それからどれくらい時間が過ぎたか分らない。マリアとセヴンの居る窓のない部屋では今が朝なのか、昼なのか、それとも夜なのか全く分からないのだ。


 顔を俯かせ、腕に時計が付けられていない事を再確認したマリアは自分のずぼらさを責めた。何故なら彼女は時間に縛られた生活をするのがどうも嫌で。生まれてこのかた携帯電話以外の時計の機能が付いた物を持ち歩いた試しがないのだ。


 ふぅ……、と深いため息を吐き、彼女は自分の目の前に立つ白い子供、セヴンを見つめる。


「部屋から抜け出ても、すぐ僕に分かるからね」


 それを聞いた途端、彼女は少し前にセヴンが言っていた言葉を思い出した。


「僕らホムンクルスは生き伸びる為に一つの能力を持っているんだ。その能力とは僕らに組み込まれたプログラムの共有および、自分が観賞した記憶の共有。だから僕は字も読めるようになったし、他の施設で造られたホムンクルス達が此処を壊しに来る事も分かったんだ」


 その時そう言ったセヴンの表情は真剣そのものだったのを彼女はとてもよく覚えていた。それにセヴンが言った事が本当でなかったら、密室空間の中で何かを知るなんてことはできない。それは今、その状態に置かれているマリアが一番分かっている。


 しかも何時でも意識を共有できるという事は、マリアがこの部屋から出られたとしても、途中で他のホムンクルスに会ったりしてしまえば、その事がすぐにセヴンにばれてしまうという事だ。


 そして一人掛けのソファーに座るマリアから離れ、セヴンは金属質の扉を開いた。


「じゃあ、行ってくるね」


 彼女に向けていた眼差しを笑みに変え、セヴンはマリアが残る部屋の扉を閉める。ポツンと残されたマリアは、自分が取り残された部屋を見渡して、まるでセヴンと自分の立場が逆転した様になったと感じた。


 相変わらず白いカーペットには無数に輝く物質が散らばっており、その上には枯れた紅い椿の花が落ちていた。そう、此処は以前と変わらずセヴンが居たあの真っ白な部屋なのだ。


 赤黒いシミが残っている筈の壁は彼らの知識を応用した完璧なシミ抜きが施されており、もとの真っ白な壁に戻っていた。しかしこの部屋に居る限りあの惨状を思い起こさせることは確かである。


 その惨状を思い出したマリアは、ボスン、と大きな白いベッドに転がり、あおむけになって天井を見上げた。


 真っ白なソファー、真っ白なカーペット、真っ白なベッド、真っ白な天井、真っ白な服、真っ白なウサギのぬいぐるみ、亜麻色の髪。自分の髪以外全て真っ白な密室空間。セヴンの場合、自分ですら白かったのだから、この光景を一体どう思ったのだろう。


(溶け込めるかもしれない?)


 一瞬そう思ったが、すぐにその考えを捨て去った。何故ならセヴンは子供の感性をプログラムされたホムンクルスである。そんな大人びたことを考える筈がない。それではセヴンはこの白さをどう感じたのだろうか? いくら考えて見ても決して答えにたどり着くことのないその問題に、マリアは短くため息を吐いた。


 私は何時の間に、こんなにも大人になっていたの?


 子供らしい考えが出来なくなったのは何時頃だっただろうか。ふと思い返してみれば、私は就職したこの研究所で日夜を問わず働き、実験にいそしみ、成果を出し、再び新たな研究に取り組んで、息をつく暇もなかった。子供のころに夢見ていた研究者はこんなにも慌ただしいものだった? そもそも私の将来の夢はなんだったの? そう考えながら、それすらも思い出す事が出来ない自分にマリアは驚く。


「もう、此処から出ることが出来ないのだから、淡い夢を見るのは止めろということなの?」


 過去を思い出させようとしない自分の頭にそう聞いてみるが、勿論返事が返って来る事はなく、マリアは重たくなった瞼を下ろす。




 真っ白な密室の中に居る彼女は、深い眠りにつく。




     †




『地球に住むヒトは、個人のモノ以外すべて消し去ったよ』

『それは本当か?』

『本当だとも!』

『これで私達も自由なのね』

『そうさ。そして我らはこの世界をも手に入れたのだ』

『これから我々がこの世界を繁栄させていかなければならない』

『しかし、ヒトと同じ道を歩まぬようにだ』

『そう、自らの傑作に足をすくわれぬように』

『そんな愚かな存在にならないようにね』


 ヒトの物だった世界は、ヒトの手で造られたモノの世界になっていた。


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