第36話 好きな味
宮村くんがバイトの面接に向かったあと、私、茜ちゃん、星村さんがショッピングモール内にある喫茶店に寄った。
「私、こういう女子会みたいなことしたこと無かったから楽しみ。」
星村さんは、喫茶店の席に着くと楽しそうに笑っていた。
「意外ね。星村さんは、クラスのみんなと仲良しだからよく遊んでるって思ったんだけど。」
「私も遊びたかったけど……前まではそうもいかなかったからね。」
「何かあったの?」
「う、う〜ん……えへへー。」
星村さんは、誤魔化すように私たちに笑みを浮かべてきた。
あまり触れてほしくないことなのだろうと私と茜ちゃんは思い、それ以上は触れなかった。
「ねぇ、それよりも私のことも下の名前で呼んでよ。私も2人のことを下の名前で呼ぶから!」
星村さんは、先程のなにか誤魔化そうとする笑顔よりも楽しそうに笑った。
「ええ、もちろんいいわよ。蛍でいいのよね?」
「うん、ありがとう茜ちゃん。」
そして、2人は私の方をじっと見てきた。どうやら私も言わないといけないらしいがなんか言いづらい。
「………ほ、蛍ちゃん……」
「えへへ、ありがとう。由美ちゃん。」
「ど、どういたしまして……」
恥ずかしいとは思ったが蛍ちゃんがあまりにも可愛らしい笑顔で喜んでくれるので私も嬉しかった。
「あっ、そうだ。2人、なにか宮村くんのことについて話があるんじゃなかったの?」
「ああ、それは私じゃなくて由美よ。」
「何?由美ちゃん?」
2人の視線がまたも私に集まる。
「え、えっと………その、気になってることがあって……」
「あっ、もしかして、由美ちゃん、私と宮村くんが付き合ってるんじゃないかって思ってるんじゃない?」
「え?い、いや、それは……その……」
思ってないといえば嘘になる。
1度宮村くんには否定されたけどその疑いは完全には拭えない。だって、今日の2人の様子を見ていると本当に恋人同士に見えたから。
「言っておくけど私、付き合ってないからね。宮村くんとはただの友達。」
蛍ちゃんは、そう言いきってしまった。
「私、よく宮村くんと一緒にいるからみんなからも言われるんだよね。」
「そ、そうなんだ。」
「あっ、もしかして、由美ちゃん、宮村くんのこと、好きなの?」
「っ!」
「すごい直球に聞くわね。」
「だって好きって言うんなら隠す必要ないよね?」
「う〜ん、客観的に見たらそうなんだろうけど……本人は違うみたいよ。」
茜ちゃんが私の方を指さす。すると、蛍ちゃんは私の方に視線を注いだ。
「うわっ!?茜ちゃん、顔真っ赤だよ!?大丈夫!?」
「う、うん、だ、大丈夫。」
私は何とかそう言って自分の顔を隠すようにそっぽを向く。
「ほ、本当?きつかったら言ってね。」
「う、うん、ありがとう。」
「ほらね、蛍にとって好きな人がいることは別に恥ずかしがることじゃないんだろうけど由美は恥ずかしいのよ。」
蛍ちゃんは、まだ完全に納得した訳では無いみたいだけど一応分かってくれたみたいだった。
「でも、本当に聞きたいことはそれじゃないんでしょ?」
由美ちゃんが私のことを見ながらそう尋ねてくる。
「う、うん、えっと……蛍ちゃんって宮村くんと一緒にご飯食べるんだよね?」
「うん、そうだよ。宮村くん、一人暮らしで大変って言ってたから一緒に食べようって私の両親が誘ったんだ。」
「そ、それで……宮村くん、どんな料理が好きとか聞いてる?」
「う〜ん、料理の好みか〜。宮村くん、出されたもの全部美味しそうに食べるからなぁ。」
「うぅ、やっぱりそっか。」
「あっ、でも、肉じゃがは好きって宮村くん自身が言ってたよ。」
「っ!に、肉じゃが……」
「ん?由美、どうかしたの?顔赤いわよ?」
茜ちゃんが私の顔を見てそう私に指摘してくる。
だけど、私はその指摘すら耳に届かず昔のことを思い出していた。
それはまだ宮村くんが引越しをするだいぶ前のこと。
私は、自分の好きな人に手料理を食べさせてあげると相手は喜んでくれるという内容の本を見てそれで今までしたことがなかった料理をしてみることにした。
