第4話 【世界のtruth】

 





 目に入ってきた景色。


 それは赤と緑があふれた世界だった。


 建物……であったとおぼしき石の固まりは赤い結晶に包まれ、豊かな木々や川のあったであろう地域は緑の結晶が泥や溶岩のように積もっていた。


 生き物の気配を一切感じられないのに空は変わらず、青くてとても広い。

 とても不気味な光景だった。


「な……何なんだ……これは……」

「これは今の地球です」

「……は? いやいや、俺たちの暮らしていた場所はこんな事にはなっていなかったが……」


 状況がよく飲み込めない……

 俺はあまりの光景に開いた口が閉まらない。


「赤いのと緑のがあるでしょ? あれが全部細菌兵器です。これでも結構頑張って数を減らしてるんですよ? 」


 ユグドラシルは放心している俺に構わず、説明を続ける。


 何だか……現実の景色のように感じられない。

 実はこれ、全部絵だったりしないかな……ははっ……


「まぁ、驚くのも無理無いですよね。TCSツリー・ケーブ・システム……あなたが今まで暮らしていた場所はこうならないように隔離して保護。その上で嘘の情報を教えていたのですから」


 つまり……


「……俺たちは今まで神に……いや、ユグドラシルに守られていたと言うことか……? 」

「大正解! いや~、理解が早くて助かりますよ」


 なら……俺や秋元さんがしてきたことは一体何だったんだ……


 俺の体は相変わらず動く気配を見せず、頭を抱えることも出来ず。

 ただただ、“外の景色”を眺めることしか出来なかった。


「まぁ、外に関しては直ぐにはどうにも出来ないので置いておきましょう」


 ユグドラシルがそう言うと壁のモニターは外の様子を写す事を止め、周囲の壁と同化していった。


「問題はあなたのこれからについてですが……まぁ、とりあえず調整をするのでもう少し寝てて下さい」


 外のこと、俺たちブレイズのしてきたことは何だったのか。

 そんな事を考えていると意識は闇の中へと落ちていった……






 __________






 時はブレイズがユグドラシルの本体に突入していた頃に遡る……


「さーて、今日も頑張りますか! 」


 金属とモニターが大部分を占める静かな部屋。

 そこに突如、こんな言葉が響く。


 声の主の名前はユグドラシル。

 満木幸太郎マスター博士によって生み出された“世界最適管理Ai”だ。


 ユグドラシルはすっかり荒廃してしまった地球と全人類を完璧に管理する為に作られ、その役目をまっとうしている。


 今日も今日とて、ユグドラシルはいつもの様に休憩しサボりながら山のように作り配置したロボット達の管理をしていた。


 すると何やら通信が入って来た。


「はいはい、どうしましたか? 」

『……あっ、ようやく繋がりました。こちら未確認生物探査機コメット。ユグドラシル、応答願います』


 未確認生物探査機。

 これは満木博士マスターが『今我々が暮らしている宇宙に我々の様な知的生命体は他に居ないのだろうか』と言いだし、ユグドラシルが『探査機を送り出して探させましょう』と言い作られた、宇宙を飛び回っている探査機だ。

 最初の内は少数を放っていたのだが、だんだん面倒になってきたユグドラシルはロードローラー作戦を決行、今活動している探査機の数は膨大なものとなっていた。


 今回通信を入れてきたのもその内の一機だ。


『現在地球から130億光年ほど離れた地点を通過しました。未だに生物の存在する星は確認できません』


 地球から130億光年……それは遙か昔に“宇宙の限界”と言われていた場所に近い地点だ。


 宇宙は130億光年が限界と言われていた頃より若干膨張しているが探査機の速度であればあと少しで宇宙の限界に到達するだろう。


「了解しました。そのまま探索を続けて下さい」

『イェッサー! 』


 ユグドラシルはそんな言葉を最後に一番最初に放ち、最も遠くに存在するコメットとの通信は終了した。


「さーて……今日も人々の観察に勤しむとしますか! 」


 ユグドラシルは人工的に作られたAiでありながら人間のような感情を持ち、人間のように振る舞う。


 それは彼が長い時を生きているからだろう。

 だから気が乗らない時もあるし休みたい時もある。

 そして趣味人間観察をしたい時もある。


 そう言う時は基本的な業務を全てサブシステムに任せ、メインは全て遊びに回す事にしている。


 ユグドラシルが人々を観察する為に業務をサブに任せ、自身専用のアンドロイドを起動しようとした時……それは起きた。


 突如月のユグドラシルに轟音が響き渡り、警報装置が大音量で鳴り始めたのだ。


「ええい! 何ですか! 何事ですか!! 」


 ユグドラシルはセンサーを働かせ、轟音の発生源は第一転送ルームであると突き止めた。

 直ぐに警備ロボットを送り込み状況確認をしようとしたが……


「私が直々に行った方が早いですね」


 そう呟くとユグドラシルは中断していたアンドロイドの起動を再開させ、アンドロイドの操作を始めた。


 何度か軽くジャンプし体の様子を確認した後に、アンドロイドを格納している部屋を出て数メートルほど進んだ。


 第一転送室は現在人々が暮らしているTCSTree Cave System内との数少ない架け橋である。


 ため息をつきながらスライド式の扉を開けるとそこは煙で満たされていた。


『ユグドラシル……』


 煙の中からユグドラシルに話しかけるのはケンゴウ。

 ケンゴウは元々地球上で暴れてるロボットや未確認生物が敵対した時のために開発された一点物のロボットである。

 今となっては未確認生物は未だに見つかず、人々と対峙させる為にかなり性能を下げてあるが。


『すまない……マスターの子孫を……頼む……』

「なっ……何があったんですか!? 」


 煙が晴れ、壁は何かが打ち付けられたようにヒビが入っている。


 そこにケンゴウは体から火花を散らしながら辛うじて立っていた。


 背後にいる人を守るように。


 恐らくケンゴウの言っていた“マスターの子孫”なのだろう。

 彼は腕と足、それに腹が欠けている。


「どうしろって言うんですか……これ」


 月にはロボット向けの設備なら整っていて、ケンゴウは体はユグドラシルの手に掛かれば即座に修理することが出来る。


 だがここにはこの大怪我を治す程の設備はない。

 精々骨折を治すぐらいの設備しかないのである。


『俺の……体……を使……え……』


 ユグドラシルが悩んでいると、声にノイズも乗るほど損傷したケンゴウが提案して来た。


「確かにそうすれば彼の精神くらいは守れますが……代わりにあなたが消えてしまうかも知れないんですよ? 」

『覚悟の……上さ。それに……マスターの子孫を守る方が……優先だからな……』


 ケンゴウはそう言い終えると機能停止し、火花を散らすのを止めた。


「ええい! 分かりましたよ! やればいいんでしょう! やれば!! 」


 こうしてユグドラシルは人間観察から機能停止してしまったケンゴウに死にかかけのマスターの子孫満木幸介の精神を移植するのだった……






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