第11話 屋敷の主×腹の探り合い×死の森の真実

 蔦で絡み合う外観とは裏腹に屋敷内は目立つ汚れもない清潔感に満ちていた。日用品はしっかりと棚に片付けられ、書物といった嗜好品も丁寧に収納されていることから大切に扱われているのが分かる。床に敷かれた絨毯の毛並みが良く、設置されている机やソファーひとつにしても高価な物だ。内装だけなら大富豪が持つ別荘のようだが、死の森にある事実が激しく違和感を生む。


 屋敷全体は薄暗い。太陽の光が射し込まない土地であることと、屋敷全部の窓が閉まっていることが影響している。自然の光に頼ることの出来ない屋敷を照らすのは所々の壁に設置されたランプだ。ガラス細工の外殻で、その内に淡い炎を灯す。どこからか侵入した風が屋敷内を通ってはランプの炎を優しく撫でた。


 屋敷内に侵入した三人は全体に視線を巡らせながら慎重な足取りで物色していく。目に見えて高価な物だけに乱暴に扱って散らかすようなまねはしない。しかし、探しても探しても吸血鬼事件に繋がるような証拠は見つからず、日用品や嗜好品といった物だけが数々出てくる。


「これだけだと本当に金持ちの家って感じがするわね」


 一階を調べ尽くしたうえで那月は言った。それから視線を二階へと続く階段に向ける。落下防止のためか、階段横の壁には等間隔でランプが設置されていてしっかりと辺りを照らしている。それでも若干、明るくなった程度で全体的に薄暗いことに変わりはない。


 三人は足元をしっかりと確認しながら階段の手摺りを頼りに二階へと上がった。


 二階は三つの部屋がそれぞれ個室という形で構成されている。それぞれの部屋が施錠されていて、他者の入室を拒む。鍵がどこかに隠されている様子もなく、スペアキーも見当たらない。完全な手詰まり状態になってしまった。そのことで三人は焦りを覚えていたのかもしれない。


 屋敷の主が帰宅したことに気付くのが遅れた。


「あらあら、お客様とは珍しいですわね」


 一階から届いた女の声に三人には全身を硬直させた。一階に視線を落とせばドレスを着用した女の微笑む姿が映った。どのように対処するべきか悩むところ、陽が前に出た。


「許可もなく屋敷に入ってしまい申し訳ありません。実は死の森を調査していたのですが、その最中に道に迷って困っていた所にこの屋敷を見つけまして、休憩させてもらっていたのです」


 陽は階段を下りながら真と嘘を混ぜて経緯を説明した。


「森の調査で迷子に。それは大変でしたね」


 のんびりとした口調で陽たちを労う女性は台所に立つとお茶の準備を始めた。手際よく準備を進めていく彼女の後ろ姿を陽は見守りながらこの場をどうやって切り抜けられるかを考える。


 お茶の準備が出来た屋敷の主は丸机にそれらを置く。人数分のティーカップと簡単な茶菓子が用意されていた。


「そのような所で立っていないでお茶でも飲んでゆっくりしましょ」


 屋敷の主は椅子に座るよう手でジェスチャーを送ってきた。陽たちは躊躇いながらも断るこが身の危険に繋がると考えて着席した。それでもティーカップや茶菓子を口につけることはしない。毒が混入されている可能性を捨てきれないからだ。


 屋敷の主はお構いなくお茶を楽しむ。屋敷でドレス姿の女性が紅茶を嗜む姿はまさに大富豪の娘や貴族を彷彿とさせる可憐さである。


 屋敷の主は口からティーカップを離す。


「ふふふ、毒など盛ってはいませんから冷める前に飲んでくださいな」


 自分たちの懸念を見透かされた陽たちに緊張が走る一方で心の内では舌打ちをした。ここで頑なに拒否することは屋敷の主を危険人物と見做している証明になってしまう。彼女が何者なのかこの際は置いておくとしても、完全に疑った形で情報を引き出すことなどできない。


 陽は悩み、高速で思考を働かせ、そして紅茶を飲むことを選ぶ。ティーカップに手を伸ばして、取り、口へと持って行き、喉に流し込む。一連の動作に一切の躊躇いを作らずに流れる形で工程を熟す。僅かな躊躇いも相手にとっては不信に捉えてしまうものだ。


 ごくり、と紅茶が喉を通った音が屋敷内に響く。それを聞き届け、そして見届けた屋敷の主は満足気に頷いた。


「お味はいかがですか? 自らブレンドしたものではありますが、それなりに自信がありまして」


「……これは飲み易いですね。紅茶独特の癖がなくて、これなら苦手な人でも美味しく飲めます」


 それは陽にとって素直な感想だった。それは日常的に紅茶を嗜む那月とクラリッサの興味心をくすぐる結果と繫がり、二人も紅茶を飲み始めた。


「……私はもう少し茶葉の風味が強い方が好みだけど、自信があると言うだけあって美味しいわ」


 誰にも態度を崩さない強気の口調で那月は紅茶を評価する。


「私はこれぐらいの風味の方が好きですね。この茶菓子とも相性もバッチリです!」


 高評価をするクラリッサは躊躇いなく茶菓子にまで手を伸ばし、口にしていた。恐れ知らずの行動に陽と那月は頭を痛くする。共に行動する僅かな期間でクラリッサという人物が少し抜けた性格なのだと確信する。


「その茶菓子も私が作ったのよ。保存も利くから非常食にもなって一石二鳥なの」


 褒められたことが余程嬉しいようで、喜々とした口調がやまない。その姿はとても吸血鬼事件の容疑者と思えないが、それだけで判断することもできない。


 陽はこの流れに乗る形で質問を繰り出そうとするも、屋敷の主の名前を知らないことに気付いた。それを目聡く察知した屋敷の主は思い出したかのような表情を浮かべた後、小さく笑った。


「そういえば、まだ自己紹介をしておりませんでしたわ」


 屋敷の主は手に持っていたティーカップをソーサーに戻した後、両手を腹の前に重ねた。


「イゼッタ=クロセリアと申します。気軽にイゼッタとお呼びください。よろしければ皆様方のお名前を拝聴しても?」


「自分は漆原陽です。右手にいるのが天瀬那月で、左手にいるのがクラリッサ=アルステーデ」


 陽が代表して各自の自己紹介を済ませたところで当初の目的に話題を戻す。


「失礼は承知で、イゼッタさんは独り身で?」


「両親も夫も息子も、随分と昔に亡くしてしまいましたわ」


「……それは失礼しました」


「構いません。知らぬことだったのですから。それに私自身、既に心の整理ができていますし」


 イゼッタの事情を知った陽は続けて質問することを一瞬、躊躇うも、心を非情にすることで任務の進行を優先した。


「どうして死の森で暮らしておられるのですか? 人が住むにはあまりにも適していない土地かと思いますが……」


「それは逆ですね」


「逆、ですか?」


 イゼッタの言葉の真意を読み取れなかった陽たち三人は首を傾げた。


「死の森が後から出現して、この屋敷を覆い隠してしまったのです」


 イゼッタによって伝えられた真実は陽たちを驚かせるのに十分な内容だった。

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