第49話 “Ⅰ”の扉×鍵×異変

 エントランス一階では計五つの扉がある。その内の一つは正面玄関で、そこを起点に手前と奥の左右にそれぞれ一つずつ。扉にはそれぞれ英数字が当てられており、その下には動物をモチーフとしたレリーフが彫られている。ドアノブ一つにしても複雑な紋様が彫られている辺り洋館の設計者の拘りが強いことが分かる。


 一階を任されたAチームが最初に探索場所として選んだのは手前の左手の扉、“Ⅰ”の英数字が当てられた扉だ。那月が代表としてドアノブを掴んで捻る。誰だって頻繁にする動作にも関わらず、扉一つ開くだけで緊張が走った。


 扉の軋む音が館内に響く。扉の先には一本の廊下が続いていて、右手には等間隔で部屋が当てられており、左手には雨水で濡れた窓が繋がっている。窓に視線を向ければ窓ガラスを滴る雨水越しにAチームの面々の姿が映り、荒れ狂う曇天の空と手入れが行き届いた庭が広がっている。降り止まない雨は十数分の間に大きな水溜まりを作っていた。


 先頭に立つ那月は試しに一番手前にある部屋のドアノブを捻ろうと手を動かした。


「――鍵が閉まっているようね。……まあ、宿泊施設なら当然か。安芸津さん、部屋の鍵はそれぞれに用意されているのかしら?」


「管理人からそのように聞かされています。確か保管場所はフロントで一括管理しているはず……」


 調は宿泊の予約を取る際に管理人から聞かされていた情報を思い出しながら喋っていく。その最中で失態をしたことに気付く。洋館内を探索するにも鍵がなければ制限がかかってしまう。


「私たちも失念していたから同罪よ。それよりも直ぐに気付けて良かったわ。早速、鍵を取りに行きましょう」


 Aチームが踵を返そうと身を翻す。最後尾を歩いていた睦美が自然と先頭になったところで、その彼女が小首を傾げた。


「どうかした、睦美ちゃん?」


「え、あ、はい。……私、扉を閉めたかな? と思いまして」


「扉が閉まっているのだからそうじゃないの?」


「そう……ですよね……。ごめんなさい! 変なこと言ってしまって! さあ、エントランスに向かいましょう」


 元気に声を張り上げることで不安を払った睦美は歩き出した。その足取りが重たそうに見える辺りやせ我慢していることが分かる。それっでも気丈に振る舞うのは彼女なりのプライドなのだろう。後輩だからといって守られている存在でいることは誰だって肩身が狭い気分になるものだ。


 重たい足取りながらもエントランスに続く扉に到着した睦美はドアノブに手を伸ばして捻ろうとするも、何かにぶつかってそれ以上は動かなくなった。何度か繰り返すも改善される様子はない。そこに那月たちも扉の前に到着した。


「……もしかして開かないの?」


 恐る恐る訊いた調に対して睦美は頷いた。まさか、と半信半疑の調は自らドアノブを捻るも同様に途中で動きが止まる。諦めずに何度も繰り返すも鈍い金属音がガチガチと鳴るだけでドアノブが回る気配はない。間違いなく鍵の閉まった扉を開けようとしている感触である。


 睦美と調の血の気が引いて青褪めていく。扉を閉めて鍵を閉めたのが必然的に自分たちではない誰かということになる。そうなると真っ先に浮かぶのはエントランスで待機している哲哉だ。ただ幼い頃から彼を知る那月や睦美からすると哲哉が女性に悪戯するイメージが湧かない。


「とにかく向こう側から開けられないか試してもらうとしよう」


 那月は拳を作って扉を叩きながら哲哉の名前を繰り出す。しかし、反応は一切ない。無視している様子もなく、まるで自分たちのいる場所が別空間に切り離されているかのような感覚だ。当然、確証のない違和感だ。それでも那月が手と声を止めるには十二分だった。


 那月は持ち上げていた拳を下ろしてそのまま顎に添える。その表情は真剣そのもので、それを見た調と睦美は思わず口を噤んでしまう。


「先に進むか、助けが来るのを待つか……。貴方たちはどちらがいい?」


 那月からの問いかけに調と睦美は互いに顔を見合わせた。それから頷き合って考えを同調させると、再び那月に顔を向けた。


「もちろん先に進みます。じっとしているのは性に合いませんから」


 調が代表として声明した。その覚悟に那月も満足な表情を浮かべながら頷く。それから再び踵を返す。


「何がどうなっているのか何一つ分からない状況が一番危険よ。だから慎重に慎重を期して行動しましょうか」


 トラブル事に不慣れな二人に注意喚起をしてから那月は移動を開始した。

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