第32話 襲来×吸血鬼×決着
陽と武蔵弐式が対決する一方――。
武装メイドの襲撃から逃れて地下水路から無事に脱出していた那月とクラリッサは出口付近にあった手頃な建物の影に身を潜めて連絡を待っていた。
時間にして一時間。地上に出た那月たちが持つ端末に通信が入った。那月は慣れた手つきで通信連絡に出ると、端末画面にブンガイとロニの顔を映った。
声だけではなく互いの顔を合わせて会話できるビデオ通話だ。執行部で試験的に導入された通信方法で、リアルタイムで安否情報や敵地情報の送信を目的としたものだ。
「うぉ! 画面に那月のお嬢とクラリッサの嬢ちゃんの顔が⁉」
緊急事態を想定して端末の使用方法を陽に教えられていたブンガイたちはビデオ通話の詳細も教えられていたが、いざ実践してみると驚きは隠せない。
「……陽はどうしたの?」
連絡は陽が寄越してくるものだと思っていた那月に不安が生まれる。陽が簡単に命を落とすやわな人間でないことを彼女が一番良く知っている。それでも支援が望めない敵地での行動となるとアクシデントは付き物だ。
「陽の兄貴は地下水路で戦闘中です! お嬢たち助けにこれないですか⁉」
「待ってちょうだい。今、そっちの居場所を確認するから」
那月は会話を中断してクラリッサに渡していたもう一台の端末を彼女に操作させる。連絡用の端末と違ってクラリッサが持つ端末は位置情報を調べることに特化したものだ。外部から電波が傍受されて位置情報が暴かれることも、魔術による通信妨害の影響も受けない特製品である。これらは総術特区に侵入した際に端末を使用不可にされたことを教訓にして開発されたものだ。
端末の画面に周囲の地図が展開されると、予めに登録されていた陽の端末の位置情報を捉えた。
「意外と近いわね。これなら――」
すぐに合流できると那月が言おうとした瞬間、悪寒が全身に走った。那月はクラリッサの体を強く押し込みその反動で自らも距離を取ると、二人がいた場所が破裂した。
一発の銃弾が地面を穿ったのである。那月は穿たれた位置から軌道を逆算して狙撃手の位置を割り出す。簡単に出来ることではない作業だが、那月は一切の迷いなく一方向に視線を固定して体を起き上がらせた。続いてクラリッサも那月に倣って視線を送った。
二人の視線の先には建物の屋上から銃を構えた色白の男が立っていた。
「やはり慣れない武器を使うものではないな」
片手に持つ銃を放り捨てた色白の男が那月たちの前に降り立つ。その間にも異常事態を察知したブンガイの声が端末から届く。
「悪いけど合流できそうにない。ブンガイたちは陽が地上に出てくるまでの間、どこかに隠れていなさい」
那月は一方的に指示を送って端末の電源を落として仕舞うと、後方に控えるクラリッサにも端末の電源を落とすように指示を送った。
「背後から銃撃だなんて随分と卑怯なことをしてくれたものね」
「それは失敬。名高き雷閃殿であれば容易く躱すと思っていてものですから」
「……それで? 貴方は何者かしら?」
「自分に答える義理が?」
「一方的に知られているのは気持ちが悪いのよ」
「……なるほど。人とはそういう感情を抱くのですか……」
色白の男は学生のように那月の言葉から人を学ぶ姿を見せた。その姿を見て眼前にいる色白の男の正体に那月は一つの仮説を頭の中に浮かんだ。
その仮説は後の名乗りによって証明される。
「我が名はヴラド。君たちが追い求める吸血鬼と呼ばれる者さ」
両手で羽織るマントをバッと広げる動作と共に色白の男は名乗った。
◇
那月たちと吸血鬼ヴラドが接敵した同時刻――。
地下水路で衝突する陽と武蔵弐式の戦闘に動きが見えた。
「む、むぅ……」
登場時からは考えられない程に弱弱しい声音が武蔵弐式から漏れる。その鋼鉄の体躯は刀傷が無数に刻まれ、ある箇所では装甲が剥がれ落ちて中身が剥き出しになっていた。
陽もまた無傷とはいかない。複数の切り傷から血が垂れ流れ、滴となって地上に落ちる。大量の汗を額から流していることから疲労も相当にあるようだ。
それでも戦況は陽に有利なのは一目でわかった。
「終わりか?」
再び刀身に風を纏うと、柄を手の上で捻りながら肩の上で担ぐように構えてみせた。誰しもが挑発だとわかる言動。驕りを捨てたことで武蔵弐式も陽が挑発する目的を理解した。それでも譲れない一線というものがある。
武蔵弐式としては今がそのときだった。
父親の前で無残な姿は見せられない。
「うぉ――――――‼」
雄叫びと連動して二刀を構えるも機械の軋む音が鈍く鳴る。剥き出しの部分から火花が散り、部品の一部が破損して零れ落ちた。痛々しい姿に梅巽は停止の呼びかけをするも武蔵弐式は聞き入れない。自立した息子。或いは反抗期を見せた息子とも取れる反応はまさしく武蔵弐式をより人間らしさを強くした。
「面白い! こんな姿を見せられたらあいつらの犠牲も少しは浮かばれると思えてしまうじゃないか……」
幼くして命を奪われ、脳まで採集されて、それでも人工脳の開発に失敗したとあれば犠牲者が浮かばれない。使用方法はどうであれ武蔵弐式という存在で少しでも浮かばれたらと、陽は強く願った。
だが、勝負は別の話。迫り来る脅威があるのならば排除するのが剣士としても執行者としても成すべき役目である。
武蔵弐式の二刀が陽の眼前に迫るも振り抜かれることはなく両腕も含めて地面に落ちた。両腕を失った武蔵弐式の切断面から火花が散って爆発する。
「いつのまに? ……まさか肩に担いだときか⁉」
両腕をいつ切断されたのかわからなかった武蔵弐式は過去を遡ってたどり着いた答えは陽が挑発と同時に刀を構えた時のこと。挑発はカモフラージュで、刀に風を纏わせて手の上で泳がせたのと連動して切断してみせた。
「まだまだひよっ子には負けられないということさ」
勝負は決したと判断した陽は刀を収めた。判断通り武蔵弐式は立つことすらままならず、両膝から崩れ落ちた。バチバチ、と火花を散らすと一緒に駆動音が小さくなっていく。間もなくして駆動音すら完全に消えた。
「武蔵弐式!」
蟲型の偵察機が壊れた武蔵弐式の傍に寄った。梅巽がいくら呼び掛けても反応はない。その光景を陽は一瞥した後、ブンガイたちが脱出口として利用した梯子に足を掛けて地上へと出ていった。
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