第5話 【空を飛ぶNew Body】






「ソウルメモリ正常に起動しました。自動姿勢制御、高度1万メートルを維持。通信感度良好、座標補足完了。システムオールグリーン。これより稼働試験を開始します。マスター! 起きてくださーい! 」


 ……目が覚めると、眼下には緑と赤い結晶の蔓延はびこった地上の姿が広がっていた。


 足下に地面は……俺が立てるような足場は無いのに落ちる気配は一向にない。


「……ここどこぉ!? 」

「あ、起きましたね。状況を説明しましょう……」


 ユグドラシルは様々なことを教えてくれた。


 俺の主観では先ほどまで月に居て、突然ここに移動した。が、実際はそれなりの時間がたっていること。


 俺の肉体が死んだこと……一時的にケンゴウに移植していた俺の精神をそのまま保存し、本来量産機でダウングレードされていたケンゴウの改修を行いワンオフ機と化したこと。


 これにより体が多少損傷するのは構わないが大半の部品は加工が面倒なので被弾は極力避けてくれとのこと。


 他には視界にある数値の説明を受けたり自分がユグドラシルの開発者マスターの子孫だということが教えられた。


「最初はしばらく私が操縦していくつかのテストをするので顔以外動かないと思います。なので景色でも楽しんでて下さい」


 背中にある大型スラスターが甲高い音を立てながら加速して行く。


 少し前まで眼下に広がっていた大きな山脈がもう見えなくなった。恐らく通り過ぎたのだろう。


 一体どれほどの速度が出ているのかと思い速度計見てみると、速度は時速2000キロを超えている。

 だがユグドラシルは未だに加速を続ける。


「ちょっと……ユグドラシルさん? どこまで加速するんですか!? 」

「まだまだ準備運動ですよ! 」


 俺はこの後、ユグドラシルの言葉通りここまでが準備運動だったことを思い知ることになる。


「うわぁぁああああ!?」

「フハハハ! 流石私が珍しく本気で作った機体! 反応速度が段違いですよぉ!! 」


 ユグドラシルは速度を一切落とさずビル群の間を縫っていく。


 ふと後ろを見てみると俺の通った後には結晶がばら撒かれていた。

 ビルの壁を見ると、線の様に薄くなっている所がある。恐らくそこから剥がれ落ちたのだろう。


 だがそんな景色も物の数秒で過ぎ去っていく。

 あまりの速さにそろそろ目を回しそうになっていると、ユグドラシルはビル群を抜けほんの少し速度を落とした。


「よ……よかった……ようやく地に足が着けられる……」

「何言ってるんですか? これからが本番ですよ? 」


 そう言うと背中の大型スラスターは下にその口を向け、今までと比べ物にならないほどの勢いで噴射を始めた。


「えぇ……? ちょっと……まだ何かやるんですかぁ!? 」


 俺のこんな声はスラスターの噴射音に紛れてユグドラシルのは聞こえなかった……と言うのが本人の言い分だ。


 でも多分絶対聞こえていて楽しんでたよね……?






