第55話 隠し部屋×研究所×眠り少年少女
那月たちのように閉じ込められたわけでもない陽たちBチームが取り決めていた探索時間を経過しても哲哉に連絡をしなかったのは単純な話で、Bチームもまた後戻りできない状況下に陥っていたからである。
陽の能力で風の足場を作って作業に当たっていた三人は廊下の壁や庭に置かれた岩などを中心に調べていた。壁や庭に重きを置いたのは隠し扉と同様に起動させるスイッチもまた巧妙に隠されていると考えたからだ。木を隠すなら森の中、という言葉があるように、彼らがいる部屋ならば自然の物をカモフラージュとするのが一番隠密性が高くなる。そうして各自がスイッチを探して見事に発見することが出来たまでは順調だった。
問題が起きたのは発見後。スイッチを起動するな否や傍の壁が反転して三人の体を引き摺り込んだのである。反転した扉は何事もなかったかのように元の姿に戻ってビクともしなくなった。隠し扉には付き物と言える典型的なトラブルパターンだ。
隠し扉の向こう側は暗闇に覆われていた。
「随分と暗いですね……」
「目が慣れるまでは動くなよ」
陽の言葉に従って眼が暗闇に慣れるまで時を待つ。眼が暗闇に慣れていくことで視界が少しずつ晴れていく。
「少しずつ見えるようになってきましたね」
「それでも探索するには不利になります。もしも奇襲などに合えば一巻の終わりです。……どこかに電気のスイッチでもあればいいのですが……」
最悪を想定した上で発言したイゼッタは視界不良の中で頭上に視線を送る。天井と思われし石壁には電球が等間隔にぶら下がっていた。この部屋が今も現役で稼働しているかは最中でないが、かつては電気が通っていたことの証明だ。
三人は壁に手を這わせてスイッチを探す。すると陽の手に突起物のような堅い物体の感触が伝わってきた。陽はその辺り一帯をくまなく探して、突起物を押し込んだ。すると電球が幾度の明滅をした後にオレンジ色の光を照らした。
部屋に明かりが通ったことで姿を現したのは大きなガラスの筒状をした入れ物だ。大人一人は容易く入れるだろう。
「な、何か物凄く見覚えのある光景なのですが……」
クラリッサは吸血鬼事件の際に訪れた科学特区の研究所を思い出す。ノバルティス博士が残したと思われる詳細不明の計画の調査として彼の息がかかった研究所に踏み込んだ際に見た光景だ。梅巽曰く人工脳の開発で利用した装置に改造をしたものらしい。
「思わぬ形で情報が手に入るか?」
手詰まりになっていた調査に進展があることを願いながら陽は室内を確認していく。片っ端からガラス筒に目を通していく。その全てが空の状態で、他にも一本ずつのガラス筒には番号と年代が記されていた。
「年代と番号の割り振りか……」
それが何を意味するのか、ここが研究所という場所から容易く想像できてしまう。腹の底から込み上げてくる怒りを今にもぶちまけたくなる。一層のこと視線を上げた先にあるガラス筒を破壊すればこの怒りの衝動も少しは和らぐかもしれない。
陽は我を忘れたかのように異能で風の刀を形成しようと集中した。そのタイミングを見計らったかのようにクラリッサから呼びかけられた。陽は暴走しかけていた理性を取り戻す。それから何度かの深呼吸をして心を落ち着かせた後にクラリッサの下へ足を進めた。途中でイゼッタとも合流して一緒に向かう。
研究所の最奥にいたクラリッサは二つ並べられたガラス筒の前に立っていた。
「大きな声を出してどうしたの?」
「あっ、イゼッタさん……」
振り返ったクラリッサはあからさまに元気のない声を出した。その様子に陽とイゼッタは顔を合わせる。
「とりあえずこれを見てください」
クラリッサは身を翻してガラス筒に再度、体を向けた。彼女の動きと声に連動して二人もガラス筒に視線を送った。
二人の視界に映ったのはガラス筒の中で眠る裸の少年少女だった。口に装着された呼吸器が稼働していることから少年少女が生きていることが分かる。
「外見からだと十歳程度みたいですね。どうしますか?」
イゼッタは少年少女の対応を訊いてきた。
「無闇に装置を停止して出すのも危険だ」
「では放置するというのですか⁉」
憤りを見せるクラリッサに対して陽は言葉を続ける。
「話は最後まで聞け。もちろんこの二人は保護する。だが手順を無視して装置を止めて死なせてしまっては意味がないだろうが」
陽は執行者に支給されている携帯機を取り出して操作した後、画面に映し出された人物の名前をクラリッサに見せた。画面には山渕梅巽と表示されている。
「そうか! 山渕博士に教えてもらうのですね!」
「そういうことだ。彼なら手順も把握しているだろうからな」
陽は慣れた手つきで操作していく。携帯機に表示されているのは何も山渕梅巽の名前だけではない。現在時間も表示されている。つまり探索時間が経過していることは一目で分かる状態だ。だがトラブル続きのあまり陽や他の二人も含めて制限時間のことを完全に忘れていた。
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