄妹愛なの!」


 ヘレンさんもう突っ込むの止めます。

 好きに感動して下さい。

 私はどっと疲れたのだった。


 その日の夕食はお祝いだった。

 勝敗に関係無く、兄様は明日王都に出立する。

 今日の勝利はごちそうを一層美味しくしたであろう、私以外は。


 私は兄様の私への想いが強すぎで げんなりしている。


「おねーちゃま、げんきだちて」(元気出して)


 あぁ アイリ優しくて可愛い!

 この言葉に私は癒やされたのだった。


 次の日、私は最後の妹分補給任務を完遂した。

 名残惜しんだ兄様がなかなか離してくれずに困ったけど、5分経って周囲に急かされ、ようやく私を開放してくれた。

 相変わらずヘレンは美しい兄妹愛?に感動していた。

 そんなヘレンをアイリは慰めていた。

 アイリ可愛すぎる。

 こうして兄様は同行する従者、騎士キントレーと共に王都に旅立って行った。

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