最初はまずお母さんに料理を習って上手くできるようした。それから一つの料理をまず徹底的に頑張った。
それは肉じゃがだ。
肉じゃがは、煮込んだりして時間はかかるけど料理手順を覚えると案外簡単だ。
そして、お母さんから料理を習って1ヶ月くらい経った。毎晩私の夕食には肉じゃがが並んでいたがお母さんもお父さんも何も文句言わずに「美味しい」と言って食べてくれた。
私は、お母さんの補助なしで肉じゃがの料理を作ることにした。
その時はいつも通り順調に料理を進めていった。その時はいつも通りと思っていた。だから、味見など1度もしなかった。
私は、上手く出来たと思っていた肉じゃがを宮村くんに食べえもらうことにした。
宮村くんを家に呼んで私の作った肉じゃがを出した。すると、宮村くんはパクッと1口食べる。あの時言ってくれた言葉は今でも鮮明に覚えてる。
「うんっ!美味しい!」
と、本当に美味しそうな顔でそう言った。
私は、その言葉が嬉しすぎてどんどん肉じゃがをおかわりしてあげたのだ。
そして、4杯目を食べ終わるとさすがにキツくなったのか私にお礼を言って食事を終えた。
その後はいつも通り遊んで夕方頃に解散した。
そして、今日の晩御飯。宮村くんにいっぱい食べてもらったから1人前しか残っていなかったので私が食べることにしたのだ。私は、その時初めて今日作った肉じゃがを口にした。
「っ!?」
私は、その肉じゃがの味に耐えられず思わず口の中からティッシュを使って吐き出してしまった。
そんな私の様子にお母さんとお父さんは驚いていた。そして、私が肉じゃがを指さすとお母さんがそれを1口食べた。
「………あ〜、きっと砂糖と塩を間違えちゃったのね。」
お母さんは、苦笑いを浮かべてその肉じゃがを飲み込んだ。
肉じゃがの味は本来、甘い味がするはずなのに私が作ったものはしょっぱいものだった。
お父さんも私の作った肉じゃがを食べて苦笑いを浮かべる。
「……これは……さすがに……まぁ、無理して食べようと思えば食べられる……かな?」
「あっ、そういえばこれ、賢治くんに食べさせたんでしょ?その時に気づかなかったの?」
「え、えっと……」
私はお母さんとお父さんに宮村くんの今日の食事の時の様子について話した。
「へぇ、さすが賢治くんね。この肉じゃがを美味しいって言って食べてくれるなんて。」
「それに4杯もだろ?さすがに僕じゃ無理かな。」
と、お母さんとお父さんは宮村くんを褒めていた。
だけど、私はずっと落ち込んでいた。
自分の好きな人に美味しくもない料理を作るなんてしてしまったから。私はその事実に思わず涙を流してしまう。そんな私をお母さんとお父さんは明るく慰めてくれる。
翌日、私とお母さんで宮村くんに謝った。
すると、宮村くんは笑顔でこう言ってくれた。
「ゆっちゃんが俺のために作ってくれたんだからなんだって美味しいよ。ありがとね、ゆっちゃん。」
宮村くんは優しいから、きっと今回のような失敗をしてしまったんだ。
たとえ失敗しても宮村くんなら笑顔で許してくれる。そんな思いが心の中にあった。そして、本当に今、そうなってしまった。
だからこそ、私は後悔したのだ。宮村くんの優しさに甘えていた自分に。
それからだ。私が毎日、色々な料理を幅広くやって練習していったのは。
でも、結局それを味わってもらう前に宮村くんは引越しをしてしまった。
私が宮村くんに食べさせてあげたのはあのしょっぱい肉じゃがだけだ。
それなのに今でも宮村くんは肉じゃがを好きだと言っている。
本当に肉じゃがが好きなのかもしれないが今の私の頭には私が作ったから好きなのだというとてつもなく甘い考えだけがある。
「えへへー」
「ゆ、由美?」
「ゆ、由美ちゃん?」
私は、十分満足出来たのでその後はみんなで楽しくお茶を楽しんで解散になった。
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