第14話 神の奇跡×人の奇跡×暗躍の軌跡
協力関係を結んだことで陽たち一行は正式に屋敷へ招待された。イゼッタは冷めてしまった紅茶を淹れ直して会談の場へ戻ってきた。新たにソーサーを敷いてティーカップを置き、紅茶を注いでいく。茶葉の香りが鼻腔をくすぐる。最初の邂逅の時のような警戒心は三人から既になく、冷めぬうちに紅茶を口に含む。その様子に満足したイゼッタは優しい微笑みを浮かべた後、自分のティーカップにも紅茶を注いで口に含んだ。
「ごめんなさいね。お茶菓子は切らしてしまったようで……」
「いえ、お構いなく」
陽とイゼッタは自然な会話を交わす。そこには先程までの腹の探り合いはない。だからといって他愛のない話に花を咲かす余裕もない。陽たちが欲するのは事件解決に繋がる実りのある話。それが何よりも重要事項である。
だから那月は会話を楽しむ態度を見せることなく本題に移った。
「屋敷に入る前に随分と含みのあることを言っていたけど、教えてくれるかしら」
「ふふふ、焦りは禁物、と言いたいところではありますが、確かに猶予がないのも事実ですね」
イゼッタは手に持つソーサーとティーカップを机に置いた。
「では順に説明することにしましょう」
イゼッタは一本の指を立てた。
「まず一つ目。私が息子ならざる者に吸血させていた理由だけど、端的に言うとデータサンプルの収集よ」
「血のデータサンプル?」
今更、それが陽たちに芽生えた疑問である。
「ええ。正確には血に含まれた細胞なのでしょう。だから年齢も性別はもちろん、特区を縛ることもなかった」
特区の縛りがない、その言葉に三人は反応した。そこに血のデータサンプル収集の目的があることを理解したからだ。そもそも血液の収集だけであれば献血だけで賄えている。ただしそこに制限が設けられていた。
それは特区内の献血のみを許可するというもの。特区の垣根を越えて献血することは禁止されているのだ。つまりサンプルとして偏ったものになる。現状、それを解決する方法は非合法になるだろう。
「犠牲者が多数の特区で発見されているのはそのため!」
「目的は血液ではなく細胞。確かにある特区からすれば喉から手が出る程に欲しくなるサンプルね」
那月は最悪の事態を想定したことで顔を顰めた。
人間の個々の違いはそれこそ無数に存在する。性別や骨格といった目に見える違いから血液型や五感の能力など目に見えない違い。だがここ人工五島に限って最も明確な違いがある。それこそが血液細胞。そこにはブラックボックスと呼ばれる情報群が詰まっている。
どうして異能者のような異種が生まれたのか?
どのように魔術を編み出して発動できるのか?
神の声を聞き、時には神を身体に降ろす、そんな奇跡をどうして起こせるのか?
そのような化物たちを長きに渡って統制してきたシステムの中枢はどうなっているのか?
理屈では説明できない能力や現象がここ人工五島にはある。ただ一つの島を除いては。
「科学特区だけはその名の通り人が生み出した奇跡のもとで成り立っている」
ある意味、人だけの力で発展した特区として惜しみない拍手が寄せられると那月は言う。何者にも頼らず絶え間ない研鑚と研究を積み重ねて築き上げてきた科学特区におそらく限界はないだろう。成長の速度は微々たるものであったとしてもいつか必ず昇華する。それは歴史として証明されてきた。それを知って理解しながらも、それでも人は人ならざる奇跡を求めて、そして願ってしまう。
「その結果が今回の事件に繋がったのでしょうね。奇跡が待つのではなく、奇跡によって生まれた者たちを人の奇跡で生み出す。そうすることで自分たちが神の領域に立てたのだと実感するために」
「ですが、それと貴方が協力する理由は?」
「協力する見返りが息子の蘇生でした」
クラリッサの質問を予期していたようにイゼッタはすんなりと答えた。
「ですがそれは――」
本当の息子ではない、そう言葉を紡ごうとしたクラリッサだったが、彼女の気持ちを察して咄嗟に口を噤んだ。大切な人を亡くした辛みを知っているクラリッサもまた心が痛んだからだ。
クラリッサの気遣いにイゼッタは優しく微笑む。
「気遣いありがとうございます。ですが私自身もわかっているのです。蘇生したのがどれだけ息子に似ていても本物ではないと。それどころか息子はもちろん、父や母、そして最愛の夫の心を穢す行為なのでしょう」
だから、とイゼッタは続ける。
「だから私はあれに最後まで吸血行為をさせることができなかった。だけど息子の蘇生という悪魔の声を無視することもできなかった。だから死なない程度の吸血だけをして放置してきたの。それが以前に私が言った、吸血行為をした、という意味です」
イゼッタの悲痛の声を聞き届けた三人は口を噤んで屋敷に静寂が包まれるが、それをクラリッサが破った。
「ちょ、ちょっと待ってください! イゼッタさん、あの地下にある吸血鬼は人を殺していないのですか⁉」
「ええ。ですから私も混乱しているのです」
「なるほど。俺たちなら吸血鬼事件を解決できるかもしれない、あの言葉はそういう意味でしたか」
獣の王に認められた後、屋敷に戻る前にイゼッタの口から言われた言葉の真意を陽は納得した。
「で、では、イゼッタさんの後、誰かが別に吸血して殺したということですか⁉」
「そういうことみたいだな。……しかし、そうなると俺の推理は振り出しに戻るな」
吸血鬼と模倣犯による事件が重なったことによるもの、という陽の推理は根底から覆された。犠牲者に共通部分を必要としないのであれば事件の背景にも納得がいく。
「……そういえば貴方、死の森が生まれた理由もちらつかせていたわね。それも関係があるの?」
那月の質問にイゼッタは頷く。
「死の森を生み出したのも科学特区の科学者たち。つまりこの事件で暗躍する連中の計画はそこから既に始まっていたということです」
イゼッタの発言は吸血鬼事件という計画がどれだけ練られて実行されたのか、それを裏付けるものとなった。
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