第50話 鍵の在り処דⅣ”の扉×不可思議な洋館
Aチームが謎の現象に巻き込まれている一方、Aチームを見送ってから探索活動を開始したBチームはエントランスの中央から二階に上りきった所で鍵の存在を思い出した。洋館が宿泊施設であるなら鍵はフロントに一括管理されているだろうと考えて、エントランスの中央から右手にあるフロントに足を運ぶ。綺麗に磨かれた木目の帳場が横一線に広がり、切れ目が入った一部を持ち上げる。本来ならフロントスタッフしか使用できない出入り口だ。
フロントの内側に入った陽たちはまず帳場に目をやる。帳場の下には奥行きがあり、内側からしか見えない構造になっている。外側に流出すると困る物を置く隠し場所的な役割を持っており、宿泊に訪れた客人をもてなして即座に部屋の鍵を渡せるように置き場として利用している所も多い。
帳場の隠し場所には一本の鍵が掛けられていた。それ以外に見当たらない事から鍵がフロントの内側にある扉で使用するものだと考える。そこはフロントスタッフ用の休憩室兼待機室として当てられた部屋だ。
予想は見事的中。鍵穴に差した鍵を捻ると、ガチャ、と解錠された独特の金属音が鳴った。それからドアノブを捻って扉を開いて入室する。壁伝いに手を這わせて電気のスイッチを探り、突起物に接触したところで押し込んだ。
天井から差す人工の光が暗闇の一室を明るく照らした。扉から丁度正面に当たる壁に穴あきの棚が設置されていて、その一つ一つの穴には鍵が置かれている。
陽たちは他の物に目もくれず棚の前に足を運んだ。そこで棚事にネームプレートが貼られていることに気付いた。
「
「室名でしょうか?」
「命名した方には申し訳ありませんが、洋館の宿には不似合いかと」
「た、確かに。どちらかといえば高級旅館にありそうな名前ですよね」
クラリッサとイゼッタは不自然とも取れる室名に興味が惹かれていた。その間で陽の気を惹いていたのは棚全体である。一番上から視線を横に滑らせていき、鍵の有り無しを確認していく。それから後ろを振り返って開かれた扉に視線を送る。その動きにイゼッタがいち早く気づくと、小首を傾げながら陽に訊いた。
「どうかなされましたか?」
「いえ、那月さんたちが鍵を取りに来る気配がないな、と思いまして……」
「鍵のことを忘れているだけでは?」
イゼッタの言葉にクラリッサも同意して頷きを見せる。
「……そうですね。すみません、どうも深読みしてしまう癖があって……」
「ふふふ、執行者である貴方の立場を考えたら致し方ありません。どんな些細な違和感も拾わなければ命に関わることもあるでしょうから」
「イゼッタさんの言う通りです!」
先程と同様にクラリッサはイゼッタに同意を示す。その上で彼女自身も意見を出した。
「ですが陽さんの違和感を無視するのも不安なので、頭の片隅に置いておくだけでもしたほうがいいかと思います」
「余計に不安を与えてしまったみたいで、すまないな」
「大丈夫ですよ。その違和感が吸血鬼事件で何度も私たちを救ってくれたのですから!」
クラリッサの必死な言葉が気遣いからではなく、本心からくるものだと感じ取った陽は素直に彼女の優しさを受け止めた。
「それでは探索活動を再開しましょう」
イゼッタは二階で必要になる鍵と輪になった金具を手に取った。その輪の金具に鍵を一本ずつ通って重なり合い束になっていく。全てを通し終えると金具を閉じて鍵が落ちないように閉じ込めた。それを陽に託す。
「鍵番は陽さんにお任せしますね」
「わかりました。責任を持ってお預かりします」
異能の力を使用して風のチェーンを作り、鍵を束ねる金具と自身の腰帯に繋げて装着した。歩くたびに鍵同士で衝突して煩いのが難点ではあるが、紛失しない利点を考えたら些細な問題だ。
無事に鍵を入手した陽たちはエントランスに戻る。そこでは荷物番として残っていた哲哉が暇を持て余すあまり船を漕いでいる。膝の上に落ちたスマートフォンから睡魔に抵抗した様子が窺えた。居眠りしていては荷物番の役割を熟しているとは到底言えないが、朝早い出発に加えて慣れないメンバーとの移動が緊張となって必要以上に体力を奪ってしまったのだろう。
陽はそれらを配慮して哲哉を起こすことなく通り過ぎて二階に繋がる階段を上った。二階も同様に両左右の前後に一つずつ扉があり、英数字の番号が割り当てられている。
その内の一つ、“Ⅳ”の扉の前に立つ。
「三橋さんを起こさなくてよかったのですか?」
「自分で選んでしまったとはいえ、退屈な荷物番をしてくれている相手を無理矢理起こすのも気が引けるしな。それに熟睡している様子もなかったから近くで物音がたてば目を覚ますだろ」
「彼を信頼なされているのですね」
「……まあ、付き合いは長いからな」
改めて言われることに気恥ずかしさを覚えた陽は顔を逸らす。だが言葉に偽りはない。過酷な幼少時代の経験から常に疑心暗鬼に持つようになり、そのことから学生生活に馴染めない自分を気に掛けてくれたのが哲哉だったからだ。それをきっかけに交友の輪が広がったことに陽は今でも感謝している。
扉を開いてお披露目となった扉の向こう側の景色に度肝を抜かれる。
「……な、何ですかこれは⁉」
「あらあら、これは絶景ですね」
反応に温度差はあるが、クラリッサとイゼッタが眼前に広がる光景に驚いたことに変わりはなかった。
その正体は全面ガラス張りの廊下だ。左右はもちろん、天井と足場もガラスであることから三六〇度に絶景を楽しめる構造になっている。今は生憎の天気で魅力は激減しているが、大量に打ち付ける雨音で不気味さという部分には拍車がかかっている。
「歩くのも臆してしまうな……」
陽は引き返す選択も置きながら膝を折ってしゃがみ込んで足場を確認する。拳を作ってノックを打つように、しかし力は普段より強く込めてガラスの足場に打ち付けた。当然、その程度の衝撃ではビクともしない。続けて曲げていた膝を立たせて起き上がり、今度は靴底を足場に打ち付けた。これも同様にビクともせずに正常な姿を保っている。
「さすがにこの程度の衝撃では割れないか」
ははは、と笑いながら陽は言った。
「よ、陽さん! せめて一言ぐらいかけてから行ってください! 冷や汗を掻きましたよ……」
相談もなく強度を図る行動をしたことにクラリッサは怒る。
「あはは、すまない、すまない」
陽は悪びれる様子もなく軽く謝罪して見せると、強度を確認する前の言葉を前言撤回するようにガラスの足場の上に乗った。それから一切の躊躇いなく歩き始めてガラスの廊下を通過した。そこで足を止めて振り返る。
「大丈夫だとは思うが、一応ひとりずつ通ろうか」
陽が身を挺して安全を証明してくれたことで後続は幾分か恐怖が和らいだ状態でガラスの廊下を通過できだ。そしてガラスの廊下を通過した先には三又に分かれた廊下が続く。その構造は外観から想像できない構造だ。そのことに陽たち一行はこの洋館が普通の建物でないということを念頭に置き始めた。
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