第15話 協力者×容疑者×浮上

 二つ目、と新たに指を立てたイゼッタは死の森について話を始めた。


 死の森について語られていることは少ない。森がどのように誕生して、動植物がどういった過程の上で独自の進化を遂げたのか、それら全て謎のまま現在に至る。


 その要因のひとつにして一番の原因と挙げられるのが一夜による森林の成長だ。眠りにつき、次に目覚めれば広大な森林地帯が広がっていて、動植物にしても同じく一夜で独自の進化を遂げていた。それを解明するべく各特区のエリートが結成して調査に当たったわけだが、結果は知っての通り任務失敗。手を出さなければ危険のないことを口実に調査を断念した。


「でも私は別。だって私はもとからここに住んでいたもの。つまり真実を知る唯一の目撃者というわけ」


「その真実というのが科学特区の科学者、というわけですか……」


 どのように一夜で広大な森林を生み出したのか、陽を含めて三人は想像もつかなかった。それこそ神の御業と言っても過言ではない現象である。現場が宗教特区なだけに否定できないところが怖い。しかし、イゼッタの真実からして犯人は科学特区の科学者。つまり神の御業に匹敵する技術力で完成させたことになる。


「俺からすれば既に神に匹敵する奇跡を起こしているように思えるのだけど――」


「科学特区の者たちからすれば生物の遺伝子操は十八番。特別、難しいことではないのでしょう」


 陽の言葉を那月が引き継ぐ形で言った。那月の答えはこの場にいる誰しもが納得のいくものである。


「しかし科学特区は何のために死の森を作ったのですか?」


「研究成果の確認よ」


 イゼッタが独自で調べ上げた結果を声にした。彼女曰く、死の森を作ったのは遺伝子操作をして進化させた動植物の観察。そのどれもがオリジナルを遥かに上回る能力を備え持つわけだが、科学者たちが確認したかったことは能力ではなく耐久力だ。過剰な力に肉体が悲鳴を上げて自滅するか否か、それを観察したかったようだ。


 結果は遺伝子操作という観点だけで言えば成功だった。


「しかし、総合的に言えば実験は失敗だった」


「……制御が利かなくなったというわけね」


「ええ。その結果、他の特区が討伐に出張ったわけだけど……」


「それすら失敗してしまい、死の森は完全に独立した形で現在に至るわけですか!」


 自ら答えを纏めることが出来たのが嬉しかったのか、クラリッサの口調が強くなった。それどころか胸の前に両腕を立ててポーズまで取っている。その仕草に思わず陽たちはクラリッサを凝視してしまう。その視線に気付いて自分に視線を落としたクラリッサは無意識に取っていたポーズを解いて恥ずかしさのあまり顔を赤く染めて俯いた。


「あらあら、可愛らしいこと。そちらの子と違って感情豊かね」


 イゼッタは那月に視線を送った。


「いい迷惑よ。それに感情豊かな私を私自身が見ていられない」


「確かに想像もできないな」


 那月自身の評価に納得した陽の眼前を日傘が通過した。彼が危険を察知して咄嗟に顔を引いていなければ直撃していたコースだ。


「危ないじゃないですか……」


「お前に納得されるのも癪だ。というかイラッときたぞ」


 思い出すたびに苛立ちを覚えた那月は第二、第三の打撃を繰り出す。それを陽は難なく交わす。打撃と回避が繰り返すたびに二人が座る椅子が床を打ち付けて音を鳴らす。


「ふふふ、お二人は仲がいいのですね。私は長らく一人でしたので羨ましいです」


「別に仲がいいというわけではなく、ただ付き合いは長いだけだ」


 那月はそっぽを向きながらも仲の良さを否定しなかった。そのことが憶測を生んでしまい奇妙な空気を作ってしまった。そのことに耐えられなかった那月はわざとらしく咳払いをひとつして話題と空気を強制的に断ち切った。


 死の森による実験は失敗とはいえない。計画が頓挫することも凍結することもなく継続されているのが何よりの証拠で、科学特区にとって重要だったのは耐久力のデータであって死の森の支配権ではないからだ。勝手な都合で死の森を生み出して不必要になったら放棄するなど迷惑千万である。


「計画は第三段階目に突入したと考えていいでしょうね」


「どうしてわかるのですか? 確かに死の森の生物を見る限り肉体の耐久力は基準を超えたとは思いますが……」


 統制を取れていなければ本当の意味で成功したとはいえない、そうクラリッサは考えた。


「統制が取れなかったのは生きた動植物を実験体に選んだから。生命そのものから作ればいい」


「生命そのものって……、そんなこと神様でないと――⁉」


 那月の言わんとしていることにクラリッサも気付いた。だがそれはクラリッサにとって信じ難いものだ。


「まさかこの事件に宗教特区も力を貸しているというのですか⁉」


「クラリッサが憤る気持ちもわかる。だけど死の森の実験地はここ宗教特区。敵対関係にある他特区での実験など内から手引きがなければできるものではないさ」


「それは…………ですが!」


 クラリッサは反論したくとも言葉が出なかった。考えれば考えるだけ宗教特区が絡んでいるヴィジョンしか浮かばない。


「宗教特区そのものが協力しているわけではないと思います。おそらくはごく一部」


「だけど、それこそが宗教特区が持つ弱点。数多の宗教組織を力で支配してきた綻びなのでしょう」


 那月が言うようにこれまでの宗教特区は力を力で抑えるバランスの上で成り立ってきた。歴史上で力による支配は長続きしてこなかったように宗教特区でも同じ道を歩もうとしている。そして反逆心に目覚めた者が取る道は相場が決まっている。


