第41話 これから
俺とゆっちゃんは、少しの間動くことなく思い出の場所に留まった。
気恥しさからしばしば無言の時間が続く。
ゆっちゃんと話したいことなんてたくさんある。過去の思い出の話やこれからの高校生活での話。それなのにいざ話そうとすると頭が真っ白になってしまう。
でも、さすがにこのまま無言が続いてしまったらゆっちゃんに悪い。
「………あ〜、ごめん。」
「え?何が?」
「今、俺何も考えられなくて全然言葉が出てこない。話したいことはたくさんあるのに……」
「………私もだよ。私も話したいことやまだ伝えきれてないこと、たくさんあるよ。でも……けーちゃんと2人っきりでいる今がすっごく嬉しくて……今はこの気持ちだけで十分過ぎるほど満足してるの。」
「ゆっちゃん………」
ゆっちゃんにそんなことを言われ、感動しているとゆっちゃんがそっと俺の手に触れた。
「……さっきも言ったけどけーちゃんにはまだ伝えきれてないことがたくさんあるの。だから………もうどこにも行かないでね。」
「っ………ああ、もうどこにも行かないよ。」
(どんな事があってもこの約束だけは必ず守ってみせる。)
俺は、そう心に決めたのだった。
それから30分ほど、ゆっちゃんと静かな時間を過ごした。
だが、そろそろ場所を変えようという話になりゆっちゃんは約束通り俺にこの街を案内してくれた。
思い出の場所の次に案内してくれたのは微かに見覚えのある商店街だった。
「ここもよくけーちゃんと一緒に買い物とか行ってたけど………覚えてる?」
ゆっちゃんは、少し不安げにこちらに視線を向けてくる。
「微かに見覚えはある……けど、正直に言うとほぼ記憶にないと言っても変わりないな。ごめん。」
「そっか……ここも結構変わったもんね。」
ゆっちゃんは、俺が記憶にないことを知ると明らかに寂しそうな表情になった。
俺は、少しでも明るくなってもらうために話を振る。
「でも、俺たちにはこれからがあるだろ?俺が忘れちゃった記憶はこれからの楽しい記憶で埋めていきたいって俺は思ってるんだ。過去も大事にするつもりだけど……それ以上に俺は、これからの未来を大切にしたいな。」
「………うん……確かにそうだね。私たちにはこれから先があるもんね!」
俺の言葉を聞いてゆっちゃんは嬉しそうに頷いた。
俺自身も自分で言っている言葉で嬉しくなってしまった。
これから先もまだまだゆっちゃんと一緒にいられると思うと本当に嬉しい。ゆっちゃんもそう思ってくれているのか嬉しそうに笑っている。
「それじゃ、見て回ろっか。」
ゆっちゃんは、俺の少し前に立ちそう言って俺を先導するように歩き始めた。
俺は、その後ろをついていく。
「あら、由美ちゃん。こんにちは〜。」
すると、八百屋で店番をしていたおばさんにゆっちゃんが話し掛けられた。
「あっ、富田さん、こんにちは。」
「今日は何か買っていく……って、あらあら、まぁまぁ!あの由美ちゃんが男の人と2人っきりでいるなんて珍しいわねぇ。いつもは茜ちゃんと誠一くんの3人でいるのに〜。」
(なかなかフレンドリーな人だな。)
俺がおばさんに対してそんなことを思っているとそのおばさんはチラッと俺の方を見てきた。
「………って、あっ!もしかして、あなた!賢治くん!?」
「え?は、はい、そうですが………」
「あ〜、そっか〜!賢治くんなんだねぇ!それなら納得できるわぁ!ふふっ、見ないうちにものすごくたくましくなったわねぇ〜。最初は誰だか分からなかったわよ。」
「あ、あはは……」
恐らく昔、会ったことのある人なんだろう。でも、俺はまったく思い出せないので乾いた笑みを浮かべるしか無かった。
「まさかこの組み合わせがまた見られるなんて思ってなかったわ。ふふっ、長生きはするものね。」
「あはは、何言ってるんですか、富田さん。まだまだ十分お若いですよ。」
「あら?由美ちゃんからそんなお世辞が出るなんて珍しいわねぇ。最近はずっと大人しかったからね〜。これも賢治くんがいるからかしら?」
「あ、あはは……」
「否定しないのね。」
その後、おばさん……ではなく、富田さんと少し話してから別れて商店街の中をまたぶらつく。
その際、色々な店の人から話し掛けられた。みんな、俺の事を知っているようだった。
俺は、初対面と言っていいほど顔を覚えてなかったのでものすごく悪いことをしているような気分になった。
そして、商店街を抜けた頃には日がだいぶ傾いていた。
「結構時間経っちゃったね。」
スマホで時間を確認すると16時15分と示していた。
「微妙に時間があるな。……なんか近場に寄りたいところとかある?」
「う〜ん………次の場所に行っちゃうときっと私、時間のこと忘れちゃいそうだから……」
「それならそこは次の休みの日でも行こっか。」
「っ………う、うんっ!絶対に行こっ!」
ゆっちゃんは、嬉しそうに笑い約束を交わした。
「それじゃ、特に次の目的地もないしゆっくりと喫茶店に行こっか。」
「えへへ、そうだね!」
俺たちは、横に並んで喫茶店へと時間を掛けて向かったのだった。
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