第30話 失念×驕り×風花の一端

 武蔵弐式が繰り出す一刀は嵐の如き一振りだ。


 横一線に薙いだ一振りは地面を削り、空気を波状させる。風圧だけで敵の体を後退させる程の威力は斬れぬものはない。最古の金属にして最強の金属と称されるアダマンタイトすら一刀両断できると武蔵弐式は自負している。


 それは自分を作った父、山渕梅巽に対する絶対的な信頼。

 それは成長の過程で芽生えた自覚と達成感。


 機械率百%では抱くことも感じることも出来ない幸福という名の感情だ。まさしく人間が持つ心。それを芽生えさせたのが人工脳である。七年前に拉致した子供の脳を採集して研究した結果の果てが武蔵弐式だ。


 自ら思考し、自ら感じる。受動的ではなく能動的な動き。プログラムから逸脱した機転を利かせた動き。容姿を度外視にすれば人間そのものである。人間の肉体より頑丈な肉体を有する武蔵弐式の方が優秀だ。


 だが欠点もある。完全無欠な人間が存在しないのだから、それをモチーフとした武蔵弐式に欠点があるのは明白である。


 欠点は成長の過程で気付くもの。大人となっていくことで欠点は克服されていく。完治しないにしても大半の大人が日常的に困らない程度の修正を施す。


 武蔵弐式にはその過程がなかった。搭載されている本来の人工脳は様々な経験から独自に成長していく。そうして隙のない完全無欠の人口脳が完成するわけだが、開発を上層部から急かされていた梅巽はその過程を省いた。経験で成長させるのではなく、記録を摺り込ませることで成長を促したのだ。何も知らない無垢な人工脳はスポンジのように吸収していった。


 梅巽は失念していた。記録は絶対ではない。人間が記す以上は改竄もまた人間が出来てしまう。不都合な情報は記さず、自分に都合の良い情報だけを記録として残す。


 それは過去から現代に至るまでよくある問題だ。


 そしてもうひとつ。梅巽は成功の記録だけを材料とした。成長の過程に必要なのは成功と失敗のバランス。一方的な経験は偏った成長を促してしまう。これは一般市民でも知っている常識。


 梅巽には一般常識が欠落していた。何故なら彼はここまで失敗という経験を一度もしてこなかったのだから。


 成功の記録だけを摺り込まされた武蔵弐式に生まれた欠点は驕りだ。


 自分は強者だと疑ない自尊心。劣勢にあっても敵より自分が劣っているとは決して認めず、その結果は動きが顕著に出る。


 一切の駆け引きがない単調な攻撃。嵐の如き威力を誇る一刀も当たらなければ意味がない。


 陽は腕の長さと刀の長さで可動域を割り出して前後左右、斜めに上空、と軽快なステップを踏みながら躱す。武蔵弐式の刀が空を斬るたびに空気が唸り声をあげる。


(当たらなければ問題ないが……)


 陽も決め手に欠けていた。回避することは容易く、回避しながらの反撃も難なく出来る。問題なのは武蔵弐式の防御の堅さ。斬撃を与えても傷どころか弾き返されてしまう。


(装甲が堅いとこうも厄介とはな……)


 対人戦に慣れていた陽にとって機械が持つ装甲の特性に舌を巻く。この性能の武装ロボットが量産できたら勢力図が塗り替えることになるだろう。


(これは上層部に土産話ができた)


 潜入したことで入手できた機密情報に思わず頬を緩ます。それも僅かな間だけ。すぐさま気を引き締めると、巻き添えに遭わないように身を隠させていたブンガイたちに視線を向ける。武蔵弐式と戦闘中に武装メイドが加勢してくる可能性を考えて常に注意を払っていたが、接敵してから十分以上経過しても姿を見せる様子はない。


(武蔵弐式だけに集中して問題なさそうか?)


「よそ見をするとはいい度胸だ!」


 陽の視線と意識が自分から離れていることに気付いた武蔵弐式は激昂した。一本の刀を上段から力任せに振り下ろす。陽は上半身だけを反らして難なく躱すと後方にステップして距離を取る。それから再びブンガイたちに視線を送って重なるのを確認した後、手でジェスチャーを送る。陽の手が示す先に視線を送ったブンガイは地上へと繋がる梯子を目にした。ブンガイはジェスチャーの意味を汲み取って頷いた。


「またしてもこの私を無視するとは!」


 激昂する武蔵弐式の視界には陽しか映っていなかった。元よりブンガイたちを軽視していたことも相まって討伐対象から完全に消してしまったようだ。


「無視される程度の存在ということだけだろ」


 あからさまな挑発に武蔵弐式は乗った。二本の刀を上段で交差させると刃を結んだままクロスの型で振り下ろした。


「安い挑発にも乗る。ますます人間らしくて驚きだよ」


 武蔵弐式の人間らしさを素直な称賛と共に懐に潜り込んだ。間もなくして陽が立っていた位置を二本の刀が穿った。コンクリートの足場を派手に砕き、地下水を跳ね上げて周囲を水浸しにした。


「むう――⁉」


 辛うじて捉えた陽の速度に驚愕の声を出すも、急ぎ回避行動に移ることはしなかった。それは反応に対して機械の体躯が動かなかったわけではない。陽の斬撃が装甲を傷つけるのは不可能だと証明していたからだ。


「無駄なこと。貴様の斬撃は私には通らない」


「舐められたものだ。俺の攻撃が刀だけだと?」


 陽は言葉通り刀を握っていない手を武蔵弐式の腹に向けて突き出した。五指を曲げて掌を突き出す掌底の型を取る。続けて掌の上に風を発生させて渦巻かせた。反時計で渦を巻く風は手を覆い隠す程の大きさに成長した。


 陽の異能による風の操作だ。サイズでこそ掌だが、濃密度だけで言えば台風並み。その威力は列車で襲撃者に直撃させた“風芯”より遥かに強い。


「――掌底“風神ふうじん”」


 武蔵弐式の腹に濃縮された風の渦が直撃した。

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