 即ち宗教特区の頂点に立つオルガの座だ。実験を協力する条件としてオルガを座から引き摺り下ろす際に力を貸すことを漕ぎ付けたのだろう。


 那月はクラリッサに視線を向けた。


「クラリッサに心当たりはないの? この特区で反逆を考えそうな野心家に」


「難しいですね。今でこそオルガ様の力で平和が成り立っていますが、それまでは宗教戦争に明け暮れていましたから」


「つまり皆が皆、オルガの座を狙う野心家というわけか……」


 陽たちは容疑者を絞りきれないことに頭を悩ます。そこに助け舟を出したのはイゼッタだ。そもそも事件の解明に向けて大幅な進行を見せたのは彼女のおかげで、その情報量と収取能力には陽たちも脱帽である。


 不意に立ち上がったイゼッタは屋敷にある箪笥から一枚の封筒を取り出して席に戻り、封筒の中身を机の上に置いた。


「私はこの男が関わっていると睨んでいるは」


 そこにはとある人物のことが仔細に記録されていた。


「行政事務次官、アルフレッド=ニールセン。側近中の側近だな」


「そんな……。あのニールセンさんが……」


 クラリッサは信じられない様子を見せる。これまでオルガの側近として力を奮ってきた仲間が容疑者に浮上したのだから当然の反応だろう。しかし、彼女を更に絶望へと追い打ちをかけたのはもう一枚の書類だった。


「そして彼もまた協力者です」


「う、うそ……。ありえない……。こんなことはありえるはずがありません! ブルーノさんが裏切者だなんて⁉」


 イゼッタの手によって出された二枚目の書類にはブルーノの情報が仔細に記録されていた。だがブルーノはオルガの命令でクラリッサと共に吸血鬼事件の調査に当たっていた。その間、共に行動していたクラリッサの目にはブルーノが不審な動きを見せた様子はなかった。


「残念だけど事実よ。彼と私は一応、協力関係にありましたから」


「……どういうことだ?」


 あまりにも自然体に協力関係であったことを暴露したイゼッタに陽は間髪入れずに問い返した。


「直接、彼と協力関係を結んでいたわけではありませんが、その大元が科学特区であることに変わりません。なので情報共有をしていました。それはあの日も同じです」


「あ、あの日……。それはブルーノさんが殺された日のことですか……?」


 力のない声で訊いてきたクラリッサの問いにイゼッタは首肯した。


「どうやら宗教特区の行政はブルーノさんが事件に絡んでいるのではないかと考えていたようです。貴方がたを尾行する同業者に気付きませんでしたか?」


 クラリッサは首を左右に振った。


「そうですか。まあ、疑いの目をかけられていたのはブルーノさんだけでしたから気付かなくても仕方ありませんね」


 イゼッタは紅茶を飲むことで一拍、挟む。


「疑われたことを察知したブルーノさんは私にお願いしてきました。吸血鬼事件の被害者にしてくれと。もちろん彼は私が吸血行為で殺人をしていないことを知っていました。そうでなければお願いするのは無謀ですから」


 そうしてあの日の夜に実行した、とイゼッタは締め括った。彼女が知り得る情報はそこまでだ。だからブルーノが殺されたと知った時には驚いた。だがそのことがアルフレッドが容疑者としの浮上にも繋がった。


「彼が言っていたのです。アルフレッドに裏切られた、と」


 驚愕の事実に黙ることしかできない陽たち。なかでもクラリッサの心は強く傷つけられたに違いない。それでも陽たちはここで尻込みをして足踏みをするわけにはいかなかった。


「……クラリッサ。ニールセンという男はどういうった人物なんだ?」


 心を非常にして陽は訊いた。クラリッサは即座に答えられないものの、吹っ切るように大きく深呼吸をした後、真剣な眼差しを陽たちに向けた。


「ニールセンさん……いえ、ニールセンは優秀な人物です。実力もさることながら、その中でも人を扱うことに長けています」


「人心掌握の心得を持つ相手か……」


 那月は即座にアルフレッドを厄介な相手と認定した。自分の手を汚さず人を使って事を成すタイプはどういった形で協力者を募っているから不明慮だからだ。


「それでも危険を承知で接触する必要がある。上手くいけば色々と解決にこじつけられるかもしれない」


 陽の判断に皆が頷いた。


 そしてそれを大方針に陽たちは行動を開始した。


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