第9話 三流役者
今日来た彼は此処が鏡の外であるという事を知っていたのかな? 彼らの住む世界は鏡の国で、今私の居るこの場所が正しい現実だという事を分かっていたのかな? そんな他愛もない冗談はさて置き、私はピョンピョンとカラフルな床の上で飛び跳ねる。
彼はガラス張りの部屋に入れられる前、吠える様にして私に「お前は、僕らの知るクラウンじゃない」と言ったが、それは酷く滑稽だと思うよ。だって彼らに見せるどちらの私も等しく私なんだもの。彼らにとってみれば外見と中身が違うように見え、表裏一体と捉えられることなのかもしれないけれど、それは違う。何故なら私は表裏のない人間だからね。どちらの私も私だから表も裏も関係ない。彼らが表裏を勝手に決めつけて勘違いをしているだけだ。
鏡の前に立ちはだかっていた人形を元の場所に戻し、再び床に描かれた円の上で踊りはじめる。反転した壁はもう元の状態に戻っており、カランカランとカラフルな球たちがレールの上を滑っていた。
『子供は私にその綺麗な笑みを見せていればいい――子供は、私の為に居ればいい』口には決して出しはしないが、私の中にあるその考えがほんの少し歪んだものであることはとうの昔に熟知しているさ。だけどそれを止めることなど誰にも出来やしない。きっと、この世界に居る子供が一人残らずいなくなるまで、私のこの歪んだ考えは一向に収まることなどないだろうね。
しかし、そう思う一方で私は子供が好きな理由を忘れてしまっている。
もしかしたら無邪気な夢を見る子供に憧れているのかもしれないし、私をこんな風にした大人が憎いから子供が好きなのかもしれないし、私の掌で思い通りに遊んでくれるからかもしれないし、私の予想を覆すようなことを仕出かすのが好きなのかもしれないし。私には子供を好きになる要素が多すぎるのだ。
カラフルに彩られた部屋から出て温室に入り何の装飾もない鏡の前に立つと、相変わらず何ら変わりのない『私』の姿が映っていた。
温室の真上では真っ暗闇の夜空に昇る満月が大きな口をガパリと開けて、真下にいる私の事を馬鹿にした様に笑っていた。
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