第28話 仕掛け×山渕梅巽×暗雲の兆し

 二手に分かれて別行動することになった一行はそれぞれ当てもなく出口を探す。一繋ぎであることから広大な地下水路であるが、それと同時に出口も相当の数が用意されているはず。少なくとも出入り口が二つしかない構造ではないはずだ。仮にこの地下水路がダミーで、侵入者を確保する仕様になっていれば出入り口の数を最低限にするトラップも考えられるが、数年前まで活動していたことは間違いない。しかし、いくら走っても出入り口は見つからず、また同じような道を移動し続けたことで感覚が狂い始めた。


 加えて体力の消耗が顕著に表れ始める。


 疲労の色を見せるのはブンガイとロニだ。渡し屋という裏家業に身を投じていても二人は訓練を受けた兵士ではない。まして命を懸けた緊迫状態では体力の消耗は何倍にも膨れあがる。平常心を保っているだけでも大した精神力だ。それでも限界は必ずあって陽も例外ではない。


(さすがにおかしい……)


 あまりにも出入り口が見つからないことに陽は不信感を抱き始めた。まるで出入り口のない道を選ばされているような感覚だ。


(……選ばされている?)


 ひとつの予想が陽の足を止めさせた。陽の背を追いかけていたブンガイとロニも連動して足を止める。肩を上下に動かしながら呼吸を整えていく。湿気に覆われた環境下で走ったことで釣嬢よりも多くの汗をかいている。額から顎に流れる汗を腕で乱暴に拭き取った。


「どうかしましたか?」


 呼吸を乱しながらもブンガイは訊くも陽からの返事はない。足を止めた場所でゆっくりと三六〇度回転しながら上下左右に視線を送る。それから壁や外灯を触り始めた。説明を受けていないブンガイたちの目には奇怪な行動を取り始めたように映る。すぐに陽に限って混乱することはないと考えを改めて行動を見届けた。


 辺り一帯の確認を終えた陽は顎に指を添えて思考を働かせながらブンガイたちの元へ戻ると、おもむろに口を開いた。


「この場所に見覚えはあるか?」


「? ……地下水路はどこも似た道ですから見覚えがあるかと聞かれたらあるとしか言えません」


「ああ、そうだな。その記憶は正しいよ」


 ブンガイの記憶を肯定した陽は壁に設置された外灯の一つを手で握った。そして力強く下降させた。外灯は強引な負荷に耐え切れず折れるどころかレバーのように器ごと下降した。


 瞬間、歯車の音と壁の削れる音が地下水路に響き渡る。連動して行き止まりだった場所の壁が移動して道が開けた。


「これは…………」


 目の前で起きている大掛かりな仕掛けにブンガイもロニも呆然とする。


「どうやら長い年月をかけて色々と改修されているみたいだ」


 陽は思わず肩を竦めてしまう。


「で、ですが! 起動させるたびにこれだけ大きな音をたてていたら気付くのでは?」


「正常な地下水路なら気付いただろうが、今は複数の音が反響してどこで何が動いたかわからないさ」


 メイドの駆動音に銃声が各地から鳴っては反響する状況下で歯車の音や壁が移動する音だけを的確に捉えるのは難しい。そもそも壁を動かして人為的に通路を操作している考えに及ばないのが普通で、そこに違和感を抱いた陽が異常だと言えた。



           ◇



 陽の手によって通路操作の仕掛けが見破られたのを見ていた者がいた。


 科学者、山渕梅巽やまぶちばいせんという男だ。地下水路を機械仕掛けに改造した張本人である。彼は小型カメラを搭載し蟲型ロボットを地下水路に放つことで地下水路全域を監視していた。武装メイドの集団を送り込んだのも梅巽だ。


 行政区から抹殺命令を与えられた梅巽はテリトリーである地下水路に陽たちを誘き寄せた。そして武装メイドを送ることで敵方を分断させて各個撃破する算段だ。しかし、追撃させた武装メイドは悉く破壊されて抹殺に滞りを見せ始める。そこで通路を操作することで脱出不可にして閉じ込めることにした。それは見事に嵌って侵入者は同じ道を繰り返し進む。投入した武装メイドも接敵させるのではなく、移動させて駆動音を地下水路に響かせることを目的として動かした。


 術中に嵌った、と梅巽はカメラ越しに嗤う。そして要請した増援が到着次第、一斉攻撃に出て一網打尽するはずだった。


 それは陽が仕掛けに気付いたことで崩壊した。それどころか陽の視線がカメラに向けられた。


「こいつ蟲の正体に気付いているのか⁉」


 視線を外さない陽に対して梅巽は恐怖を覚える。陽や那月のような異名持ちが気配察知に優れていることはニールセンからの情報で共有されている。だからこそロボット兵器開発に特化した科学者の梅巽が選ばれた。だがその彼の作品の存在すらも察知できるような超感覚の持ち主だとしたらいつまでも時間稼ぎすることは難しい。


「増援まではもう少し時間が必要だ。何か次の手を打たなければ……」


 キャスター付きの椅子の上で胡坐を組みながら椅子を回転させながら思考に入る。武装メイドには限りがある。戦闘力も劣っていて強襲させたところで返り討ちにあうのが目に見えた。


 梅巽は椅子の回転を止めてひとつのモニターに視線を送った。モニターには三メートルはある物体が立っていた。


「自律型機動兵器侍“武蔵弐式むさしにしき”。この子ならばあの漆原陽であっても倒せるはず」


 モニター越しに映る武蔵弐式は梅巽の最高傑作とも呼べる兵器だ。過去最高の年月と資金をかけて開発した結果、耐久度から出力まで最高の数値を叩きだした。


「そうさ。わざわざ増援を待つ必要などない。ここで漆原陽を殺すことで俺の地位は上がる。吸血鬼などといった架空の化物を再現する上層部の馬鹿者どもに一泡吹かせるチャンスではないか!」


 本来の強気な性格が表面化したことで梅巽の考え方が時間稼ぎから陽の討伐に変化した。そこには上層部の方針による不満が爆発した結果だ。これまで各地で起きた吸血鬼事件。それを推し進める上層部とその方針を良く思わない科学者の姿は科学特区に立ち込める暗雲の兆しでもあった。

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