木を基調に扱われた茶色の部屋に居るのは白い子供が二人と、白衣を着た男が一人。白い子供の方は勿論、ホムンクルスである。


「たっ、助けてくれヨエルっ!」


 叫び声を上げているのは白衣を着た男、カイリ。彼の目の前に今立っているのは白い子供であるセヴン。そして彼がヨエルと呼んだ白い子供は、嗚咽を凝らしながら泣いていた。セヴンの紅い瞳に睨みつけられるカイリの足下には、小さくて黒い、マリアが持っていた物と同じ無線機が無残な状態で放置されている。


「カイリの嘘吐き……。私を捨てないって言ったのに、人間にまだ恋い焦がれているのね。しかも私たちの導き手でもあるセヴンのモノに手を出すなんて!」

「違うんだヨエル!」


 慈悲を請うように、カイリは泣き続けるヨエルの元に縋りつこうとする。しかしそんな彼の行き先を、セヴンは妨げた。


「違わないよ、カイリ。僕たちの同胞でもあるヨエルに嘘を吐き、あまつさえ僕のマリアを誘惑した君は、死を持って罰されなくてはいけないんだ」


 そう言いながら、セヴンは持っていたガラスのナイフを彼に見せつける。それを見た瞬間、カイリの顔がサッと青ざめた。


「他の人間と同じように、オレも殺すのか!」


 腰を抜かしたのか、カイリは腰を地面につけて後ずさり、震える。


「そうだね」


 そんな彼を追い詰めるかのようにセヴンは彼の元にゆっくりと歩み寄る。セヴンに握られているガラスのナイフは部屋の蛍光灯に照らされ、キラリと怪しく光った。


「頼むからやめてくれ! 助けてくれヨエルっ!」


 助けて、と叫ぶ大人の姿。それは哀れとしか言いようがなく、それを見つめる子供の姿は無情で、酷く滑稽だった。


「私に嘘を吐くカイリなんて、大嫌いよ!」


 長く伸ばされた白い髪を振り、ヨエルはカイリの言葉を拒否する。それを聞いた彼は更に青ざめ、セヴンはにやにやと笑った。


「残念だったね、カイリ。君はマリーは愚か、自分を唯一守ってくれるヨエルさえも失ったんだ」


 子供らしい笑みを浮かべてそうカイリに言ったセヴンは、持っていたナイフを躊躇なく彼に振り下ろす。


「これでマリーは……僕のモノ」




 独占欲に苛まれることなどないかの様に、子供は笑う。





     †





『僕らはヒトを愛する事が許されるのでしょうか』


 小さく響いたその言葉に、誰一人として興味を示さなかった。





     †





 セヴンの紅色の瞳に映るのは、横たわるカイリの姿。彼の横にはナイフが落ちており、首元からは赤い血が滲み出していた。


「僕は、悪くない」


この男が悪いんだ。僕からマリーを奪おうとするから。それに、僕の同胞であるヨエルをも裏切ったんだもの。その制裁を受けなくちゃいけなかったんだ。


 すっと、セヴンはしゃがみこみ、動かなくなったカイリを指で突ついてみる。が、彼は脈動もしていなければ瞬きもしない。そしてそんな事をするセヴンの後ろでは相変わらずヨエルが泣いていた。


「ちゃんと、マリアとの約束は守ってるんだよ?」


 カイリを殺めたのはマリーの為じゃない。僕と、ヨエルの為だ。それなのに……どうしてだろう。僕に見えるのはマリーの泣き顔なんだろう。


 じわりとセヴンの眼もとに涙が溜まり、頬へと下がる。


「貴方も泣いているの?」


 セヴンの背後で泣いていたヨエルが、セヴン肩に手を置きそう問いかける。ヨエルの頬にも、セヴンと同じように涙が伝っていた。


「うん。泣いているみたいだ」


 そっと自分の頬に伝う涙を拭き取り、ヨエルの顔を見たセヴン。するとヨエルはクス、と笑みを浮かべてセヴンを見つめ返す。


「僕らは、ヒトを愛せるのかな?」

「私は、愛していたわ」


 悲しげに笑うヨエルはセヴンの肩から手を離し、床に伏して動かなくなったカイリを愛おしそうに抱きしめる。一瞬、カイリを抱きしめるヨエルの姿がマリアに見えたセヴンは目を擦る。しかし、そこに居るのはマリアではなくヨエルで、セヴンはホッと安堵の息を吐いた。


