第33話 不死性×体質×助っ人

 ヴラドこそが巷で騒がれた吸血鬼事件の真犯人である。笑うたびに剥き出しになる上顎から伸びる二本の牙。その長さと鋭さは人間の肉体を貫くだけの殺傷性があることは一目でわかるほど立派なものだ。


 身体能力も然り。人間を超越した身体能力は一度の跳躍だけで地上から三階建ての屋上に跳び乗れるほどで、腕力にしてもコンクリートを粉砕できてしまう。武蔵弐式のようにヴラドの肉体が機械であれば説明がつくが、彼の肉体は正真正銘、人間のそれと同じである。肌が傷つけば赤色の血を流す。痛みも感じるし、表情も歪む。超越した身体能力を百歩譲って認めるにしても、それでも人間と明確な違いが存在した。


 どんな傷痕も瞬時に回復してしまうのだ。回復してしまえば流血も治まる。痛みそのものは感じていても、ヴラドはそれすら楽しんでいる様子が見受けられた。


「吸血鬼には不死身の逸話もありますが、よもや自ら体験することになるとは思いませんでした……」


 吸血鬼が不死身とされる逸話は複数ある伝説でも有名なものだ。とある物語の中では首を切り落としても死なないとされており、時間経過と共に首も元通りに復活する化物ぶりだ。


「同感よ。いくら銃弾を撃ち込んでも死なない相手なんて悪夢でしかないわ」


 日傘の先端から硝煙が立ち昇る。空の薬莢だけが虚しく地面に散らばっていた。戦闘経験が豊富な那月でも不死身者を相手にするのは初めてである。それ故に対抗策が簡単には浮かんでこない。


「吸血鬼といえば銀弾シルバーブレットだけど……」


 日傘に仕込む銃弾の予備は持ち合わせていても銀弾のような特殊な銃弾を用意しているはずもない。そもそも銀弾は物語上に出てくるだけで現実に存在するか定かではない。当然、それが吸血鬼退治の秘密兵器になる保障もない。


「作戦会議は終わったかね?」


 那月とクラリッサが吸血鬼退治の方法を相談する最中もヴラドは邪魔をすることなく静観を貫いていた。そして会話が途絶えたのを確認して声をかけてきた。


「……随分と余裕じゃない」


「余裕だからね」


 呆気からんと答えるヴラドの態度に那月は苛立ちを覚えた。超人的な身体能力から繰り出される様々な攻撃を回避しながら必死に攻撃を与えたにも関わらず、危害を加えられた本人は気にも留めていない。そんな態度を見せられては必死になって抵抗した自分たちが滑稽に思えて仕方ない。


「それで? 私を殺す算段は出来たかね?」


「ええ、当然。でもその方法を貴方に教える必要はないわ」


 もちろん虚言だ。瞬時に傷痕を回復させる相手に対抗する手段など早々、出てくるものではない。伝説に則って退治するにしても必要な物が手持ちになければ実行に移すこともできない。那月たちが今、出来ることは時間稼ぎをすることだけ。隙を突いて逃走も考えたが、ヴラドに背を向ける行為は危ないと判断した。それよりも陽が救援に駆け付けてくれることの可能性と安全性を信じることにした。


「くくく、確かに教える必要はないが、おおかた風花の援護を待つといったところであるか。だが彼は武蔵弐式と戦闘中。果たして援護にこれるかどうか……」


「武蔵二式?」


「ああ。山渕梅巽博士が作った人工脳を搭載された自律型機動兵器侍さ。色々と問題はあるが、実力だけなら脅威に当たるかな」


 ヴラドは一度、武蔵弐式と手合わせをしたことがある。上層部に武蔵弐式の性能を披露する為に梅巽が開催した模擬戦だ。その結果は引き分けだが、それはヴラドが本気を出さなかっただけのこと。驕りの塊のような武蔵弐式に本気を出す気になれなかったのだ。それでも武蔵弐式が手練れと呼べる実力を持ち合わせていることには納得した。


