第54話 来訪者×歴史的人物×同行

 洋館の探索組が様々な現象やトラブルに見舞われている頃、荷物番のくじを引いてエントランスに留守番になった哲哉は暇を持て余していた。当初は旅の疲れと早起きした影響で居眠りしていた彼だが、三十分程度で目を覚ます。それからスマートフォンでゲームやネットを閲覧するも直ぐに飽きが来てしまった。


 時間だけが経過していく。スマートフォンの電源を入れて時間を確認すると、探索から丁度、一時間が経過したところだ。事前の取り決めで探索は一時間で切り上げることになっているはず。探索に夢中になって時間のことを忘れている可能性も否めないが、哲哉としては陽や那月がそんなへまをするとは考えられなかった。合流に遅れるにしても連絡の一つは寄越してくるはずだ。それだけ哲哉が二人に寄せる信頼度は絶大である。


「何かトラブルでもあったのか?」


 一人でいると要らぬ不安が募っていく。一向に回復する気配を見せない天候が不安に拍車をかけてくる。雷鳴が轟いて無数の光が宙を走ると、雷の明滅が洋館内に影を作っては消えた。その僅かな瞬間で哲哉は洋館内を覗き込む人影が窓ガラスに映ったのを見た。小さく悲鳴を漏らしてソファーごとひっくり返った。上半身だけを起き上がらせた哲哉はその姿勢のままソファーを盾代わりにして顔だけを表に出す。相も変わらず明滅を繰り返す雷だが、人影は既にない。


「……見間違えたか?」


 窓から視線を外すことなく全身を起き上がらせた。


「何を見間違えたのですか?」


「あ、いえ。そこの窓に人影が見え――――」


 窓を指差しながら尋ねられたことを答えようとした哲哉はエントランスには自分しかいないことを思い出す。ぎぎぎ、と擬音が付きそうな堅い動きで首を動かしていく。すると視界に入ったのはアッシュブロンドの髪色をした二十代の女性だ。目を奪われてしまう美貌に哲哉は先程までの恐怖が消え失せていた。何より露出度が高い服装から見せる豊満な胸に視線がいってしまう。


 その感動も一瞬で、下火になっていた恐怖が再び再熱した。男の声とは思えない甲高い悲鳴を上げながら女性と距離を取る。


「あ、あ、あんた誰だよ⁉」


 声を震わせながら女性の正体を突き止めようとする。


「怖がらせてしまったみたいで申し訳ありません。私はオルガ=クーリナと申します。漆原陽さんと天瀬那月さんとは良き関係を築かせてもらっています」


 オルガは丁寧な物腰で自己紹介を済ませると、洋館内に視線を巡らせていく。その様子に哲哉は陽たちを探しているのだろうか、と思う一方でオルガ=クーリナと名前に憶えがあった。


(おそらく知っているのは名前だけ。これだけの美人なら一目見ただけでも忘れるはずがない)


 女性に対することには絶対的な自信を持つ哲哉は記憶を絞り込んでいく。名前だけを目にする機会は限られている。一般人である哲哉の情報源はテレビや雑誌の記事。後は学校での授業である。


(学校の授業……⁉)


 歴史の授業を思い出す。それは宗教特区が黎明期と呼ばれていた時代――時代と言ってもほんの数年前の話だが――覇権を巡って争われていた宗教戦争の歴史。その立役者にして戦争の終結に導いた人物の名前がオルガ=クーリナだった。


「“女教王”オルガ=クーリナ! 宗教特区の英雄じゃないか⁉」


 哲哉の声に反応したオルガは振り返って微笑み返した。


「この洋館には貴方一人で……きたはずがありませんよね」


「え? あ、はい。陽たちはもちろん、知り合いを合わせて七人で来ています」


「七人、ですか……」


 オルガは再度、洋館内に視線を送る。その表情は先程までとは打って変わって真剣なもので、険しさすら感じさせる。


「ところで貴方はどうしてエントランスに一人で?」


「俺は荷物番です」


 両肩を下げて落ち込みながら自分が引いた割り箸をオルガに見せた。割り箸の先端に色が塗られていることからくじ引きで担当を決めたとオルガは納得する。


「ですが荷物番でじっとしていても暇でしょう。よろしければ私と洋館内を探索しませんか?」


「したいのはやまやまだけど……」


 纏めて置かれた荷物を見る。当初は荷物番に意味がないと思っていたが、オルガのように来客者が訪れるのなら荷物を放置するのは危険である。


「それでしたら結界を張りましょう。そこら辺りの泥棒では破ることも難しいと思います」


 祈りの言葉を紡いで法術を展開していく。クラリッサが良く見せる淡い白色の光ではなく、焔を彷彿とさせる真っ赤な光だ。赤の光は扉や窓から外へと出ていくと、洋館そのものをドーム状に囲んで幕を張った。赤の光は次第に色を透明へと変化した。


 法術による結界の展開を済ませたオルガは再び哲哉に振り返った。


「これで大丈夫です。それでは探索に向かうとしましょうか」


 哲哉の返答を待つことなくオルガは扉を目指す。哲哉は制止の声をかけるも届かない。このまま彼女だけを行かせることは余計な混乱を招いてしまうかもしれない。オルガの言葉を信じるなら結界を張ったことで来訪者の侵入は難しいだろう。


 哲哉はあらゆる点を考慮した上でオルガと一緒に行動することを選ぶのだった。

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