 __________






 “装甲の耐久テスト”と称して大気圏を行ったり来たりし、地球を一周しつつ各地に点在するTCSツリー・ケイブ・システムを見て回った。


「南極にはTCSが無いみたいだけど何で無いんだ? 」


 最初の内は絶叫してばっかりの俺だったが半日も飛んでいる内に慣れ、景色を見ながらユグドラシルと会話をすることも出来るようになった。


「南極には敵性ロボットの生産施設があるんですよ。昔キッチリ潰したと思ったんですけどいつの間にか復活してたんですよね。さ、着陸しますよ」


 そう言うと、ユグドラシルは俺の体を地上に着陸させた。


 地図を見ると、どうやらここは富士山と言う山の頂上付近らしい。


「一通り必要なデータは揃いました。自動操縦を解除したので、ここからはあなたの操縦で頑張ってみて下さい」

「うぉっ……あぁ。分かった」


 話している途中に、突然体の感覚が帰ってきた。

 久しぶりに感じた地上の安心感と重力にバランスを崩しそうになったが何とか耐えた。


 ユグドラシルの操作で性能を見せつけられた体を自分の意志で体を動かしていく。


 ジャンプしてみたり走ったりシャドーボクシングをしてみたり側転してみたり……


「力の調整は結構簡単に出来るんだな」


 少し積もっている結晶を蹴ってどけ、足下に落ちていた小石をヒョイと拾う。

 最初は握るのがやっとの程度の力にし、だんだん力を込めていく。

 しばらくするとパキッという音と共に石にヒビが入ったところで止める。


 一通り体の調子を確認したところでユグドラシルが声を掛けてくる。


「風が止みました。飛ぶなら今ですよ」


 そう促され自分の意志で背中のスラスターを起動する。


 無音だったスラスターは俺の指令によって動きだし、甲高い唸り声を上げ始める。

 それなりの温度になり、一部のパーツが赤熱化した頃に燃焼剤が送り込まれる。


 山肌を背に空へ飛び立とうとスラスターを吹かせると結晶がボロボロと剥がれ、飛んでいく。


 結晶が剥がれ、露出した地面が溶けだした頃にようやく俺は再び大空へと飛び出した。


「一気に加速すればすぐに離陸出来るのに……もしかしてビビっちゃったんですかぁ~? 」


 うっ……確かにうっかり操作ミスをしたときが怖くて結構速度を絞ったけど……


「まだ感覚が掴めないんだから仕方ないだろぉ~? 」

「まぁ……それもそうですね。もうしばらくゆっくり飛んでて下さい」


 俺の言葉をユグドラシルは以外に素っ気なく受け流した。


 まぁ……言われたとおりゆっくり飛ぶとしますか。


 俺は時速三桁程度で富士山周辺の空を飛ぶ。

 時々バレルロール等の激しい動きを織り交ぜながら目的もなく飛んでいた。


 海の方に飛んでいくと、少しずつ向かい風が強くなっていった。


「この辺で引き返しとくか……」


 そう呟きながら体を180°反転させ、背を海へと向ける。



 早く陸地のあるところに帰りたい……



 そう思ったのが良かったのか悪かったのか分からないが……突如背後から突風が襲ってきたのだ。


「うぉっ!? ちょっ! ちょ! うわぁぁぁぁぁああ! 」


 錐揉きりみ回転をする中で何度か体勢を整えようとするも、勢いが付きすぎているのに加えて止め方が一切分からない。


 気が付くと高度がかなり下がっており、その進路は富士山近くの森へと向かっていた。


「せめて足から行きたかった……! 」


 俺はそう呟きながら、結晶まみれの元森へと墜落していくのだった……






 __________






「まぁ……それもそうですね。もうしばらくゆっくり飛んでて下さい」


 ユグドラシルは今のマスターである満木みつき幸介こうすけの言葉にこう返した。


 ユグドラシルがこんな返事をしたのは“とある情報”を聞かされたからだ。


 それをユグドラシルのアンドロイドに向かって話すのはTCS内警備を行っているロボットの一つだ。


『子供は母親を守り死亡、目の前で息子を殺された母親は……』

「はいはい、分かりました。このログは消しておきましょうね~。それよりもこの男を……いえ、依頼者を探す方が賢明ですかね。……あと、秋本あきもと和彦かずひこに中途半端な知識を与えたのは失敗かもしれませんね」


 警備ロボットの話を中断させ、ユグドラシルは再び考え込む。


『うぉっ!? ちょっ! ちょ! うわぁぁぁぁぁああ! 』


 すると今のマスター満木幸介が絶叫する声が突然聞こえて来た。


「あ、忘れてた……あの辺はそれなりの速度を出さないと風にやられるんでした……まぁ、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないから大丈夫でしょう! それにパーツも二つ三つありますし! 」






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