「それなら問題ないわ。あの子の実力は私が良く知っているもの」


「随分と信じておられるのですね」


「息子だもの。そして息子を信じない母親はいない」


 何一つ根拠のない理由だが、それでも不思議と納得させる強さをヴラドは感じ取ったことで那月の言葉に食って掛かることはしなかった。同時に那月が強く信じる陽の存在に強く惹かれる。このまま陽を待ち続けるのも一興かとも考えたが、暇を持て余すのも考えものだ。何より接敵する那月とクラリッサも興味深い実力の持ち主。


「であれば、彼がくるまで戦闘を楽しむとしようか」


 ヴラドは上顎から牙を剥き出しにして笑う。弓なりになる細い目から放たれる鋭い眼光に那月とクラリッサの背筋に悪寒が走る。その一瞬だけ心臓を鷲掴みにされたかのように錯覚してしまう。


「――くるわよ!」


 那月の声に連動してヴラドが突進した。何一つ駆け引きのない単純なもの。ただそれが超人的な速度によるものとなれば突進だけで人体にダメージを与える威力を誇る。


 那月は日傘を縦に構えて正面から受け止めた。体が押し込まれていく。ブーツの靴底が削れて火花を散らすも、一定の距離で突進が停止した。すかさず那月はヴラドの腹部を狙って蹴り上げた。ブーツのつま先が腹に直撃する寸前、ヴラドは体を捻った。直撃するかと思われた蹴りはブーツのつま先だけが腹を掠めた。


 那月の攻撃の手はそこで止まらない。盾替わりとして使用した日傘の柄を引き抜くと、柄の奥に仕込まれた刀身が姿を現した。


「銃だけではなく刀まで仕込んでいたか⁉」


「女には棘と秘密があるものよ」


 抜き身にした柄剣をヴラドの腹部を突いた。剣先が色白の肌に突き刺さり、容易く背を貫通した。大量の鮮血が傷口から溢れ出すと、逆流してヴラドの口からも溢れ出す。


「傷口は治っても痛みがあるのなら苦痛は最大の弱点にもなる」


 問答無用に貫通させた柄剣を引き抜くと、その動作の続きで横一線に振り抜いた。横一文字にヴラドの体躯が切断された。そして追撃ちをかけるように日傘の仕込み銃がヴラドの顔面を銃撃した。その反動を利用してヴラドと距離を取る。


 着地した那月の傍にクラリッサは駆け寄って法術による治療を施す。ヴラドの突進で痺れいた腕と耐えていた両足の筋肉の悲鳴が和らいでいく。


「本来ならこれで終了なのだけど……」


 胴体を切断されたら大抵の生物が死滅する。だがヴラドは常識をいとも簡単に打ち破る。切断された肉体が蠢くと、内部の細胞が勝手に動き出して胴体を接着する。そして何事もなかったかのように立ち上がって見せた。


「さすがに今の強烈でした。痛みがまだ持続しています」


 切断された部分を擦るヴラドの表情からも苦痛の色が見受けられた。痛みを感じながらも死ねない。それはある意味、地獄とも呼べる体質だ。


「その痛みも次第に消えます。慣れればなんてこともありませんし、やはり貴方がたでは私を倒せない」


 苦痛の色も消え始めて余裕を取り戻してきた矢先、銃声が轟いた。それに合わせて一発の銃弾がヴラドの頬を掠めた。


「何者かは知らないが、不意打ちとは無粋だな」


 どれだけ傷を負っても怒りを露わにしなかったヴラドが初めて不機嫌になった。


「それは失礼しました。あまりにも背後ががら空きだったものですから」


「あなたは⁉」


 狙撃手の正体にクラリッサは驚く。那月も大きく態度には見せないものの、その表情は驚きに満ちていた。


「二日ぶりですね。私も事件に関わる者として傍観するだけではダメだと思って助太刀にきました」


 狙撃手の正体はイゼッタだった。彼女は妖艶に微笑みながらもその双眸の奥から決意の焔を秘めていた。

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