「愛しているから、裏切られた時に憎くなるのよ」

「…そういうものなのかな? 僕はマリーを愛しているから、許したよ」

「だけど、貴方はカイリを許さなかったでしょう? 同じことだわ」

「ふぅん、そういうものなんだ」


 動かないカイリを愛おしそうに抱きしめるヨエルに相槌を打ち、セヴンはしゃがんでいた体を立ち上がらせる。


「それじゃあ僕は失礼するね」

「ええ。次会う時を楽しみにしているわ」


 カイリを抱きしめるヨエルは微笑みながらそう言って、部屋から出て行くセヴンを見つめた。しかし、笑顔を浮かべるヨエルの心中は決して穏やかなものでは無かった。


 憎い、憎い、憎い。カイリが私を裏切った。せっかく私が彼を救ってあげたのに、彼はソレを仇で返した――


 部屋の中に残されたヨエルはセヴンが置いていった、カイリの血がついたガラスのナイフを掴む。


 嗚呼、消えないこの憎しみは、一体何に向ければ良いのだろう。





 ぺたぺたという足音を立てながら冷たい金属の床を歩き、「キィ…」と重たい金属の扉を開けてそこからマリアの居る部屋に入ってきたのは、服に少し赤いシミを付けたセヴンだった。


「一体どうしたの…?」


 部屋のソファーに座っていた彼女は心配そうにセヴンに駆け寄るが、セヴンは「何でもないよ」と笑って誤魔化す。


 マリアはセヴンがカイリを傷つけに行ったのでは…と一瞬嫌な想像をしたが、自分の為にヒトを殺さないとちゃんと約束したのだから、それはあり得ないだろうと思い直した。


「……眠い」


 いきなりポツリとそう言ったセヴンは、ソファーに座っていたマリアに全体重を掛けて倒れこむ。


「え…?」


 まさかセヴンが倒れこんでくるとは思わなかったマリアは声を上げて、倒れるセヴンの体を支えたが、いきなりの事だったため、マリアもセヴンにつられて倒れてしまう。


「……大丈夫?」


 倒れた身体を起こし、マリアは一緒に倒れたセヴンを揺さぶる。しかし一切セヴンの反応は見られない。呼吸を確かめてみると、思っていたより普通に呼吸をしていたため、マリアはホッと息を吐いた。


「こうして眠っていれば、唯の子供なのにね…」


 サラリとセヴンの白髪に指を滑らせてからマリアは立ち上がり、セヴンをベッドへと移動させる。すると、「キィ……」という金属音が部屋に響き、廊下と此処の部屋を繋ぐ扉が少し開かれた。その開けられた扉の隙間から顔を出したのは、長くて白い髪をしたホムンクルスの子供だった。


「だれ……?」


 見たことのないホムンクルスの子供に向って、マリアはそう問いかけた。するとその子はマリアの存在に気付いたようで、彼女の方に顔を向ける。


「私はヨエル。貴女が、マリー?」


 自らの名前を明かし、マリアの名を問うヨエル。


「ええ、私がマリアよ…?」


 そう言えばカイリが担当していたホムンクルスの子の名前もヨエルじゃなかったかしら? それを思い出したマリアは、「カイリはどうしたの?」と尋ねようとしたが、ヨエルが持っている物に気付き口を閉ざした。一方ゆっくりと扉から離れ、マリアに歩み寄るヨエルの手に握られているのは、セヴンが何時も持っていたナイフ。そしてヨエルが一歩、二歩とマリアの方に行くたびに、握られたそのナイフが蛍光灯の光に反射してキラリと光った。


「憎しみがね、どうしても消えないの」


 思いつめた顔をしながら呟いたヨエルに、何かを感じたのだろう。マリアは自らの手を、ヨエルに向かってそっと手を差し伸べた。




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造られた子供たち 威剣朔也 @iturugi398

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