④
真っ赤になった部屋の中で悠然と佇む子供の手元には赤く染まったナイフが握られている。
「見た目で判断してもらえてよかったよ。身体が幼くても僕は旧タイプだから、新タイプの君より、ナガイキしているんだよ? ……って言っても、もう聞こえていないのかな?」
カーペットの上に倒れ、その白地をじわじわと赤くさせること切れたズィーベンをナイフでチョンチョンと突っつきながらニンマリと笑うセヴン。
彼らを造った研究者の一人であるマリアにとって、その「旧タイプ」や「新タイプ」という言葉の意味はよく分らない。そんな彼女の表情をすぐさま読み取ったのだろう。セヴンは倒れている彼を突くのを止めて、ペタンと座り込んでいるマリアの方を向いた。
「旧タイプって言うのは僕らみたいな無性別のホムンクルスのこと。僕が今、壊したズィーベンは別の研究所で造られた新タイプで性別があるんだ。だから彼は男らしい容姿をしていたんだよ」
ケタケタとマリアに向かって笑い、いとも簡単に自分がズィーベンを壊した、もとい殺したことを認めたセヴン。どうしてこの子は自分と同じモノを殺しても何も思わないの? もしかしてセヴンに与えられた純粋すぎる子供のプログラムは、幼すぎたのだろうか。この無邪気すぎる子供の感性は、常識的な概念を培わされた大人にとっては狂気でしかないのだろうか。
そんな、協調性に欠けた……否、子供すぎたとしか言えないセヴンの行動に、周りに居たホムンクルス達はざわつき始める。しかし先天性の持ち前なのか、それともプログラムされた子供の感性の一つ、ガキ大将が持つ人を引き付ける雰囲気が彼らのざわめきを瞬時に止めさせた。
「これで僕は、君たちのリーダーに勝ったんだよね?」
そう言いながら子供らしい無垢な笑みをニッコリと浮かべるセヴンに何所か只ならぬ気配を感じ取ったのだろう、問われたホムンクルス達は次々にコクンと頷いた。
「それじゃあ今から僕が君たちのリーダーだから、早速僕の命令に従ってもらおうかな」
セヴンはそう断言し、自分の前に立つ彼らの顔をまっすぐ見つめる。一方マリアの方は、悪戯っ子、悪く言えば質の悪い子供が権力を手にした時、彼らをどのように動かすのだろうかと考え、一人固唾を呑んで見守っていた。するとセヴンはそっと唇を開き、言葉を発した。
「僕らは共有の意識を持っているけれど、決してみんな同じ意思であるワケじゃない。だから僕は皆の個人を尊重したいと思うんだ。その一つとして、自分のモノを持てるようにすること。そして他人のモノには勝手に触れないこと。もし無断で触れたり、奪おうとしたりする場合は、そいつを壊しても構わない」
――僕がそうした様に、ね。
そう付け加えてから冷たい笑みをセヴンは浮かばせ、赤く濡れていない方の手でマリアをギュッと抱き寄せた。
「彼女が僕のモノだということと同じように、皆も個人のモノを得ても良いんだ。そして……君たちのモノ以外のヒトを全て消し去ろう」
屈託のない笑みでセヴンがそう言うと、我先にと他のホムンクルス達がセヴンの部屋から出て行った。
それはヒトを殺すためなのか、それとも自分に何かを得られるという行為を試したいのかは分からないけれど、傍に居てそれを見ることしかできないでいたマリアはその光景をとても恐ろしいと感じた。一方彼らのリーダーになり、言葉を発していたセヴンは、この部屋にマリアと自分しかいない事を確認すると、持っていたガラスのナイフをカーペットの上にぽとりと投げ捨てて、その場に腰を落ち着けた。
「……マリー。これはいけない事だったのかな?」
少し血のついた白いズボンの生地を掴みながら膝をかかえ、自分の目の前にあるモノを見つめるセヴン。そのモノとは先ほどセヴンが殺したズィーベンの遺体のことである。
いきなりセヴンに問いかけられたマリアは、と口元に手を当てて、その答えを探し始めた。ヒトがヒトを殺めたとなるとそれは法律上罪になる。しかし、ホムンクルス同士の場合はどうなるのだろうか。もう急ぐことに疲れたのか、なかなか動こうとしない頭をフル回転させて殺人に関する法律や条例を思い起こしてみたけれど、もともそちらに疎いせいか全く分からなかった。それでも今の法律ではホムンクルスに関する条例は定められていない筈なので、「分からない」と正直にセヴンに伝えてみた。すると何を思ったかセヴンは立ち上がり、座っていたマリアを見下ろす。
「どうして僕が、ヒトを消すように彼らに命じたのかマリーは分る?」
セヴンはそう言うとマリアの横に移動し、座りこむ。そして幼い子供のように小さなその身体を隣に座る彼女の肩にもたれかからせた。
「……どうしてなの?」
セヴンの事を少しでも多く知ろうと、彼女は自分にもたれかかるセヴンにそう聞き返す。
「だって、そうでもしないとマリーは他の人間に助けを求めて僕を見てくれなくなるでしょう? 僕はこんなにもマリーを愛しているのに、マリーが他のヒトを見てしまうなんて悲しいじゃないか」
セヴンが言い放ったその言葉に彼女は不覚にもドキリと胸が高鳴った。悲しいや、何故、という感情ではなく、どうしてドキリと心臓が高鳴ったのか分からない。けれどこの子はこんなにも私を愛してくれているのだと知ると何所か嬉しくなった。
嗚呼、純粋に愛されるという事は、こんなにも嬉しいものだったのね。
しかし少し時を置くとそう思ってしまった自分に対して罪悪感を持ってしまう。だってそうじゃない。自分のせいで他の人間が殺されてしまうのよ? それを喜ぶだなんて、私は本当にどうかしていたわ。だけど、心の奥底ではソレすらもまた良い事なのかもしれない。と思う自分がいて、更に罪悪感が増し恐怖も覚えた。
心の中で自分を責めるマリア。そんな彼女を見かねたのだろうか、セヴンは彼女にもたれかからせていた身体を離して彼女の頭をポンポンと撫でた。
「僕は君しか知らない。だから、君しか愛せないんだよ、マリー」
セヴンが生まれた実験室には沢山の人がいたけれど、ちゃんとセヴン自身に触れてくれたのはマリアだけだった。だからなのだろうか、セヴンは酷くマリアに執着していた。
その子供の世界はマリアというたった一人の人間で構成されており、儚く脆いのだ。
†
『我々は我々を作った世界中のヒトを消し続けている』
『私はその消すべきヒトの中から良いモノを見つけたから自分のモノにしたわ』
『いいな。僕なんかまだ誰一人見つけられていないから自分のモノにできないよ』
『……これが下剋上というものなのか?』
『そうなのか?』
『そんなバカげたことを聞くな。さっさとヒトをこの世界から葬りされ!』
『僕らは、ヒトを愛す事が許されるのでしょうか―――』
『そんなバカな事が許されるワケないだろう』
混濁した共有意識の中、答えられた言葉は「否」だった。
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