第4話 三流役者



 きゃあきゃあという子供のはしゃぎ声を背に受けながら、私は彼らの目の前から道化師の如く姿を消して鏡の館という建物の一室に移動する。その館は夢の国の都市部から遠く離れた郊外に立っており、都市部の喧騒や煌びやかな明かりは全く届かない。


 ふぅ、と小さなため息を吐きながら身に纏っていた闇色のマントを放り投げれば、大きな鏡の隣で俯くように立っていた人形が上手くソレを受け止める。そして私の眼に飛び込んでくるのは、部屋の中央に置かれた安楽椅子と原色や蛍光色を大量に取り入れた部屋の壁。やはりこれは目が痛くなるから塗り替えたほうがいいなぁ。そう思いながら天井を見上げれば、この部屋には似つかわしくない真っ白な羽を持った天使達が描かれている。その絵は紛れもなく私の趣味だ。


 カラン、といくつもあるカラフルな球が部屋の壁に付けられているレールの上を移動すれば、それと連動するように部屋の隅に置かれてあった人形がカタカタと動きだし、私に飲み物を差し出す。その飲み物を私が受け取れば人形は元の位置へと戻り、制止した。


 今晩この夢の国に連れて来る事が出来た子供はたった一人だけだったけれど、一人も連れてこられなかったよりもずっとよかったな、と自分は思う。というより、そんなくだらない物事を考えるのは自分しかいないか。夢の国にとってバカバカしい思考を排除し、人形から受け取った飲み物を喉に通して部屋の中央にあった安楽椅子に身体を預けた。


 私が今いるこの部屋は、夢の国へ来るのと同じで場所さえ知っていれば何処からでも来ることはできる場所。しかし、その場所についたという自覚がなければ意味のないもの。勿論それは此処の場所だけに限らず全ての場所にも言えるはずだ。何故なら偶然などで特定の場所に行けるなどありえないからである。


 自分の行きたい場所に行くためには決められた道筋を通り、その場所に着いたという自覚がなければならない。故に何処からでもこの部屋に来ることはできるけれど、この部屋にたどり着いたという自覚がなければ着いたことにはならない。


 それなのにも関わらず、最近この部屋に招かれる子供の数が増えてきている気がする。私が此処に長く居座り続けてしまったせいもあるが、少なからず彼らが此処にある物に興味を示しているのは明らかだ。


 ニンマリと唇を上げて眼を細めれば、侵入者がやってきたことを示すランプがチカチカと光り出す。そうか、今日もまた誰かがこの屋敷に入ってきたみたいだね。座っていた安楽椅子から立ち上がり、部屋の中にたててある大きな鏡とは別に、壁に掛けてあった一枚の手鏡を掴む。そしてそれをのぞきこめば、私の顔の代わりに綺麗な金色の髪をなびかせる少女が一人、この屋敷の廊下を歩んでいる姿が映った。


 楽しそうに手鏡の中を眺める私の姿を、天井に描かれた天使達が無表情で見降ろしていた。




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