第29話 地響き×投入×対峙

 地下水路に地響きが走った。全域に渡って天井から土埃が舞い落ちると、なかには細かな瓦礫もパラパラと含まれていた。地下水路に潜り込む陽たち一行は歩行を止めて地響きが収まるのを待つ。上段に片腕を構えることで天井から降り注ぐ瓦礫を払い、空いている片方の手で口許を押さえて土埃を吸わないようにした。


 程なくして地響きが収まった。代わりを務めるように武装メイドの駆動音が再始動する。駆動音と鋼鉄の体躯と武装がぶつかり合う金属音が地下水路全域で再び奏でられた。それを再始動の合図として陽たちも動き出す。


 再始動した陽たちだが、先程の地響きが気になっているブンガイとロニは頻繁に視線を周囲に払って警戒心を剥き出しにしている。それは移動速度の低下に直結した。だからといって警戒するな、と陽も言えない。


 敵地で次々とトラブルが続いたことで緊張感は最高潮に達している。何度でも言うがブンガイとロニは戦闘訓練も実戦経験もない素人だ。渡し屋という生死を左右する裏家業に手を染めているが故に常人の精神力より強靭なだけで、本来ならばパニックを起こす状況下にある。


 それに地響きの原因は陽も気にすることだった。


(あれは自然現象による振動ではなかった)


 振動の感覚から陽は地響きの正体が人為的に重量物を落下させたものと考えていた。地上で列車が通ったことで起きた地響きの線も考えられたが、複数の車両が一斉に通る列車にしては地響きの時間が圧倒的に短かった。それらの観点から重量物の落下という答えを弾きだしたわけだが、陽たちにとって不都合な答えで帰結してしまう。


 地下水路全域に影響を及ぼした物量。仮に敵方の兵器が投入されたとしたら武装メイドよりも高性能だと考えられる。


 その可能性は非常に高い。地下水路の壁操作の絡繰りが暴かれてから間もなくして投入されたことから敵方は早期決着を望んでいることがわかる。何体投入されたかは定かでないが、地響きが一度で収まった経緯から少数であることに間違いはない。これまでの数による人海戦術から一転、より高性能な少数精鋭による撃破にシフト転換した。即ち複数の武装メイドよりも一体の性能が高くなければ執れない作戦だ。


 これらはあくまで可能性。陽の実績と経験から推理した私見にすぎない。それでも十中八九、間違っていないと断言できる自信はある。だがこの推理をブンガイとロニに披露して危機意識を共有するのか悩む。


(複数行動で情報の共有は要だ)


 しかし、情報次第では余計な不安を与えてしまうのも事実。まして一般人に等しいブンガイたちに及ぼす影響は計り知れない。


 陽の変化にブンガイは気付いた。彼が何を切っ掛けに勘付いたのかはわからないが、陽は驚きを隠せなかった。


「俺たちじゃあ役に立てないかもしれませんが、不安や焦りのはけ口の役目ぐらいなら担えます。どうか我慢しないでくだせえ」


「ブンガイ……」


 陽は自分の不甲斐なさを痛感した。こちらの都合で事件に巻き込んでしまった相手に気を遣われてしまった。


「……おそらく先程の地響きは新たな兵器が投入されたことで起きたものだ」


「つ、つまり、あのおおお、おっかない武装メイドみたいな奴が他にもいるってことですかい⁉」


 ロニは呂律が正常に回らないほど動揺していた。陽は包み隠すことはせずに告げた。


「武装メイドより強力な個体だと考えた方がいいだろうな」


「あれよりおっかない相手……」


 考えるだけで足が竦んでしまったロニは傍目からでもわかるぐらいに脅えた様子を見せている。


「安心しろ。俺が守ってやる」


 陽は女性がときめくような発言をさらりと言ってみせた。その相手が厳つい顔の男だと危ない空気を醸し出す。


 その場面は直後に訪れた。


 地下水の水面に揺らぎが発生する。武装メイドよりも重たい駆動音が迫ってきている。振動が生まれて足場が揺らがせて姿を現したのは三メートルはある巨大な武者鎧だ。侍を彷彿とさせる容姿に加えて背には二本の巨大な刀が交差して担がれている。


「標的発見。異能特区の執行者“風花”の漆原陽と確認」


 機械の声が眼前に立つ陽の姿を捉えたことを確認すると、兜の影に隠れた瞳に光が帯びた。それは顔の中央にひとつだけ埋め込まれている。


 光を帯びた一つ目がギョロリと眼球を動かして陽と背後に控えるブンガイとロニを見た。


「漆原陽以外の対象の危険度は“低”。放置しても問題ないレベルと判断――」


 瞬間で敵の戦力値を計測した侍ロボットは背に担ぐ二本の刀を抜刀して、その内の一本の剣先を陽に突き付けた。


「我が名は武蔵弐式。我が父の命により貴殿の命を奪わせていただく」


 ロボットとは思えない流暢な言葉で名乗り上げた。それだけの性能を引き上げた犠牲者を考えると陽の中で抑え込んでいた怒りが沸々と再熱し始めた。


「貴公の名は?」


 武士道というものだろうか、陽の詳細を知りながらも武蔵弐式は名前を訊いてきた。そんなところがより人間らしさを訴えてきた。


 陽も武蔵弐式に倣って抜刀すると、その剣先を目玉に向けて突き付けた。


「異能特区行政執行部、漆原陽。尋常にお相手致そう」


 不意打ちはすることなく名乗りを上げた。


 お互いに突き付けた刀を下げてそれぞれの構えに直すと、それが勝負の合図かのように衝突した。

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