第3話 偽物少年B


 行き場所のない俺が何時ものように紅いレンガ造りの石畳に腰を降ろして爪を齧っていると、「やあい、やあい」と大声で人を呼ぶ声が聞こえた。今は人が眠りに着く夜だというのに一体この人物は何をしたいのだろうかと不思議に思ったが、そんなワケの分からない奴に関わりたくないので俺は動かず、自分の爪を噛み続ける。


 しかしその人物は俺が居ることを知っているのか、声がどんどん俺の居る方へと近付いてくる。そしてソイツはとうとう俺の前に現れた。真夜中の街で大声をあげるソイツの姿は闇色のコートを羽織る十二、三歳ほどのあまり目にすることのない(俺にしてみれば)大きな子供だった。


 いや、どうせこいつも子供の姿をした大人だろう。だって、こいつは俺を見るなり嫌味のように「おやおや、まだ眠っていない子供がいたなんてね」と、子供らしからぬことを言ったんだもの。


 だが俺はそんな言葉よりもソイツの異様さに深く眉を潜めていた。小児科・伝染病に感染してからの見た目の変化は個人差があるから気にしないものとしても、コイツの雰囲気は俺達の物とまるで違う。例えるならば、中に秘められている部分が悪魔を罠にはめた悪賢い男ジャック・オ・ランタンのように不気味で、不愉快なのだ。傍にいるだけで虫唾が走るぐらいに。


「俺は子供じゃない。子供になった大人だ」


 作った笑顔を向けながら俺を馬鹿にするようなことを言ったソイツに反論すれば、ソイツは作った笑顔を引っ込めて、さっきまでとはあきらかに違う柔らかな笑みを俺に向けた。


 その瞬間、ソイツの第一印象として確立していた鬱陶しさや恐ろしさ、それに不気味さなどが跡形もなく綺麗になくなってしまった。残ったのはその笑みから導き出される好印象ばかり。その後ソイツは自らをクラウンと名乗り、俺を夢の国へ招待する等と言って俺を見知らぬ土地に連れてきた。


 それからしばらく闇夜に佇む灰色の街を歩いて見えてきた物は、真夜中なのにも関わらず眩いばかりの光を出し続けているテーマパークだった。そこには遊園地のように観覧車も、ジェットコースターも、とにかくありとあらゆる遊具が設けられているのがすぐに分った。


「此処が……夢の国?」


 こんな場所が在ったことを知らなかった俺がクラウンに尋ねれば、クラウンは「そうとも此処が夢の国。知っている人なら誰でも来る事が出来るけれど、知らなければ誰も来る事ができない特別な場所なのさ」と教えてくれた。


 クラウンと俺が門をくぐってその中へ入ると、夜なのにもかかわらず子供たちがきらきらとした笑顔を見せてクラウンの元へ駆け寄ってきた。きっと彼らも俺と同じで大人が子供になった奴らなのだろうが、彼らの浮かべる笑顔が本当の子供が浮かべるものと同じに俺には見えた。大人ならもっと作った笑みを見せる筈なのに、どうしてこんなにも純粋な笑顔を見せるのだろう。


 クラウンの周りに集まる子供達は口々に「おかえり」と言ってから、クラウンの後ろにいた俺を見て「初めまして」とにこやかに微笑む。その笑顔もやはり子供の笑顔と同じで、俺も無意識のうちに笑顔を返してしまう。


「ただいま。みんな、今日も今日とて此処は楽しい夢の国かい?」


 クラウンがお決まりのような台詞を彼らに言えば、子供たちは目線をかわし、一斉に明るい声で「楽しいよ」と返事をした。そんな子供たちの元気のよい声を聞いて気を良くしたクラウンは、一番己にくっついていた子供の頭を撫で、ぎゅっと抱きしめている。それを見た俺は、抱きしめられるその子供がうらやましくなったのと同時に本当にクラウンは子供が好きで、好きで仕方がないのだなと改めて知ることが出来た。そうでなければこんな大層な夢の国を作るワケも無く、嬉しそうに子供と戯れるワケも無い。


「夢の国には遊具だけではなく水族館も、美術館も、テレビ局も、動物園もはたまた山も海も湖も、何だってあるよ。此処から見える一番高い筒状の建物はショッピングモールで、周りに連なるホテルのような建物は此処に住まう子供たちの住居。此処が気に入ったのならあそこに行って住む場所を貰うといいよ」


 にこやかにクラウンがそう言うと、ピンクのワンピースを着た女の子が現れて「住居の案内をするから、一緒に行きましょう」と俺の手を引っ張る。彼女の左の薬指には小粒のアメジストが埋め込まれた銀の指輪が付けられていたことから彼女が結婚している事が分かった。


 ふと空を見上げれば、憎たらしいほどにニヤニヤ笑っている三日月が、雲に隠れて見えなくなっていた。



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