第2話 新聞部の学生
人工島にはそれぞれ特区という形で行政が独立している。
異能による統治体制を敷く北島は《異能特区》。
科学による統治体制を敷く南島は《科学特区》。
古来の術による統治体制を敷く西島は《総術特区》。
規律による統治体制を敷く東島は《宗教特区》。
それら四つの島を統括、管理する
その変わりに調査に動いたのが宗教特区である。調査に出た理由は至極簡単なもので、最初の犠牲者が身内から出たからだ。死体を解剖して調査した結果、魔術が使用された形跡があることから調査という名目で派遣されたのがブルーノとクラリッサである。
しかし、事態の被害拡大は予想より早く、吸血鬼による犠牲者は異能特区でも確認された。犠牲者は女子学生。これまでの吸血鬼事件と同様に首元に二本の牙の痕を残して、干からびた状態で発見された。異能特区の行政はいたずらに事態の悪化を招くことがないように箝口令を敷くも、犠牲者が学生だったことで噂の広まりが早かった。怪奇事件よりも吸血鬼という架空の怪物が実在するのか、日々の話題に飢えている学生にとっては興味の方が勝ったのだ。
学校では今日も吸血鬼の話題で花を咲かせていた。休み時間になれば吸血鬼の話題が始まるほどの注目ぶり。その話題性に目をつけて熱心に事態の解明に力を入れる学生たちがいた。
新聞部である。学生が興味を持つ話題を常に提供することをモット―に活動している彼ら彼女らにとって吸血鬼という存在は恰好の話題だった。吸血鬼は実在するのか、或いは吸血鬼の仕業に見せた愉快犯の目論見か、新聞部は独自の情報網を屈指して情報を集めていく。それらを金曜日の放課後に報告して情報を共有するのが決まりである。
学園の敷地内にある部活棟の三階。廊下の最奥に位置する部屋を部室として利用している。
「全員集まったわね」
「全員と言っても二人だけですけどね」
「そこ! 話を折らない!」
唯一の部員である男子生徒を指差して注意すると、わざとらしく咳払いを一つして場に一拍入れた。
「それでは定例報告会議を始めます」
腕を組んだ女子生徒がホワイトボードの前に立って開催宣言をした。その腕に新聞部部長の腕章が巻かれている。ホワイトボードにはこれまでの被害者の写真と詳細が事細やかに書かれている。
「吸血鬼事件が勃発してから早一ヵ月。今のところ確認されている犠牲者は十人までのぼったわ」
「女子学生の被害者が連続したことで当初は女子学生に狙いを定めた犯人像を描いていたわけだけど、それ以降は統一性を見せていないんだよな……」
ホワイトボードに記された被害者情報に目を配らせながら男子生徒が言った。
「年齢も性別も、敷き詰めれば場所もだけど、こう、改めておさらいをすると本当に統一性がないわね」
「統一されているのは二本の牙で貫かれた傷口と血を吸われていることですか」
「それが吸血鬼の噂が立つ由縁なのだけど、そこに新たな情報が一つ加わったわ」
部長は入手した情報をホワイトボードに殴り書きしていく。有力な情報を得たのか、やや興奮を隠せていない。部室内に響いていたホワイトボードを打つマジックペンの音が止まった。男子部員は書かれた情報に目を通す。
「……魔術の痕跡が確認されたんですか?」
「ええ、確かな情報よ」
部長は小さな胸を張って断言した。その情報をどういった経緯で入手したのか、男子生徒としては気になるところだが、そこまでの詮索は控える。それが新聞部の掟だからだ。だから男子生徒も独自で持つ情報網を明かすことはしていない。
「魔術が関係しているとなったら犯人は魔術師」
「そうなると総術特区も無関係でなくなってくるでしょうね」
「それと宗教特区も黙ってはいないでしょう」
「……あら? どうしてそう思うの?」
「最初の犠牲者を抜きにしても、あそこは昔から総術特区を毛嫌いしている節があります。仮に吸血鬼の正体が魔術師だとしたら貸しを作れる絶好の機会です」
「皮一枚で繋がっている不戦条約に何かしら動きがあるかもしれないわね」
指を小さく咥えて今後の展開に一抹の不安を覚える部長の心中にはもう一つの懸念があった。それは自分たちが住むここ異能特区の動きである。最初の犠牲者を出したということで行政が間違いなく調査に当たっているだろう。しかし、情報収集の段階で異能特区の動きを一切把握できなかったのだ。まるで嵐の前の静けさのような感覚に不安を募らせてしまう。
「どうかしましたか、部長?」
「え? あ、ううん。少し考えごとをしていただけ。それよりもこれから私たちはどう動くべきかだけど……」
「改めて現場に赴くのはどうですか? 犯人は現場に戻ってくるという言葉もあるくらいですし」
「何か刑事ドラマみたいね」
部長はまんざらでもない表情を浮かべながら男子部員の提案を承諾した。善は急げと身支度を素早く済ませていく。
「それじゃあ行くとしましょう!」
身支度を済ませた部長を先頭に部室を出ようとした二人だが、男子生徒に届いた一本のコール音が足を止めさせた。
「すいません。知り合いからみたいです。先に行っておいてください」
「わかった。それじゃあ部室の戸締りもよろしくお願いするわね」
部長は鍵を男子部員に手渡し、先に部室を後にした。それを見送ってから男子部員は電話に出る。
「……この時間帯は部活で忙しいから掛けないでくださいとお願いしたはずですが?」
「すまない、すまない。新たな情報が手に入ったものだから連絡をしておこうと思ってね」
「新しい情報ですか?」
「総術特区で調査をしていた修道士と修道女が魔術師の襲撃にあったそうだ」
「魔術師の襲撃、ですか……」
情報が本当なら証拠として決定的なものだが、男子部員は納得のいかない様子を見せた。その様子を電話越しでも敏感に察知していた。
「証拠がはっきりしすぎている、だろ?」
「ええ。魔術の痕跡はあっても犯人が魔術師と断定するには弱い。それを自ら証明するような動きを見せるでしょうか?」
「それだけ追い込まれている、とは考えにくいか……」
男子部員も電話相手も魔術師が姿を見せる危険まで冒して襲撃したことに疑問を抱いた。吸血鬼を彷彿させる奇怪な殺し方を選ぶような犯人にしては杜撰な計画だからだ。
「……わかった。その辺りもっと詳しく調査してみようと思う」
「よろしくお願いします。俺の方はもう一度、現場を当たってみるつもりです」
「お前のことだから大丈夫だとは思うが、注意してかかれよ、陽」
「そちらも気を付けて」
男子生徒、
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