第18話 戦闘×異能×脱出

 逃げ道がない場所で襲撃を受けた際に取る行動にはいくつかの選択肢がある。


 物陰で息を潜めて襲撃者が去るのを待つ方法。物陰に身を潜めて近づいてきた所を奇襲する方法もある。ただしこれらは自分だけがその場にいることを想定した動き方だ。民間人がいては襲撃に巻き込まれて怪我人どころか最悪、死者を出す可能性が高い。


 だから陽は先手を打った。


 車両に入って標的を探す襲撃者が発見する前に距離を詰める。姿勢を低くして風の抵抗を切り裂き、歩幅を一気に広げた。それに合わせて足元に陣が展開する。クラリッサが祈る法術によるものだ。陣から淡い青色の光を放出して陽の足を装具するように纏っていく。


 襲撃者も黙ってはいない。姿を現した陽に気付いて自動小銃を構えて銃口を向けて引鉄に指を掛けた。そして躊躇いなく引鉄をひいた。


 螺旋を描く銃弾が陽を目がけて直進する。銃弾の位置は陽の正面。狭い通路で体を逸らすことも回避することも難しい状況のなか、陽が取った行動は首を右に逸らすだけのシンプルなもの。しかし、その動作に合わせて陽の後方から飛来するものがあった。


 一発の銃弾だ。軌道を遡れば日傘の先端を突き付けた那月の姿を襲撃者は視界に収めた。そして二発の銃弾は同じ軌道に乗って衝突した。


「俺の銃弾を⁉」


 銃弾を銃弾で相殺されたことに襲撃者は驚愕した。陽にしても同じことが言える。事前に打ち合わせてしていたとしてもそこまで互いを信じられるものではない。


 信じられないものを目の前に驚愕する襲撃者の反応を察知した那月は唇を細くして笑った。


「私と陽は家族だもの。信頼より強い家族の絆で結ばれている私たちなら以心伝心なんか朝飯前よ」


 ふふん、と鼻を鳴らしながら小さな胸を張る那月の表情は自信に満ちている。その鼻声は陽の耳にも届いていて、彼もやれやれといった感じで小さく笑った。


「まあ、そういうことだ。相手が悪かったと諦めてくれ」


 襲撃者に同情の声を送った陽は足腰に最大の力を込めて地面を蹴り上げた。呼応するように両足を覆う法術が光を強めた。


 瞬間、陽の姿が消えた。襲撃者は己が目を疑い、そして三度の驚愕で顔色を歪ませた。姿を消したはずの陽が懐に体を潜り込んでいたのだ。瞬時に詰められない距離が双方の間にあったにも関わらずだ。


 それでも襲撃者も戦闘のプロ。驚愕はしても対応を忘れるようなことはしない。自動小銃を陽の頭上に目がけて振り下ろしたのだ。単純な動作で済むだけに余計な時間を要さない反撃は陽から繰り出されるはずの一撃よりも早く彼の頭を捉えようとする。無防備な頭ならば一撃で意識を刈り取ることも可能だ。


 勝った。襲撃者の脳裏に勝利のファンファーレが鳴って勝利を確信したとき、自動小銃が鈍い音と感触を残して停止した。


「当然、ただでやられないよな? 戦闘のプロなんだからさ」


「――読まれていた⁉」


 陽は腰に差していた刀を立てることで頭上から落ちてくる自動小銃を柄で防御した。両手で自動小銃を持つ襲撃者は本当の意味で無防備となった。陽は空いた左手をがら空きとなった腹部に突き出す。


 拳を握るのではなく掌底の型を取る。掌に線が渦巻く。それは球体を形作ると、高速で回転を始めた。


「掌底“風芯ふうしん”」


 陽は自身の風を操る異能で作り出した風の球体を襲撃者の腹に打ち込んだ。強烈な風圧と高速回転が生んだ威力は襲撃者の腹を穿って体ごと吹き飛ばした。複数の車両を抜けていく襲撃者は二つ先の車両の壁に体がめり込む。


 時間が停止したように車両が静寂に包まれた。ただそれも僅かな時だけ。静寂を破ったのは複数の銃声だ。味方が負かされたことで憤りを覚えた複数人の襲撃者の手による銃撃である。


「数が多いな……」


 陽は迫る銃弾に焦る様子も回避する動きもない。その代わりに腕を伸ばして掻くように宙を毟った。迫る銃弾は爪痕を追うように軌道を逸らして無人の座席を穿った。

それから陽はすぐさまに体を横に転がして座席に身を隠した。そこには陽の動きを先読みして先に退避していた那月とクラリッサがいた。


「一難去ってまた一難ね。どうする?」


「どうするも何もあの人たちを何とかしないと民間人に被害が出てしまいます!」


 自分たちが原因で無関係の民間人が巻き込まれることが許せないクラリッサの気持ちが語尾の強さに現れている。


「あれの目的が俺たちであるなら列車から去れば民間人が傷つくことはないだろ」


「裏を返せば私たちがこの列車に乗っている限り止まらない。抹殺を命じられた兵士として考えるなら優秀ね」


 任務を完遂する為ならば手段を選ばない兵士ほど那月たちのいる世界では優秀と評価される。人間としては最低最悪で、道徳心からかけ離れた位置に立つわけだが、抹殺命令を請け負うような立場なら元より真っ当な人間ではないだろう。


 陽は中腰になって窓の外を見た。列車は停止する様子はなく通常の速度で運転している。これだけの騒動が起きながら緊急停止をしないことから運転室を占拠されたと考えるのが妥当だ。


 列車は鉄橋に差し掛かり、鉄橋の下には大きな川が流れている。


「セーレ河か……。行けると思う?」


 隣から同じように顔を出した那月に陽は訊いた。


「私は問題ないけど……」


 車内に頭を戻した那月はクラリッサに視線を送った。事態をいまいち掴み切れていないクラリッサに説明する。


「む、無理です! ここから何メートルあると思っているんですか⁉」


 激しく左右に首を振るクラリッサに対して那月は冷たく突き放つ。


「答えは訊いていない。跳ぶの一択だけだ。――陽」


「りょーかい」


 今にも泣きそうな顔を浮かべるクラリッサを陽が持ち抱えた。その状態で窓に足を掛けた。列車が切り裂く風に髪を靡かせながらクラリッサは恐怖で顔色を青褪めながら唇を震わせた。


「では、先に行きますね」


 陽は躊躇いなく跳び下りた。続けて那月も窓に足を掛けたところで背後から怒声が届いた。那月は背後を振り返るとその端正な顔立ちで微笑む。


「ご苦労様でした。それではごきげんよう」


 無駄足となった襲撃者に労いの言葉を送りながら那月もまたセーレ河に身を投じた。襲撃者たちは驚きの声をあげると共に窓から顔を出すも既に那月の姿はなく、風切り音だけが鳴っていた。

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