第31話 叱責×改心×剣士の焔

 数百キロはある武蔵弐式が吹っ飛ぶ光景にブンガイたちは目を疑った。異能の力を利用した一撃だとしても掌底の威力を遥かに超越している。驚きのあまり開いた口が塞がらない。吹っ飛んだ武蔵弐式が壁に激突すると、衝撃で崩れた瓦礫に埋もれる。土埃が舞い、細かい瓦礫が水面を打つ。衝撃は抜けきれずに地下水路全域を揺るがすと、遠くの地から崩落の音が届いた。幸いにもその音が呆然としていたブンガイたちを覚醒させた。


 タイミングを見計らっていたかのように陽の声がブンガイたちに届く。


「今のうちに行け」


 そう言って端末をブンガイに投げ渡した。キャッチする際に端末を軽く弾くもどうにか受け止めた。


「那月のお嬢たちと合流したら助けにきますから、どうかそれまでご無事で!」


 ブンガイたちは一直線に出口に繋がる梯子を目指して駆けだした。陽は振り返ることなく手だけをひらひらと振って送り出す。それから間もなくして梯子を靴底が打って上っていく音を確認して初めて陽は安堵の息を漏らした。


 瓦礫の山が崩れる。中から武蔵弐式が姿を見せる。掌底が直撃した腹部には凹みがくっきりと残っていた。人体であれば五臓六腑が破裂していてもおかしくはない傷痕で、立ち上がるどころか意識を保つことすら難しい状態だ。


「こればかりは機械の体が幸いしたか」


 武蔵弐式は腹を擦りながら機械の体に感謝した。内部の配線がいくつか断線しているが、故障具合としては軽微だ。戦闘続行の妨げにはならない。


「さすがの頑丈さか。厄介このうえないな」


 難なく立ち上がってみせた武蔵弐式の耐久力に顔を顰めた。対決が長引けば人工脳が成長して陽が不利な立場になっていく。今のところ成長する様子が窺えないために人工脳に成長要素があるのかは定かでない。


「ふふふ、どうやら恐れをなしたようだな」


 一方的に攻撃を受けて腹に凹みを与えられながらも揺るがない自信はどこから出てくるのだろうかと陽は不思議で仕方ない。余程の自信家でもここまで堂々とする姿は見受けられないだろう。それどころか自信家ほど歴然たる力の差に絶望して簡単に折れてしまうものだ。


(機械な体だけに鋼の心ってか?)


 自分で言っておいて馬鹿げた話だと笑って捨てた。その笑い方が癇に障ったのか、急激に怒りを露わにした武蔵弐式が襲い掛かってきた。怒りに自我を奪われてより攻撃が単調なものになっていく。


 武蔵弐式の哀れな姿を見兼ねてどこからか声が届いた。


「しっかりしろ、武蔵弐式!」


 声を聞いた途端に武蔵弐式の動きが停止した。陽は声が聞こえた方向へ視線を向けた。そこに蟲が一匹、羽を広げて滞空している。


「てんとう虫? ……否、蟲型の偵察機か⁉」


 羽音と形から当たりをつけた。


「これはこれは、父上。どうして怒っておられるのですか?」


 動きは停止したものの、声の主がどうして怒っているのか、その真意を図ることが武蔵弐式にはできなかった。武蔵弐式からすれば劣勢の自覚がないのだから当然の反応でもある。


「わかりました! 息子の雄姿を見に来てくれたのですね!」


 表情はなくとも声音だけで武蔵弐式が喜んでいることがわかる。親心子知らずとはまさにこのことだろう。


(父上、か……)


 言葉通りから考えるなら蟲型の偵察機からこちらを監視しているのは武蔵弐式を開発した科学者になる。吸血鬼事件の最重要参考人に当たる人物だ。七年前の拉致事件の首謀者と同一人物だとすれば陽にとって敵討ちの相手にもなる。


 陽はこの機を逃す手はないと考えた。


「どうやら武蔵弐式の開発者と見受けられる。是非、お名前を伺いたい」


「そこまで畏まる必要はないさ“風花”殿」


 わざわざ異名で呼んだのは陽の情報は熟知しているアピールだ。そこにどのような思惑があるのか、陽は科学者の真意を図りかねる。


「僕の名は梅巽。山渕梅巽だ。君の言う通り武蔵弐式の開発者に当たる者さ」


「ご丁寧にどうも。どうやら俺のことは既に知っているようですが、一応自己紹介をしておきましょう」


 陽は礼儀として自己紹介を始める。


「異能特区行政執行部、漆原陽です。他特区の方々には“風花”の異名の方が通っているかもしれませんね」


「ええ、貴方には色々と煮え湯を飲まされと上層部の連中がぼやいていましたよ。私も例外ではないがね」


 乾いた笑い声を漏らす梅巽だったが、咳払いをひとつして空気を変えてから改めて武蔵弐式に視線を向けた。


「よく聞け、武蔵弐式」


 いつもの親しみのある声よりも数段低い声で梅巽は話しかけた。さすがの武蔵弐式も梅巽の真剣さが伝わったのか、軽口を挟まない。


「目の前に立ちはだかっている男はお前より強い。それをまず受け入れろ」


「父上、何を――」


 反論しようとする武蔵弐式に最後まで言わせることなく梅巽は喋る。


「今のお前が持つ自信は仮初、作りものでしかない。それを一端、捨てろ。そして挑戦者の気持ちで当たれ。そうすれば本当の意味でお前の中に自信が生まれるはずだ」


 父親というよりは師匠のような台詞を梅巽は放つ。そして武蔵弐式も思うところがあったのか雰囲気が一変する。ロボットに雰囲気があるはずもないのに、それでも陽は強く感じ取った。これを気のせいだと無視することはダメだと本能が警鐘を鳴らす。


「……どうやらここからが本番みたいだな」


 納刀していた刀を再び抜き出す。それから異能を発動して刃に風を渦巻かせ、体躯にも風の衣を覆う。陽が本気モードに移行した時の戦闘スタイルだ。


 武蔵弐式も二刀を構える。これまでの大構えで隙のある構えとは違い、胴体前で小さく二刀を交差させる、攻撃にも防御にも移れるコンパクトな構えだ。歩行も一直線に突進してきた時とは正反対の歩幅が狭く左右に動ける足さばきになっている。これが武蔵弐式の持つ本来の性能なのかはわからないが、先程までのイメージは消した方がいいと陽は考えた。


「改めて武蔵弐式――。漆原陽殿に胸を借りる形でお相手させていただく!」


「くくく。まったくの別人だな。否、別ロボットか? まあ、面白くなりそうではあるな!」


 陽は心の内で燻っていた剣士の焔が目覚めた。任務遂行を最優先とする執行者の役目を忘れたのは何年ぶりになるだろうか。陽は過去を振り返りながらも燃え滾る剣士の心に身を投じた。

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