第17話 列車×仮説×襲撃
森を無事に出た陽たち一行はニールセンの所在を調べるために一先ず行政区に向かう。移動は列車。宗教特区の区画に繋がる鉄道網を屈指する。この技術そのものは科学特区が提供されたものだ。技術提供の話だけを聞けばとても敵対関係にあるとは思えないが、技術提供を受けるにはとある条件を呑み込む必要があった。
鉄道の試運転許可だ。鉄道技術を開発した科学特区だが、それを自治区で運転させて事故が起きた時の被害を考慮しての判断である。正直なところ科学特区の勝手な都合で、他特区で事故が起きて被害を出すことに罪悪感を覚えないのかと一悶着あった。そこで科学特区は費用を全負担する確約をすることで事態を収束させた。開発費を全額負担してくれるのならと各特区も了承する。
試運転の実験が開始して小さな事故や故障などの問題はあったが死者や大怪我を負ったなど大きな事故はなく、改善も順調にされていったことで鉄道は生活圏において重要な立ち位置を確立した。これを機に各特区を繋ぐ鉄道計画が持ち上げられたが、それは別問題だと反対する声が複数も挙げられたことで凍結された。
行政区行きの列車に乗った陽たちは向かい合わせの座席に腰を下ろして到着を待つ。那月は窓の縁に肘を置いて流れていく景色を眺める。
「本当に便利ね、列車は。これも科学特区が生み出した人の奇跡であるわけだけど、身近に豊かさと便利さを生むならば人間のほうが優れているように思えてくるわ」
苦労せずに短時間で快適に移動することが出来る列車の恩恵を那月は存分に堪能している。しかし、彼女の列車に対する意見は的を射ているだろう。人工島の外に出れば鉄道はもちろんのこと空路や航路を民間人が利用することも出来るが、様々なしがらみが交差する人工島では外の常識は適用されない。そのどちらも軍事利用すれば最大の力を発揮するからだ。そういう意味では鉄道網の構築は歴史的快挙と言っても過言ではない出来事だった。
「でもそれだけは満足できずに今度は人体創造。まあ、骨格に機材を使用しているから製造が正しいのでしょうけど」
屋敷で見たイゼッタの息子代わりの人形から那月は科学特区が肉体の生成を基に実験をしていないと判断した。
「人体生成は禁忌とされていますから、科学者もその一線は超えられなかったのだと思います。ですが骨格が機械の体にどうやって細胞を入れるのでしょうか?」
専門外の知識ということもあってクラリッサには想像もつかなかった。本来ならば細胞を基に肉体は構築される。しかしながら骨格を機材に頼っているのが現状だ。つまり科学特区の考え方は初めから破綻していると言ってもいい。
「俺も科学に精通しているわけではないから断定はできないが、吸血鬼の存在と吸血の目的である血液と細胞の利用は別物と考えるべきかもしれない」
「つまり採集した血液と細胞はあの機械仕掛けの身体には使用しないということですか?」
「あくまで仮説よ、クラリッサ。今は頭の片隅に留めておく程度にしておきなさい」
陽の仮説を真剣に受け止めるクラリッサを那月は注告した。偏った考え方は目を曇らせることになってしまうからだ。
「だからといって思考は働かせなくていいというわけではないわ。むしろ思考は常に働かせておきなさい。そうでなければ咄嗟の判断が鈍ってしまうから」
「は、はい!」
クラリッサは師の教えを受ける弟子の如き真剣な表情で頷いた。
列車がカーブに差し掛かる。車輪がレールを削る甲高い音と火花を散らしながら速度が少し緩んだ。その反動で車内に僅かな浮遊感を生み出して乗客の五臓六腑を揺らした。乗客の中には気分を悪くして口許を抑える姿がちらほらと出始めた。そして止めを刺すように強烈な衝撃が列車を襲ったのだ。
各車内から乗客や搭乗員の悲鳴が上がった。衝撃で体勢を崩し、座席や床に体をぶつけて怪我人まで出ている。非常事態に慣れている陽や那月すらも予期もせぬ衝撃に体勢を崩すほどだ。
「な、何事ですか⁉」
狼狽えるクラリッサを傍目に陽は列車の窓を開けて外に頭を出した。陽の視界に映ったのは黒煙を昇らせながらも走り続けている前車両の姿だ。はっきりとした被害状況はわからないが、黒煙が昇る列車の側面に焦げ跡が確認できた。
陽は頭を車内に戻す。
「ここから三つ前の車両から黒煙と焦げ跡を確認できた」
「焦げ跡? つまり外部から攻撃……」
「ど、どうして列車が⁉ い、一体、誰が何の為に⁉」
明確な情報で余計に混乱するクラリッサの頭を陽がチョップした。鈍い音が響くほどの威力はクラリッサの頭から煙のエフェクトを付けたくなるほどだ。
「落ち着け。外部からの攻撃を受けて脱線していないということは車両の破壊や無差別テロが目的ではないと考えてよさそうだ」
「で、では、列車をハイジャックするためでは?」
陽の一撃と言葉で落ち着きを少し取り戻したクラリッサは意見を出した。
「ハイジャックが目的なら外部よりも内部でアクションを見せそうなものだけど……」
「混乱を生じさせたところで一気に制圧という手段も考えられる。とはいえ――」
「銃声も悲鳴も聞こえませんね……」
衝撃で列車が揺らいだときは上がった悲鳴も今は落ち着いてた。ハイジャックであれば発砲することで乗客に恐怖を植え付けて支配するところ、その様子もない。
「そうなると目的は特定の乗客――」
それぞれの視線が交差した。
「私たちということね」
答えを導き出したところで前車両の自動扉の開く音が車内に響いた。三人が視線を送れば武装した人物が視界に入った。咄嗟に屈んで座席に身を隠す。
「当然といえば当然だけど、見覚えのない戦闘服ね」
各特区の軍隊で使用されている戦闘服とはどれも一致しないことを那月は瞬時に確認した。
「民間人も乗っている列車を襲うぐらいだ。所属先が知られるへまはしないだろ」
「や、やはり科学特区か宗教特区の手先でしょうか?」
「まあ、その辺りが妥当だな」
陽は両手に手袋を嵌める。それは自分の刀で手を斬ってしまうことを防御するためのものだ。そのため従来の手袋よりも頑丈な繊維で縫われていて、打撃にも適用できる仕様だ。
「か、刀は使わないのですか?」
「狭い場所だと長さのある得物はかえって邪魔になるからな」
陽はクラリッサの質問にしっかりと答えながら那月に視線を送る。
「俺が仕掛けますので援護をお願いします」
「任せときなさい。クラリッサも法術による補助、頼むわよ」
「は、はい! お任せください!」
頼られたことにやる気を見せたクラリッサの胸元が光る。その正体は十字架だ。それを媒質として神の力を降ろす。それこそが宗教特区の住民だけが使用できる法術だ。
各自が準備できたのを確認した陽は指で数えるジェスチャーを取った。そして一秒を示す指を落として拳が握ったのと同時に座席から出て戦闘服の人物に向けて突進した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます